トリプルティアラを目指すと決めたその日から、明確にランページは変わりだしていた。
「ね、ねえランページさんなんか、こう……変わった?」
「うんなんかこう……一段と大きくなったっていうか……」
日常の生活から、カノープス内のメニューにおいて全てが変革していた。それは周囲ですら分かる程に顕著な物だった、表情にも力が溢れており授業にもかなり真剣に向き合っている。力強くもエネルギッシュになりつつあるランページの変貌に皆が驚くが、それは同時にライアンにも訪れていた。
「でも、ライアンさんもなんか凄くない?」
「うん、この前の模擬レースでブッチギリの1着だったもんね」
この二人の共通点、それは明確な目標の設定が行えた事だった。その目標は極めて高く、難しいとしか言いようがないような無謀な物とも言える。まるで子供が幼い頃に約束するような壮大過ぎるものだが二人はそれを本気で実現する為の努力を行っているのである。
「フゥゥゥッ~……ったく今度の休みには主治医の所行かねぇとダメだな、シガーの量が増えていけねぇ」
心もとなくなって来ているハーブシガー、トレセン学園に入ってから吸う量が増えてきている。ウマ娘として走れば走る程に自分の心は揺れていく、それも徐々に収まって来てやがてはハーブシガー無しでも大丈夫だとは言われたが、増えていく今を思うと中々信じられない。今は増える波で、何れ減る波が来るというのだろうか……そういう事にしておきながらもシガーを吸おうとしていると隣に一人の男がやってきた。
「よっお隣失礼するぜ」
「生憎俺は売却済みだぜ、お好きなレビューなら愛バの脚でもするんだな」
屋上へとやって来たのは沖野だった。それに向ける視線は変わらずに侮蔑まではいかないが、やや怪訝そうなものである。それに肩を竦めながらも飴を口へと含む。
「それならもう飽きる程やってる、偶には新しい刺激が欲しいんだよ。特に将来有望なルーキーをな」
「だったらスピカに勧誘する奴を探せよ、シービーのトレーナーともなれば幾らでも原石は見つかるだろ」
「い~や、そうでもないんだよなこれが」
「だろうな、その変態加減だと」
リギルに比べるとどうしてもスピカの人気は落ちる。ミスターシービーという三冠ウマ娘が所属していたという事ならば人気になる要素しかない筈だが……それはシービーとスピカの沖野という組み合わせの相性が極めて良質だったことに起因する。ウマ娘の自主性に重きを置き放任主義がメインのスピカは、肌に合うウマ娘が少ないらしい、加えてトレーナーの沖野が沖野なので難しい事もある。
「だからお前さんを勧誘したんだけどな」
「ハッ生憎俺の身体はもうカノープスのもんだ、安売りする予定はないんでね」
「―――トリプルティアラを目指すらしいな」
「まあね。三つの冠がどの位の値打ちがあるのか試してみたくなってね」
自分の愛バとは趣は違うが、それはそれでウマ娘にとっての最高峰の栄誉の一つ。それを目指すと言われたら気にもなる。
「同室の影響も大きいのか?」
「まあちゃん先輩がティアラを目指しましょうよ、って言ってきたのも大きいわな。あんな良い女からのお誘いだからな、あの色気はウマ娘だろうが惑わせちまう」
「それは同意するわ、ほんとラモーヌって学生なのか?って思う時あるもんな」
そんな如何でもいい話をしながらも、唐突に沖野は真面目な顔をしながらも言い始めた。
「ハッキリ言っとくぞ、お前らがデビューする世代は半端なもんじゃないぜ。ライアンだけじゃなくて他にも有力なウマ娘達が出て来る世代になる」
「へぇアンタにスカウトマンの素質があったなんて知らなかったな」
「聞かせてやるから少しは俺に尊敬を向けろって」
そう言いながら沖野が語り出したウマ娘の名前は自分ですら知っている名前ばかりだ。メジロ御三家・メジロ三銃士とも形容されるマックイーン、ライアン、パーマーの三人、アイネスフウジンにアグネスフローラ、ダイタクヘリオスにダイイチルビーなどなど……史実でも名馬として名を連ねた強豪達が列挙されていく。そして当然同じカノープスのイクノもライバルとしてデビューする。
