「うし、今日はこの位にすっか」
「お、お疲れさまっしたぁ……だぁぁぁぁぁ……」
ドスン。そんな音を立てながら砂浜に倒れこんだランページを黄昏の水平線が照らす。南坂のメニューもキツかったが矢張りシンザンのメニューはそれ以上の物だ。彼女のメニューは至極単純だ、全身を更に使いこなす為にシンザン鉄を履いたままで砂浜を走ったり、バランスを取ったりするというもの。
「つ、疲れた……」
「なんだいもうバテたのか?」
「無茶言うんじゃねえよ……こちとら朝から合宿のメニューこなした後に山登って降りて、その後にメニューこなしてまた登って降りて、それでまただぞ……」
「ああそうか言われてみたら辛いか、ほれ立ちな」
手を借りながら漸く立ち上がったランページ、シンザンもシンザンで近くのレース場で希望者全員と走った筈なのにピンピンしている。中にはルドルフやシービーとのガチレースもあったのに……なのに此処まで元気なのか、本当に現役を引退しているのかと疑いたくなるレベルのタフさだ。
「毎日毎日山登りとか何やってんだろう……傍から見たら唯のバカだろこんなの」
「あたしからしたらこの蹄鉄使ってる時点であんたは大バカだよ」
「シンさんがそれ言うか」
「使うしかなかったあたしを同列にすんな小生意気なクソガキ」
「うっせぇんだよ仙人志望のくそ婆」
「「あ"あ"っ!?」」
全く同時に殺意剥き出しの声で互いを威嚇しあう二人、仲は決して悪くはない、寧ろ良い。最初こそ尊敬の念を向けていたが、徐々に彼女に対する接し方を学んでいった結果として、現在では完全に素の状態で相手をしている。
「やめだやめ……無駄に疲れるだけだ」
「そりゃこっちの台詞だよ、ルドルフ達にせがまれて走り過ぎた……ったく歳かね、現役の時は一日中走ってても大丈夫だったんだが」
「いやぁキツいでしょその見た目で年寄り発言は」
「喧しいわ、これでも年相応の生活はしてるんだ」
「靴に通常蹄鉄の数倍の重さの蹄鉄を付けたりする奴は歳を感じたりしねぇよ普通」
そんなやり取りをしていると、本格的に太陽が水平線の向こう側へと沈んでいった。それを見届けているとシンザンが徐に口を開いた。
「あんたは何で走るんだい」
「ンだよ突然」
「疑問に思ってんだよ、無敗の十冠なんて単純に言えばあたしの2倍は活躍したって事になる。ならもう引退したって誰も文句は言わない、そんだけの事をあんたは既にやってんのに何でこれ以上やるんだい。あたしの蹄鉄なんてバカな事までして」
「それに関しては南ちゃんのせいなんだがねぇ……」
余りにも単純な質問だ、レースを走る志望動機。トレセンにはいるウマ娘ならば一度は聞かれる質問だ、ランページも当然聞かれた。目的は報復だった、だがそれも達成した、それなのに自分はまだまだ走り続けている。如何して走り続けられるのか、そう言われても返答に困る。
「これでもあんたの事情は知ってんだよ」
「えっ話してない筈だぜ」
「シンザンを舐めんなって事さね、顔は広いんだ」
「うわぁお、シンさんおっそろしい~」
「茶化すなよ、んでなんで走る」
「レースで駆け抜ける快感を、歓声を浴びる喜びを、夢を与える事の素晴らしさを知っちまったから。それだけだよシンさん」
返答に困る、というのは余りにも単純すぎて答えとして相応しいのか不安があったから。如何して走るのか、それは走りたいからに他ならない。
「なんだ、つまらん。もっとこう悩んでいるとかだったら存分に弄り倒してやろうと思っていたのに」
「全くいい性格してるよこの婆」
「ダチに対する口の利き方を少しは覚えろ!!」
「ガハァッ!!?」
流石に許容を越えたのか、シンザンの拳が炸裂し再び砂浜へと倒れ伏す。が、シンザンの表情に怒りなどは微塵もない。唯、友との触れ合いを楽しんでいる楽し気な笑みだけがそこにはあった。
「お~いラ~ンって如何したの、疲れたの?」
「……そういう事にしといてくれ。如何したターボ」
「もう直ぐご飯なのにランが来ないから呼びに来たんだぞ~」
「ああそうか、悪かった」
自分を迎えに来てくれたターボに手を引かれるように歩き始めるランページ、好い加減に脚に来ているか笑ってしまう程に脚に来ている。ターボの手を借りながらも何とかホテルへと向かっていく。
