最も歴史と伝統、そして栄誉があるこのレースには
一生に一度しか出走が叶わない。
それがいかに残酷な事か。
事実、数多の名ウマ娘達がその夢の前に敗れて来た。
全てのウマ娘の夢。その頂点に立つのが、ダービーウマ娘だ。
「じゃあ何か、オークスウマ娘はダービーウマ娘以下ってか」
「納得いかないぞ~!!」
オークスを制した二人から不満の声が漏れるのに南坂は困った笑みを浮かべるしかなかった。実際、オークスが設立されたのはダービーよりも6年ほど後の事なので歴史という点においては勝つ事が出来ない。それでも今はオークスとダービーは同格とされているが、矢張りダービーの方が上だという印象は拭えないのが実情。
「これはURAに分からせてやる必要があるな、ターボ!!今から飛び入り参加して無双するか!!」
「良いねそれ!!やったろうやったろう!!」
「駄目ですよ」
「「は~い」」
実際にやったらお叱りでは済まない事だが、南坂の一言でそんな気を一瞬で無くす二人であった。
「それじゃあターボ、後日俺の配信でURAを分からせてみたって企画やるか」
「良いねそれ~!この前踊ったダンスで反省促すっていうのは?」
「お前、天才か!?」
「フフン!!」
別方面に悪化した。
「ホント、ランページさんの情緒ってどうなってんですか」
「ノリと勢いで生きてるからな」
「それに負けてる私って一体……」
「そんな奴が勝ってる奴に愛を抱くって一体……もしかしてお前の妹とかも似たような奴じゃないよな、なんか不安になって来たわ」
「違いますって!!?タキオンは確かに、ちょっと変わってますけど……」
この時思い出した。アグネスフローラは史実ではタキオンの母に当たるのだった。この奇妙な執着心というか、熱意はタキオンにも引き継がれる事になると思うとそれはそれで納得である。それを向けられる側としてはたまったものではないのだが……。
「流石にトレーナーをモルモット扱いする奴がちょっととは……」
「流石にトレーナーさんをモルモット扱いなんてしませんよ!!確かに、ペットとしてモルモットを飼ってます、飼ってますけど……」
「ペット(実験動物)じゃねぇよなそれ」
「……否定、出来ない……というか何でタキオンがそういう子だって知ってるんですか?」
「お前の妹だから絶対色物だと思ったから」
「酷い!!?」
尚、色物を越えた何かだった模様。
そんなこんなでファンファーレが鳴り響く。いよいよゲートインが開始されていく。順々にウマ娘達がゲートインしていく、入れ込んでゲートインを嫌うウマ娘はいない。ネイチャも当然嫌う事も無くゲート入りを果たし、最後に大外である8枠20番にテイオーが収まった。
『大きな歓声、大きな期待に包まれて東京優駿、日本ダービー今―――スタートしました!!出遅れなく好スタートを切りました、逃げ宣言のビフォーユーが先頭を行きます』
戦線を引っ張っていく逃げウマ娘、近年は特に逃げウマ娘の活躍が目覚ましい影響なのか逃げを選択するウマ娘が増加傾向にあるらしいと理事長から聞いた事がある。まあその原因となっているのは十中八九、自分のチームにいる二人なのだろう。
『トウカイテイオーは一、二、三、四、五、六、七、八番手!!二番人気のナイスネイチャはトウカイテイオーのやや右後ろの九番手。さあロングスパートの彼女は今日は何処で仕掛けて来るのか!?』
「予定通りの位置だね、狙った甲斐がありましたっと」
この日本ダービーでもネイチャは全く緊張というモノをしていなかった。何故ならば、自分のチームには自分よりも遥かに辛い戦いを走り抜いて来た王者がいるのだからこの程度で緊張なんてしていたら確実に弄りを受ける。
「ネイチャさんは外枠ですか……2400ではかなり不利ですね」
ネイチャはテイオーよりはマシ……本当に僅かにマシ程度でしかない7枠19番、モノの見事に一番と二番が遠い位置に配置された形になってしまった。フローラの言葉通り、内に比べて外は長い距離を走らされることになるので一般的には不利になる。だが差しや追い込みにとっては有利になる事も多い、好スタートをキレれば好きな外側に居られる。