「正しく大豊作ってトレーナーからは言われてる、このウマ娘達を乗り越えてトリプルティアラを掴むなんざぁ楽な道筋じゃねぇぞ」
「アンタ馬鹿ぁ?」
親切心で大変な道のりになるぞ、という事を教えたつもりなのに純粋な罵倒が飛んできて思わずズッコケそうになった。
「ルドルフが歩んだ道がストレートだったとでも?ラモーヌの戴冠式がそんなお気楽に見えたかい?誰かと覇を争ってこそのレースだぜ、対戦相手が居なくて戴冠しましたじゃ意味ねぇんだよ」
強い相手なんていて当然、だからこそやる価値があるんだと返す。そしてシガーを灰皿に落としながら言う。
「こう見えてもバストとヒップにも自信があるんでね、度胸は人並み以上にあるんだよ」
そう言いながらウィンクをしながら去っていく。そんな姿を見送ると沖野は思わず笑ってしまった。これは手強いというべきなのは彼女を相手取るウマ娘だ、これは……新しくスピカに入ったウマ娘も相当に苦労する事は目に見えている。
「さてと……俺も頑張ってメニュー組むか―――何せ相手があのライアンだからな」
スピカに先日、新しいメンバーが入った。そのウマ娘の名前は……メジロマックイーン。
「よっライアン待たせたかい」
「ううん全然」
食堂へと向かったランページを待っていたのはライアンだった、そして同席している一人のウマ娘に紹介するように手で彼女を示した。
「紹介するねラン、マックイーンだよ。同じメジロ家なんだけどタイミングが合わなくて中々会わせられなかったんだ」
「初めまして、お婆様からお話は伺っております。メジロマックイーンと申しますわ」
「これはこれはご丁寧に、メジロ家でお世話になってるランページ、好きに呼んでくれ」
そこに居たのはつい先ほど話題に出たメジロマックイーンだった。史上最強のステイヤーともメジロ家の最高傑作とも評された名馬、その強さは天皇賞(春)を連覇するという偉業からもよく分かる。
「ライアンからお話はよく伺っておりましたのよ、というよりもライアンとお茶をする時は大抵貴方のお話ばかりでしたの」
「あらやだ、ライアンってばそんなに俺の事を話しちゃってたの?」
「えへへっ……」
恥ずかしそうにしつつも、何処か胸を張っているライアンに僅かに呆れる。まあ彼女にとって自分はそれ程までに誇れる友人だと思ってくれているのは嬉しい限りである。
「それにしても驚きましたわ、ライアンからクラシック三冠を目指すと言われた時には」
「アハハハッ……でもまあ今その為に頑張ってるから!!」
キラン、という擬音と共に歯を光らせながら笑うライアン。スポーティな彼女に異様にマッチしている構図に僅かに笑いが込み上げて来るランページ。
「そしてランページさんはトリプルティアラを……ラモーヌさんから勧められましたの?実は私も誘われた事がありますの」
「あれま、あの人結構見境なし?」
「いえ、其方に進むのであればお手伝いしたいだけだと思いますが……」
と言ってもマックイーンは適性距離を考慮してティアラ路線に進むつもりはなく、寧ろクラシック路線からメジロ家の悲願である天皇賞連覇を目指す腹積もりでいる。つまり、この場においてマックイーンはライアンにとって大きなライバルという事になる。以前までのライアンならばマックイーンとの対戦にやや及び腰になっていたかもしれないが……
「負けないからねマックイーン、アタシはランと一緒にダブル三冠を取るんだから」
「私だって簡単に負けるつもりはありませんわ、寧ろ貴方の目標を阻む壁となって差し上げますわ」
ライアンは強気にマックイーンに対して宣戦を布告した。そしてマックイーンもそれを受け入れ、メジロ家同士のライバル関係が成立するのであった。
「んでさイクノの奴、ノリも良い上に面倒見がいいからかターボといつも一緒に居るんだよな」
「イクノさんらしいですわね。私と同室ですが私もお世話になったりしてますの」
「カノープスも楽しそうでいいね~」
そろそろ高等部編に入ろうと思っていたり。