「んじゃシンさん、また明日ぁ……」
「応、疲れを残すんじゃないよ」
「わぁってるっつの……」
「早く行こ!!今日はお寿司が出るだって!!」
「分かったから引っ張らんでくれ……」
もう疲労困憊で歩くのもやっとなランページは早くご飯にありつきたいターボに導かれるかのように歩いていくのをシンザンに見守られた。彼女も彼女で民宿に向かって歩き出そうとするのだが、急に脚から力が抜けてしまって蹲った。
「……流石に、レースした後にランの相手するのはきついな……」
リギル、スピカ、カノープスの希望者とのレースを行っているシンザン。最初こそ人数を絞る為に選抜レースを行って上位入賞者とのレースにする予定だったのだが、当人が纏めて掛かって来いという言葉を撤回する気をなく、完全に3チーム対シンザンという構図のレースとなった。
「あたしも歳って自覚しねぇとダメだな……ちょいと無理し過ぎたか」
既に引退してかなりの年月が経つのに現役で走っている子達と張り合うなんて我ながらバカな真似をした物だと、笑いが込み上げて来てしまう。如何にもランページとの時間が楽しいせいであの時の心に戻ったような気分になってしまっている。
「身体休めねぇといけないのはあたしの方だなこりゃ……やれやれ情けねぇ」
立ち上がっても尚、ふら付いてしまう。これも全てルドルフやシービーのせいだ、自分の祖母よりも婆な自分にあそこまでムキになって迫って来る事はないだろうに……そう思いながら砂浜から道路へと上がるとそこには南坂が居た。
「本日は有難う御座いました、ランページさんだけではなくターボさん達も一緒に面倒を見て貰ってしまって」
「構いやしないさ、あたしが自分でやるって言った事だ。だけどまあ……ちょいとやり過ぎたかね」
今日のレースはドリームトロフィーリーグ顔負けの大接戦だった。此処にラモーヌなどが居なかった事が悔やまれる……結果は1着にシンザン、2着にミスターシービー、3着にシンボリルドルフといった風にある種順当な結果ではあったが…現役を退いている筈のシンザンがドリームトロフィーリーグで活躍し続けている二人に勝ったのは予想を超えていた。
「普段のあたしなら確実に負けてた、だけど……あいつに引っ張られちまったよ」
「ランページさん、ですか」
「ダチの目の前で恥晒す訳にゃいかんだろ。だから気張っちまったんだよ、その結果がこれだ」
笑いながらも脚を叩くシンザン、本当に無茶もいい所だった。ルドルフやシービーでは既に肉体のレベルには差が生じている、それなのにシンザンは現役とさほど変わらぬであろう鉈のキレ味で宣言通りに全員を撫で切りにして勝利を掻っ攫って行ったのだ。
「明日に響かせないように風呂入ったらマッサージしねぇとなぁ……」
「それでしたらご心配なく、既に近くの整体院にご連絡して民宿の方で先生に待機して頂いております」
「あっ?」
「ホテルの方ではご気分になれないと思いましたので、民宿まではお送りしますよ」
「―――ったく南トレーナー、あんたって奴はランの奴には勿体ない位には良いトレーナーだよ。そしていい男だ、ウマ娘の心を良く分かってやがらぁ」
「恐縮です」
南坂の車に乗り込むと、直ぐに民宿に向けて出発していく。ウマ娘の事を優先するトレーナーとは聞いていたが、此処まで配慮できる相手はそうはいないだろう。
「安心しな、あいつの脚は世界でも行けるよ」
「貴方にそう言って頂けると嬉しいですね」
「その内、テンポイントとか連れて遊び行ってやるからその時は頼むよ」
「あのせめて一言連絡入れてくださいね?突然突撃なんて勘弁してくださいね?」
「さて、如何っすっかね~」
きっと、あの後輩たちもランページは気に入る筈だ。あの三人に引き合わせるのも面白そうだし、あの二人の大逃げ対決も気になる。
「あの本当に勘弁してくださいね?」
「ハハハッ分かってるよ、あたしだってその辺りの常識はあるんだ」
「よかった……」
「まあ配信には出るけどね、TTG連れて」
「如何してよりにもよってその御三方を引き連れて!?」