「大外ってそんなに不利なのラン?」
「知らね、南ちゃんに聞けよ」
「御二人には実感しにくいかもしれませんけど……」
「私もあまり感じませんが?」
「カノープスって何なんですか」
ターボとランページは兎に角スタートしたら頭を取りに行くので外側の不利というモノを感じた事がない、イクノはイクノでペース管理とコース取りが上手いので基本的に不利に感じない。
『まだ誰も動きません!!此処までは比較的温和な……おっと此処でレースが動いた!!ナイスネイチャ、ナイスネイチャがスパートを掛け始めた!!なんと1200を超えて直ぐにスパートを掛け始めたぞぉ!!?』
「こ、こんな所で掛けるの!!?」
「無茶だ、絶対に持たないよ!?」
「想像以上に早い!!」
1200を越えた所でネイチャが仕掛けた。ロングスパートが得意になり、皐月賞での反省を生かして早めに仕掛けるとは言っていたがまさか半分でやるとは想像もしていなかった。以前は1000で仕掛けると言っていたのに200も早い。
「舐めないでよね、今日の為にアタシがどれだけ毎日走り込んできたと思ってるわけ!!」
元々目覚めが早いネイチャ、同室になったマーベラスサンデーを起こさないようにこっそりと4時に起きつつもそこから2時間の走り込み。それを皐月で負けてからずっと繰り返し続けて来た。終わった後にはシャワーを浴びてまたベッドに入って、マーベラスの声で無理矢理に起きて登校。そして授業を受けてカノープスのメニューをこなし、その後に寮の外出時間ぎりぎりまで走り込む。そんな生活をずっと続けていた。そのお陰でスタミナは皐月の時とは比べ物にならなくなっている。
『ナイスネイチャがぐんぐんとペースを上げて行きます!!既に九番手から三番手にまで上がってきている!!』
「ふわぁ……ネイチャさん凄い、どんどん上がってる……」
「いけいけ~!!」
ライスはそのロングスパートに驚嘆し、タンホイザは興奮したような声を上げる。
「これ、不味いですよね。他のウマ娘達もどんどんペース上げちゃってますよ……」
「ロングスパートってのは知られてるだろうけど、流石に中盤も中盤からあんなスパート掛けられたら焦るだろうな。後ネイチャはスパートしてるけど、ペース調整して脚を溜めてる」
「あ、あれですか!?」
「俺が良くやってるだろ」
そう、ネイチャのロングスパートは相手のペースを乱す。そして其処に付いて行こうといたウマ娘に追い打ちをかけるようにネイチャはペースを少しずつ変えて脚を溜めている。彼女に付いて行こうとしたウマ娘は恐らくもう駄目だろう、最後の力もネイチャによって強制的に既に絞られている。
「エ、エゲツない……」
「だけど最大の敵には通用してないな……良い感じにマイペース守ってやがらぁ」
「理想的なペース配分ですね、自分の走りを貫いています」
二人の視線はテイオーにあった。間もなく最後の直線だがテイオーは自分の走りに徹している、あれこそが一流の走りだ。結局のところレースで一番強いのは自分を信じて最後まで貫き通せるウマ娘だ。それを象徴するようなウマ娘に負け続けている事を改めてフローラは思い知った。
『さあナイスネイチャ先頭!!トウカイテイオーは四番手!!最後の直線に入るぞ!!トウカイテイオー、トウカイテイオーが来た!!ぐんぐん伸びて来る!!残り400m、トウカイテイオーが突き抜ける!!さあ後はナイスネイチャだけだ、ナイスネイチャを捉えられるのか、ナイスネイチャは逃げ切れるのか!!?』
直線に入った途端、テイオーの末脚が爆発した。独特のテイオーステップのキレ味だと言わんばかりに他のウマ娘を軒並み切り捨てながらもあっという間の二番手、そしてネイチャを射程圏内にまで捉えてしまった。後少しという所で僅かに横を見たネイチャの瞳とテイオーの瞳が交錯する。
―――遅かったじゃん、テイオー。
―――ネイチャ、勝負だよ!!
