「よぉっお前だろ、あいつが噂にしてやがったウマ娘ってのは」
「そのあいつが誰の事を指してるのかも噂も知らねぇよ、抽象的な言葉じゃ確証は得られねぇよ」
「ハッその生意気な口調、間違いなくお前だな」
屋上でシガーを吸っていると一人のウマ娘が自分を見下ろしてきた、自分が寝そべりながらというのもあるが、明らかに自分よりも優位に立っているという精神性が出ているかのような不敵な表情に自信を携えている。そんな自信に溢れたウマ娘を自分は知っている。
「んで何の用ですかね、シリウス先輩さん」
「気持ち悪い敬語なんか使うな、使う気なんざぁねぇ癖によ」
シリウスシンボリ。第52回日本ダービーを制し、海外へ約2年の遠征を行った日本馬による長期海外遠征の先駆けとなった名馬だという事は知っているが、それ以上の事はそこまで知らないランページ、寧ろウマ娘としての彼女の方を良く知っているとも言える。
「皇帝様が如何もお前の事を気にしてたみてぇでな、見に来てやったって訳だ」
「リギルの勧誘してまた誘ってくれって言われたのに次の勧誘も儘ならないままに他のチームに入った事を恨んでるだけっしょ」
「そりゃあるだろうなぁ、あいつは昔っから負けん気がつえぇ上に決めた事は意地でも貫こうとしやがる諦めの悪さがありやがる」
ケラケラと笑いながらも皇帝を馬鹿にするシリウス。永遠の皇帝であるルドルフをこうまで言えるのはシリウスぐらいだろう。
「まあ、俺にとっちゃ皇帝なんて如何でもいいけどな」
「ほう?」
「皇帝を否定する気はないが、俺は俺なんでね。如何言われようが俺の道を貫き通すだけよ、そういう点に限っちゃ同じと言えるけどな」
「そう言いながらも目指す事は恩返したぁ殊勝な心掛けだな」
「そりゃそうだろ、一度失った物を手に入れられたんだ」
それを聞いてシリウスは不敵な笑みを仕舞い込んで真面目な表情を作りながらもランページを見つめた、そこにあるのは鋭くも凛々しい男も女も落とすような魅惑的な表情。それを受けながらもランページが煙を吐くとシリウスは言った。
「なんだ、思った以上にこっち側じゃねえかお前」
「元々寒門の出なもんでね」
「ハッ天下のシンボリ家のウマ娘に言うじゃねえか」
「何言ってんだ、アンタはアンタだろシリウス」
「分かってんなぁ……益々気に入ったぜ」
遠回しにシリウスはシンボリらしくない、と言っているのにそれを笑いながら受け入れている。シリウスは寧ろそう言う姿勢は好ましく思っている。
「一つだけ言っといてやるぜ、皇帝様はお前の事を調べ始めてるぞ」
「―――まあそうするだろうよ……恩返しと報復が目的なんて聞いたら気になるだろうからな」
「忠告はしといてやった、後は適当にやれよ」
「あいよ、あんがと先輩さん」
「キモいからシリウスでいい」
そう言いながらも去っていくシリウスを見送りながらもランページは改めてシガーを吹かす。まあ調べられる事は調べられるとは思っていた、唯の一般家庭出身のウマ娘がメジロ家と親密な関係にあり屋敷にも出入りしていたなんて分かれば確実に調べられる。シンボリ家の力があれば確実に自分のあれこれはバレる、そしてルドルフならば確実に突っ込んでくると思われる。
「全てのウマ娘が幸福になれる世界、だったか……なら、俺はそっちには行けないな」
何故ならば、既にランページはそのレールから外れている。自分はヒトソウルも混ざっている故にウマ娘という定義には微妙に当てはまらない、それに自殺をやってしまっているので幸福とは既にかけ離れている……だからどちらかと言えば自分はシリウス派になる。
「俺が目指すのは報復だからな」
「アタシ?アタシはクラシックに行こうと思ってるよ」
素直に話を聞く為にトレーニングルームへと向かった、そこで筋トレを行っているライアンの隣で器具を使いながらも話を聞いてみる事にした。
「やっぱりダービーっていう舞台に憧れてるんだよね」
「成程な……そりゃ確かに、日本一のウマ娘を決める祭典みたいなもんだからなっ……!!」
