チームリギル。トレセン学園で最強と謳われる程のエリート生が集まっている最高のチーム、敏腕トレーナー・東条 ハナの徹底した管理指導の下で行われるメニューをこなし強くなったウマ娘は正しく、その一等星の輝きに相応しい強さを見せつける。そしてそのリギルの代表的なウマ娘と言えば―――皇帝、シンボリルドルフ。
「今日は突然済まない、呼び出しを掛けてしまって」
「いえ、変質者の相手をする位には暇だったんでお気になさらず」
「変質者って……あのバカ……!!」
応接室、ランページと対面するように座っている二人、その一方のトレーナー、東条は思わず頭を抱えてしまった。変質者というだけで一体誰なのかという特定があっさり出来てしまったからである、これがリギルと最強を争った強豪チームのトレーナーなのだから困ったものである。
「同じトレーナーとして謝罪するわ、同僚が失礼な事をしたわね」
「全くだ、頼んでもいないのに発売前の販売品のウマ娘の脚触ってレビューまでくれましたからね」
「っ~!!」
軽い嫌みのつもりだったのだが、東条トレーナーの顔に青筋が立って行く。言わない方が良かっただろうか……と思うが、それだけ沖野トレーナーの行動がトレーナーとして良くないという事なのだろう、ならばそれをやる方に問題があるという事にしておこう。
「それは……大変だったな、私からも沖野トレーナーには言っておこう、彼の愛バからも伝えるように言っておけば十分過ぎる程に効力はあるだろう」
「愛バって……誰なんで?」
「ミスターシービー。聞いた事は無いかな?」
「―――三冠かよあの変態の愛バ」
目の前の皇帝から告げられた名前に思わず素でそんな声が出た。最も愛された三冠馬、ミスターシービー。淀の坂の鉄則を破るというタブーを犯しながらも最後の一冠をその手に収めた名馬。大地が弾んでミスターシービー、という実況はあまりにも有名な物だった。そしてそれはこの世界でも健在であり、三冠ウマ娘としてその名を馳せている。
そしてそれを破った絶対の皇帝、シンボリルドルフ。ミスターシービーに続いて2年連続で出現した三冠馬、勝利よりも、たった3度の敗北を語りたくなる馬。"永遠なる皇帝"とさえ呼ばれる日本競馬史上屈指の名馬。三冠馬同士の激突という対決をミスターシービーとも行い、有馬記念で堂々たる勝利を掴み、皇帝の威光を知らしめた。
「ハァッ……世も末だな」
「全くよ……ごめんなさい、私が謝ってもしょうがないと思うけど同じトレーナーとして謝罪だけはさせて頂戴」
「まあ、病気以外の貰えるものは貰っておきます」
改めてこの世界の凄まじさというのが理解出来た気する、何故ならば同じ学園に伝説の三冠馬が同じウマ娘としているのだから。そんな事を言ったら自分の同室は牝馬三冠なのだが……別の意味で頭が痛くなるような気分である。
「それで、まだトレーナーを見つけてない編入生を捕まえて何のお話ですかね?」
「ええ、単刀直入に言わせて貰うわ―――リギルに入らないかしら?」
ブルータスお前もか、と思わず思った自分は悪くない。如何やらリギルにも選抜レースは見られていたらしいが、直接スカウトをされる程とは思っていなかった。続けて皇帝さえも言葉を作る。
「君の走りは私も見させて貰った、ペースを巧みに変えながらも相手の調子を狂わせながらもレース全体を掌握するセンスは素晴らしかった。君ならば三冠は夢ではないと私も太鼓判を押させて貰おう」
「生徒皇帝にそう言われるとは、光栄ですね」
「せめて会長で頼むよ」
困ったような表情を作りながらも、その呼び名も悪くないな……と思案するルドルフ。彼女はこのトレセン学園の生徒会長でもある、因みのこの時代の副会長はメジロラモーヌで、もう一人はまだ決まっていないらしい。
「メジロライアンから話は少し聞いたわ、本格的なレースは初めてだったそうね。それなのにあれだけの展開を作れるのは素晴らしかった、次の世代、それを牽引するのは間違いなく貴方よ」
「過分な評価だ、俺はそこまでの存在じゃない」
