「なあランページ、なんで山を登らせてんのかは分るかい?」
「仙人だからだろ」
「ぶち殺すぞ餓鬼が」
まもなく合宿も佳境に入ってくるころ合い、今日も今日とて山を登ったランページとシンザン。そんな中でシンザンが問いかけてきた。
「単純には坂路だから、だけじゃねえんだろ」
「勿論その狙いはあるけどね」
坂道は平地の3倍の負荷が掛かると言われている、そこを毎日走る事で足腰とスタミナが鍛えられるという効果は期待できる。だが本当はもっと違うところにある。
「淀の急坂、知ってんだろ?」
「知ってるし走った事だってあるぜ俺」
「そこの高低差は何mか言えるかい」
「4mだろ」
正確に言えば4.3m。それこそが淀の急坂と言われる坂、ここまでの高低差は走る身としてはきついが、きつい為にここを勝負所にするウマ娘は少ない。余りにも速度が出てしまうので遠心力に耐え切れずに外に振られてしまうから、まあそんなことも気にせずに走り切ってしまうウマ娘もいるわけだが……
「そう。山登りは高低差に屈する事がない精神と身体を作る為だ」
「高低差をって……俺、淀の坂でも屈しねぇぜ?」
「違う、見据えているのは―――パリロンシャンだ」
「凱旋門の、舞台!?」
まさかの言葉に驚いてしまった、シンザンが課しているメニューが目指す先にあるのは既に世界だった。彼女にも自分が海外を目指している事は当然話しているので知っているのはおかしくないが、この山登りがそれにあたるとは思わなかった。
「ロンシャンには高低差10mというとんでもない所があるんだよ」
「おいおいマジかよ……」
10メートルの高低差はURAでもっとも勾配のある
「加えて―――マスクトレーニングも中々に効くだろう?」
「効くどころじゃねえよ……」
山を登れるようになってから追加されたのが、上る際には必ずマスクを着けて走るということ。心肺機能の強化を目的としているらしく、実際普通に走れていた筈の距離が極めてしんどくなった。
「マスクトレーニングは南トレーナーに伝えてトレセンでもやらせるように言っておいた、確りと肺と心臓を苛め抜くんだ」
「ウィ~ス……これから南ちゃんのしごきがますますきつくなるのか、とほほ……」
そう言いながらマスクを付けなおすランページは本当にいい環境に居る事が窺い知れる。トレーナーの発破の掛け方が絶妙で彼女自身は全くと言い程に慢心を抱かずに常に努力し続ける。かといって自分に自信が無い訳ではなく自分のことをよく理解している。
「にしてもシンさん、高低差に強くなる為ってのは分かるが……芝の適応はいいの?洋芝の適応」
「そればっかりはそう簡単に出来んからな、トレセン辺りで頑張ってくれ」
「札幌記念も近いのに……大丈夫かねぇ」
「何言ってんだ―――今のお前なら心配する意味もなく勝てるに決まってんだろ」
断言。自分の勝利を信じている、という意味合いのレベルではない。完全な勝者予測、確定を言い放った。
「レースに絶対はねぇぜシンさん。俺が負けることだってあり得る」
「否定はしない。だがこれを見てみな」
投げ渡されたのは新聞だった。そこには今度の札幌記念について書かれているのだが……出走するウマ娘の数が少ないのだ。
「俺を入れて8人って……随分と少ないな」
得意なウマ娘が少ない長距離ならばわかる、だが中距離を得意とするウマ娘はむしろ多い。それなのに8人しか出走しないというのはかなりレアケースに当たる。どうしてなのかと思ったが、直ぐに答えは出た。
「回避だよ、あんたが出るって事になって回避を選択したやつが多いって事だ」
「まあこれまでなかった訳じゃなかったけど、随分と露骨だな」
「当たり前だ、G1なんだから回避するなんて事をする奴は少ないしG2だって東海ステークス位だろう」
考えてみれば今年に入ってからG2以下に出るのはこれで2回目、芝に限っては初めて。東海ステークスは確かにG2だが初のダート挑戦での舞台だったので違って来てしまうが……
「現役最強のウマ娘に戦いを挑もうなんて奴は本気で勝ちを狙いに行く奴ぐらいだ、勝負に掛ける思いが違う奴は別を選ぶのも当然だ」