納得しながらもベンチプレスを行うランページ。其処に夢を重ねて目標とするウマ娘は数多い、それにトレセンにはそれらを勝ちながらも最高の栄誉とも言われるクラシック三冠を達成しているウマ娘が二人もいるのだから其方に向かうのも理解できる話だ。
「ランは如何するの?」
「さぁてね……!!ラモーヌちゃん先輩にはティアラ路線誘われてるし、お前はクラシック路線だし迷いまくリングだぜな……っシャァオラ更新だ!!」
バーベルを戻しながらも水分補給をする、次はもっと重りを追加してやるか……と思いながらも先程のシリウスの事もあるからか海外への挑戦も悪くはないと思っている。其方もとても容易ではないだろうが挑戦する価値はある、報復には良い路線だが……細やかな物を望んでいる自分からすれば超越し過ぎているかもしれない。
「……お婆様も言ってたけどさ、それならこっちで弁護士とか立てれば多分あっという間に終わると思うよ?」
「俺も言われたよ、伊達にずっとバイトしながら家計簿と日記付けてた訳じゃねえからな」
叔父と叔母が居なくなってからの数年間、ランページは毎日を必死に生きていた。親もいない、その親の遺産も持ち逃げされるという最悪すぎる状況で歯を食いしばるようにしながら……そしてその軌跡は確りと残されている。故にそれを使えば確実にその叔父と叔母を追い込める事は出来るし、その為に顧問弁護士に話を通すとも言われた。だが―――ランページはそれをしなかった。
「俺がしたいのはそういう事じゃ、ねぇんだよなぁ……悔しがらせてやりたいのさ」
「悔し、がらせる?」
「そっ……なんて安直な事をしたんだ、何で過去の自分達はそんな事を、何で何で……って後悔させてやりたい」
人生を終わらせてやるのは簡単だ、だがそれでは足りない。自分の中にあるランページを死に追いやった事をその程度の事で許してやるほど、ヒトソウルは優しくはないのだ。
「あの時、自分達が傍にいてちゃんとした親をやっていれば……って思わせてやりたいんだよ。それで近づいて来たら、徹底的に否定して、遺産の返還を希望する。残って泣こうがそんな事は関係ない、父さんと母さんの物を返して貰うんだよ……仮令何年かかってもな……!!」
ランページが望むのは贖罪、それも苦しみを伴う贖罪だ。破滅なんて物は如何でもいい、それをさせたらそこで終わり、永遠に後悔を相手に植え付けてやりたいと思っている。
「エッグいなぁランって……」
「こっちは自殺まで行ったんだ、この位は良いだろう?」
「うんそうだねアタシが間違ってた」
「だろ」
悪意が強いと言われるかもしれないが、そんな事知った事ではない。それは今の自分の意志なのだ、自分は本当のランページではないが今は自分がランページなのだ。故に自分らしく生きさせて貰う事にする。
「……自分らしく、か……フフッそれじゃあランは如何するの?」
「そうだな……よしライアン、折角だからクラシックとティアラの同時制覇を目指さないか?」
「ど、同時制覇!?」
「応よ。俺がトリプルティアラでライアンがクラシック三冠、俺だってお婆様公認のメジロ家のウマ娘だ。そんな俺とお前でダブル三冠、メジロ家にとってはこれ以上ない栄誉だと思わないか?」
そう言われてライアンは思わず呆気に取られてしまった。確かにクラシックを目指そうと思っていたが、三冠まではイメージは出来ていなかった。其処まで行けるのか、自分に出来るのかという不安も生まれ始めたが……それ以上にワクワクとドキドキが溢れて来た。親友と共に世代の頂点を掴む、なんて最高の栄誉だろうか。
「良い、絶対良いよそれ!!!」
「おっしゃ、それじゃあ俺はティアラ路線だな、そっちもクラシックで負けんなよ?」
「勿論!!あ~凄い楽しみになって来ちゃった!!早くデビュー出来ないかな~!!」
「んじゃ、それを走りでぶつけるかい?」
「良いねそれ!!いこいこ!!」
飛び跳ねながらも手を取って歩き出して行く親友、その姿にランページは何処か心が安らいだ。そして同時に思う、この笑顔を曇らせてはいけない、その為にも自分も頑張ろうと。