『残り200m、トウカイテイオーがナイスネイチャを抜きに掛かる!さあ抜くぞ抜けるぞ抜いたぁ!!』
「此処で抜かれる訳には、行かないんだぁぁぁぁぁ!!!」
『い、いやナイスネイチャの逆襲だ!!皐月での仕返しだと言わんばかりにまた伸びてきた!!また横一線!!何方が勝つんだ!!?もう何方が先にゴールするのか分かりません!!トウカイテイオーの二冠の夢か!!?ナイスネイチャの打倒の意地か!!?』
無敗の三冠ウマ娘になるというルドルフとの夢を果たす為に疾走するテイオー、多くの人に支えられて今度こそ勝つと誓ったネイチャ。そんな二人の意地と意地がぶつかり合う日本ダービー。最後の最後までもつれ込む大接戦、最高の力を発揮するテイオーと蓄え続けた力をぶつけるネイチャ。
「「だあああああぁぁぁぁぁ!!!!」」
そんな二人の身体は、何方も前へ出る事も無く、そのままゴール板の前を突き抜けて行った。
『ゴール!!トウカイテイオーとナイスネイチャが先頭のままゴールイン!!後方のリオナタールとはなんと6バ身差!!途轍もない大激戦となりましたが、これは何方が勝者となったのか!?日本一の称号を手にするのは……写真判定!!今年のダービーは写真判定となりました!!!』
写真判定、ダービーの勝者はそれで決まる。駆け抜けた二人は肩で息をしながら顔を上げると、全く同時だった事に笑いが零れる。
「全くさっすがテイオーだわ……あそこから完全に追い付かれるとは思わなかったよ」
「ボクだって、努力してきたからね……ネイチャだって、何でそこからスパート掛けられるのさ……」
「ものごっつ頑張ったから」
どうしてそこまで走れたのか、という問いに対してそういう返答しか持ち合わせていない二人。その答えはお互いを納得させるには十分過ぎる程の根拠を示していた。此処まで全力でやれたらもう後は運を天に任せるのみ、どうなる事やら……そして大歓声が上がったのに反応して顔を上げて掲示板を見た。そこにあったのは……上に19の数字。
「負け、ちゃった……?」
あんなに頑張って、必死にやったのに、会長との約束を守れなかった……?身体の中から全身が冷え込んでいくのが分かった、だがそんな感情を押し殺しながらもテイオーは泣きそうな顔を堪えて笑顔でネイチャへと手を差し出した。信じられないと言いたげな顔をしている彼女にダービーウマ娘の実感を与えられるのは自分だけなのだろう、と思って。
「おめで、とうネイチャ……!!これで日本一だね」
「えっあっうんそうなんだよ、ね……?」
まだ実感がないみたい、と少しだけ笑ってしまった。誇って良いんだ、喜んでいいんだ、日本ダービーはそれだけ価値があるレースなんだから……だがネイチャは自分の異変に気付いたのか溜息混じりに肩を組んできた。
「テイオー、なんか勘違いしてるみたいだけどさよく掲示板見なよ」
「よくってもう見たけど……」
「良いから」
無理矢理に掲示板へと視線を向けさせられる、そこには変わらずネイチャの19が上にあってその下に自分の20がある。何も変わらないじゃないか……それともどれだけ僅差で負けたのかを見ろというのか、敗者なんだから素直に勝者に従おう……と思って視線を向けるとそこにあったのは……数字ではなく同の文字があった。
「へっ……?」
「だから、アタシとアンタは同着なの。お分かり?同着だよダービー同着」
「同着……って僕、負けて、ないの……?」
「それ所か、一緒に勝ったって事。おめでとうダービーウマ娘」
「いやったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!会長見ててくれたぁ~!!!トレーナーボクやったよぉぉ!!!!!」
「うっさ!!?」
なんと、日本ダービーの同着。ネイチャもテイオーも負けることなく、二人揃っての日本一となった。予想外の出来事だが、大歓声は二人を祝福した。
「同着か……決着は菊花賞……負けないからね」
その中で唯一、ネイチャは打倒テイオーへの闘志を燃やし続けていた。