「まあ言いてぇ事は分かるさ。それだって戦略だし、俺がティアラのトライアルに出るときだって別のトライアルに出るって奴もいたしな」
特にオークスのトライアルレースのフローラステークスに出走を決めた時にはそれが起きていた。だがそれはトライアルなので別勘定とした方が良いのかもしれないが。それでも少しだけ、寂しさを覚えるといえば覚えてしまう。
「此処まで勝ち続けてるんだ、こういう選択をされても文句は言えないし必然だ」
「分かってるよ、回避した連中を臆病だのなんだって罵る権利は俺にはない。逆に言えば……残った8人は俺を本気で倒しに来てるんだ。それはそれで恐ろしい物があるんだよね」
「(だとしても、あんたの敵じゃねえよ)」
手元には札幌記念に出走予定のウマ娘のデータがある。確認はしてみたが、恐ろしいとはお世辞にも言えない。メジロパーマーという存在は確かにいるが……それでもランページを脅かすには足りない、パーマーの本当の強さは長距離で開花する。中距離でもそれは出せるがその領域はランページの領域でもあるのだ。
「札幌記念か……美味い味噌ラーメンが食える店、調べとかないとな」
「せめてレストランだろ、メジロの御令嬢」
「令嬢って柄じゃねえんでね……庶民派お嬢様で結構」
「そうかい―――撫で切って来な、あんたの脚で」
「どうかね、死神の鎌かもしれねぇぜ?」
冗談交じりに笑いながら山を下りていくランページの背中を見つめるシンザンは、その言葉に何処か切なさと悲しさを同居させながらも後に続いた。
「死神なんて言うな、お前さんは生きてるじゃないか。ランページ、あんたはあんたらしく生きろ。誰に何と言われようと自分らしく」
「生きてるよ、毎日毎日騒がしく、楽しく、元気いっぱいに」
『さあ先頭が最後の直線に入ったぞ、速い速い!!完全に既にこの二人のマッチレース状態!!後方とは5バ身差、さあメジロ対決は何方に軍配が上がるのか!?ステイヤーズSを逃げ切った無尽蔵のパーマーか!!それとも十冠のランページか!?』
大逃げウマ娘同士の激突、何方も全く引こうともしない所か互いが互いを振り切ろうとする大激戦、後方のウマ娘達はその余りにも早いペースに付いて行けずに次々と脱落していく。それでも二人は止まらない。
「爆逃げでぇ、負けるわけにはぁぁ!」
ステイヤーズステークスを大逃げで駆け抜けたパーマー、同じ領域での勝負で負ける訳には行かないと最初から全力全開で駆け抜けて続けている。そんな所に彼女の強さである根性と体力が活きている、だがしかし、目の前のウマ娘もそれには負けない力を持っている。
『此処でメジロパーマーが伸びてきた!!さあランページを捉えれるのか!?初の黒星を、初めての敗北を付けるのは同じメジロなのか!!?』
誰もが期待する、此処まで負けなしで来ているランページを破るのではと。まだ負けないでくれ、こんな所で負けないで、そんな思いが交錯する中で後僅かでランページに並ぼうとした時に、パーマーは見た。ランページの足が深々と芝に突き刺さっているのを。
「さあ、決めるぜ……!!」
刹那、芝が宙を舞った。余りにも強すぎる脚力によって芝が一瞬で剥がされた。そしてそのままランページは加速する、自分の溜めていたそれよりもずっと大きな力で。
『メ、メジロランページ!!ランページが此処で完全にパーマーを置き去りにした!!このレースで常に先頭を駆け抜けていたのに何だこの末脚は!!?とても逃げウマ娘とは思えぬ切れ味だ!!そのまま、ゴールイン!!止まらない止まらない!!メジロランページの快進撃は留まる事を知らず、既に彼女にとって日本は狭すぎるのか、そう思わせるような勝利でしたぁ!!これで20戦20勝、彼女は一体どこまで駆け抜けて行ってしまうのか!!』
「負けちゃったぁ……ヘリオスと凄い走り込んだから自信あったのになぁ~……」
「悪いなパーマー、だけどお前の脚だって大したもんだ。ペース逃げ、教えようか?」
「う~ん興味あるしトレーナーに確認してみるね。それにしても20勝だって、もう凄すぎてあたしには何が何だか」
「ハハッ勘弁な、この後味噌ラーメン喰いに行くから一緒に行こうぜ。奢るからよ」
「あっホント?実は興味あったんだよね、北海道の味噌ラーメンって」