「天皇皇后両陛下が天皇賞に、天覧レースですか」
「うっす……」
天皇皇后両陛下がレースを見に来る、それを翌日に南坂に伝える。自分がやるべきだと理事長に話して直接伝える事とした。自分のせいと言えばせいかもしれない……また負担を掛けると思いながらも伝える。流石の南坂も苦笑し眉間にしわを―――
「分かりました、それではそのことを頭に入れつつメニューをこなしてください」
「―――ってうぉいそれだけか!?他になんかあるんじゃねえの!?」
「えっあります?」
「いやあるだろ!?何、何で天皇皇后両陛下がレースに!?流石に私にだって限界だってあるんですよ!?みたいな反応する所じゃねえの!?」
「お望みとあればできますけど……生憎演劇の才能はないので大根役者になりますが」
「喧しいわ!!」
寄せる事も無く、何事も無かった日常を過ごし始めたかの如く普段通りに練習を行うように指示を飛ばしてきた。別段驚きの反応を望んでいた訳ではない、寧ろ心労が見えないという点においては寧ろ安心できる材料ではあるのだが……
「いやさ、なんかこう……ねぇの?」
「ぶっちゃけないです」
「アルェー?」
「聖蹄祭のあれで免疫が付いたんですかね」
「アナフィラキシーショック起きちまえ」
一切免疫なんて物が付かずに頭を抱えていた自分は一体何なのだろうか、そう言いたくなるような状況に若干不貞腐れ気味になる。
「んだよ俺なんて理事長から話されて思わずイタリア語とドイツ語が出たぐらいなんだぜ?」
「何故そのチョイスなのか謎ですが、それが出る辺り大分冷静だったようですね」
「そりゃよぉ……そこまで期間置かずに立て続けにレジェンドばっかりにエンカウントしてりゃいやでもある程度の耐性は付くわ……だからって天皇陛下が来るなんて言われたら流石にひっくり返りそうなもんだぜ」
「だからこそ基本は大事なんですよ、そんな大舞台で凄い人が見に来るのですから気が動転して基礎が疎かになる事が最も恐ろしいのです」
応用も奥義も土台となる基礎が揺らいでいては曖昧な物しか出せない、故にカノープスは徹底的に基礎を磨き上げる。そんな物が天皇が来たからと言って疎かになる事こそが偉大な天皇に対して最大の侮辱、最大の敬意とは自分に出来る全力を発揮する事である。
「言いたい事は分かるけどよ……だからって南ちゃんの冷静さ、ハッキリ言って異常に映るんですよねぇ」
「何処かのウマ娘さんが負けないお陰で私は色んな方々とお話してますからね、そのお陰でしょう」
「……It's me?」
「Yes.It's You」
如何やら大体自分のせいだったらしい。微妙に言葉に力が籠っている辺り、色々と思う所があるのだろうか……顔をそっと反らす事しか出来なかった、いつも通りのニコニコ笑顔が奇妙な程に圧を纏っていて怖かった。
「まあ本当のことを言いますと、以前のお仕事で結構な大物さんとお知り合いになった事がありましてそれで慣れたという事です。仕事の休憩でカフェに寄って同席となったのですが、その人が取引先の重役さんだったというオチです」
「何それ怖い、口から心臓飛び出そう」
「激しく同感です」
ランページが全ての元凶という訳でもない、前職で様々な経験があるので今回の経験に類似した事があったからこその冷静さ……まあそれでも天皇とそれを比べるのは大分可笑しいが。
「というか、天皇陛下がレースを見に来るぐらいで一々驚いてられないと思いますよ?」
「位て、あんた日本の象徴を位て言うたかあんた」
「だって世界を相手にするって公言しているんですから」
言い分は分かる、分かるだけで許容が出来ないが……日本のトップが見に来る、そんなの世界に飛び出せばもっととんでもない事が起きかねないという事なのだろうか。
「実を言いますと、とある所からの招待状が来ていたんですよ。ランページさんには見せずに私の所で止めて、連絡の方なども私の方でやらせて頂きましたので貴方はその事を全く知らないと思いますが」
「えっマジで?どんなところから来てたん?」
「ドバイですね」
「ドバイってあのドバイ?すげぇ富豪がいっぱいいるイメージあるあのドバイ?」
「凄い雑なイメージですけど合ってます」
ランページが二刀流として歩み始めてフェブラリーステークスを制した辺りまで遡る。自分の下に一通の招待状がやって来たのである、それは遥々遠い異国であるドバイからの物でメジロランページをドバイワールドカップに招待したいという内容の物だった。
「ドバイワールドカップって……あっそうかフェブラリーステークスってステップレースだったっけ!?」
「ええ、なのでランページさん宛てに招待状が届いていたという訳です。まあ渡しませんでしたけど」
「ええっ……話位してくれても良かったんじゃないの、どうせ俺行く気なかったわけだしさ」
「申し訳ありません、その方が良いと思ったので」
今年一年は海外遠征の為に力を蓄える、そう決めていたのでドバイからの招待状が来た所でランページは行く気はなかった。それが世界的に見ても有数のレースの誘いだとしても、ランページからすれば制したジャパンカップと同じ国際G1にしか映らなかった事だろう。
「気付かない俺も大分間抜けだけどな……」
「まあまあまあ、それで招待状にお断りの返事を出したんです。何故かと連絡が来たんですよ」
「……ドバイから?」
「ドバイから」
あの時は本当に驚いた、覚えのない番号からの連絡で取ってみればドバイからだった。しかもドバイのトップが直々に如何してランページはドバイワールドカップに出走しないのかという質問が来ているという言葉を携えながらだった。
「一からご説明したので御理解は頂けましたが、それはさておき出走してくれとかなり粘られましたけどね。どうやらジャパンカップの走りで魅了された上で配信でファンになったとか……」
「うわぁ……俺の知名度ってば世界レベルね」
「冗談抜きでそうですからね、という訳でして天皇陛下が云々でも私のリアクションが薄かったのはそういう事があったからですね」
「……なんかすいません」
「いえいえ」
改めて自分が色々とやらかしてしまっている感が半端ない。別に問題を起こそうと思って行動をしている訳ではないのだが……兎も角今は天皇賞に集中するべきだろう。例えそれを無事に終える事が出来たとしてもその後にはエリザベス女王杯にチャンピオンズカップと自分は忙しいのだから。
「よくよく思ったら、陛下来るからって焦る意味ないか……だって普通に俺忙しいもんな」
「ついでに私も大忙しですね、ネイチャさんの菊花賞にターボさんの秋華賞も控えてますし」
「そうだった……」
ドバイワールドカップって1996年スタートなんだよねぇ……出走馬如何しよう……秋華賞とかやってるから今更過ぎるかこの心配……。