そう言いつつもヒトソウルから記憶を引き出すが、言われてみてもオグリキャップの一つ後の世代はあまり話題にならなかった記憶がある。俗にいう89世代、そこで目立った名前というのはサンドピアリス*1位だったような気がする。
「それに貴方が見せたあの走り―――ラストのあれには驚かされたわ」
「ええ、私も同感です」
二人が示すあれとは当然、ラストに二人のウマ娘を真後ろから一瞬で抜き去ったとの事。普通のウマ娘には絶対に出来ないような事に東条ですら我が目を疑った程。その事を如何しても聞きたかった。
「あれは、一体何なのかしら。トレーナーとして色んな走りを見てけどあんなものは見た事が無かったわ」
「そりゃ見た事ないでしょうよ、なんせあれはウマ娘の走りなんかじゃないですから」
「それは……如何言う事かな?」
「クロスオーバーステップって聞いた事あります?」
そう言われて二人は首を横に振った。自分も意識してそれをやっていたわけではなかったが、その名前をアサマお婆様から聞いてハッキリと思い出した。そして図らずも自分はそれを手に入れてしまっていた事に笑った物だった。
「編入する前はずっと夕方の新聞の配達をやってたんですよ、だけど一々止まってポストに入れてたら時間がかかるから掛からない方法を研究してたら自然とできたんですよ」
「その、クロスオーバーステップという奴をか?」
「ええまあ、アメフトとか他のスポーツで使われるテクニックだから知らなくて当然」
速度を一切落とす事も無く、右へ左へと進路を変える事が出来るのがランページのクロスオーバーステップの素晴らしい所。その分、脚に負担こそ掛かるのだが……ウマ娘としての筋力や丈夫な骨格、そして数年続けていた影響で問題なく行使出来る。そしてそれはレースは応用が利かせる事が出来たという事である。
「……仮令バ群に呑まれてもその応用で抜け出す事も出来る訳ね、改めて本当に凄い子ね貴方」
「そう簡単に褒めないでくれ、頬っぺたが赤くなる」
完全な素面のランページに二人は中々に手強そうな子だ、という印象を強く受ける。改めて、ランページはまだまだ未熟な部分も多いが、それを陰らせる程に輝く才能がある事が分かる。レース運びのセンス、ペースの調整、高身長のストライド、そしてクロスオーバーステップ。トレーナーとして本当にスカウトしたい逸材だと。
「君はレースで何をしたい、このトレセン学園で何を求めるのかを聞いても良いかな?」
ルドルフが尋ねた、このトレセン学園には様々な思いを抱いたウマ娘達が集う。自らに憧れて三冠ウマ娘を、ラモーヌに憧れてトリプルティアラを、天皇賞連覇を目指すメジロのように、様々な物がトゥインクルシリーズにはある。一体何を求めているのかを聞きたいと皇帝は思った。
「求めるもの……」
自分が、ランページがトレセン学園で掴もうとしているもの、それは一体何なのか、そう言われて何と返すべきか一瞬困ったが答えなんて直ぐに出て来るものだ。分かり切っている事だった、それをやれば良い。指を二本、立てながら言う。
「簡単だよ、一つは俺の為に家族になってくれたメジロ家の恩返しだ」
「メジロ家への……いや、一つと言ったな、まだあるのか?」
その答えには立ち上がりながら答える事にした。
「ああ、もう一つは―――細やかな報復だよ、俺を追い込んでくれた奴らへのね……」
「報復って……貴方、一体なにが……」
「此処まで話しておいて悪いけど、スカウトは受けられないね。簡単に受ける程、俺は安くも無ければ高くも無い。また誘ってください」
頭を下げながらも応接室を出て行く。そうだ、自分のやりたい事なんて分かり切っていたんだ……ウマ娘はいい子が殆どで悪い子は余りいないらしいが、自分にはヒトソウルが入っている。人間の悪性という物も確りとある、故に―――それに従う。
「見返してやる、後悔させてやる、父さんと母さんの遺産を持ち逃げした事をな……!!」
シンプルな答えだ、彼女が走る理由は大きな感謝と大きな怒り。その二つを抱きながらターフを駆ける。