「んっ~……気持ちのいい日和りだぜ~……」
秋晴れの空の下で練習に臨んでいるランページ、間もなくエリザベス女王杯なのでそれに向けての調整中。イクノとターボが相手というのもある為か、気合も十分。そんな彼女に一つの影が駆け寄りながらも、何処か赤みがかった表情のまま、少しだけ震える手でドリンクを差しだした。
「ど、どうぞお姉様!」
「おっサンキュ」
それを受け取って水分を補給する、横目でそんな自分のサポートをしつつも嬉しそうに尻尾を振るっているウマ娘の少女を見る。
「にしても、見てて楽しくないだろ。唯俺が走ってるだけだし」
「そ、そんな事ありません!!お姉様の練習はとても参考になりますし、走る姿はとても凛々しいです!!」
「いや参考にするにしても絶対に反面教師的な物にしてくれよ、普通はこんなトレーニングは身体壊すからな?」
自分のトレーニングメニューは色んな意味で特別なのでそれを参考するのは絶対にしない方が良いと思うが……その辺りは分かってくれているのだろうか。そう願う、でないと彼女がトレセン学園に入学した時にシンザン鉄とマスク装備で坂路を走るなんて事をしかねない。だったら自分が自重すればいいだろうと言われてしまうかもしれないが、自分の場合は海外を見据えているので簡単にやめる訳には行かないのである。
「さてと、もう2本か……やれやれ大変だけど行って来るかぁ」
「が、が……頑張ってくださいお姉様!!」
「あんがとさん、行って来る」
マスクを付け直しながらも走り出す自分に熱い視線を注いでくるのは同じメジロのウマ娘でブライトと同じく自分の妹になったメジロドーベル。史実ではライアンの初年度産駒、オークスと秋華賞を制した二冠牝馬。当時の牝馬の日本最多記録であるG15勝の記録を持っている名馬。
「終わったぁ……!!ああ、全くこのメニューは身体に応えるなぁ……」
休み明けの身体を叩き起こすという意味合いもあるのだが、やはりマスクで酸素量を少なくされると途端に辛くなる。より効率的に、全身の連携を更に密として動きをしなければならないのでかなり大変。シンザン鉄で山を登り続けた自分でも辛い……倒れるように寝っ転がると慌てたようにドーベルが駆け寄って来た。
「ど、如何しましたお姉様!?お怪我でも!?」
「ああいや違う、単純にきつくてぶっ倒れただけ……いやぁ効くわぁ」
「よ、よかったぁ……」
安心したように膝を付いてしまうドーベル、心配させすぎてしまったことを反省しつつも上体を起こしながら彼女を見る。
「俺に付き合う事なんてねぇぜドーベル、トレセンじゃやり難いってんでこっちに来てるだけだし」
「い、いえ是非ご一緒させてください」
ランページは今メジロの練習場で練習をしている。別にトレセンで練習してもいいのだが……モンスニーから鍛えてやるという連絡を受けたので、その待ち合わせも兼ねて此方で練習を行っている。南坂からの許可と練習メニューを貰っているので問題なし。
「次のエリザベス女王杯、勝ちますよね」
「負けるつもりでレースには挑まんさ、当然勝ちを狙いに行く」
「ですよね!!」
ブライト以上にキラキラとした瞳で自分を見つめて来るドーベル。以前ブライトから聞いた通り、ドーベルは自分に対して憧れの視線を向けて来る。
「私もお姉様みたいになりたいんです、何時か私もティアラ路線を走ります!」
「そうか、だけどまあ俺みたいになろうとしちゃ駄目だぜ。自分らしく走ってこそ、だからな」
「自分らしく……ですか」
自分らしく、その言葉に俯いてしまったドーベルに首を傾げる。
「私、お母様からメジロの名に恥じないようにと言われているんです……お母様は厳しくて……それに、私はブライトみたいに強くありません……」
ポツポツと漏れ出した雨水のように少しずつ語り出して行くドーベル、メジロのウマ娘として努力しなさいと母親にはよく言われ、それに恥じないように努力してきたつもりだが、レースを見に来る多くの観客に緊張してしまって思いように走れない所か、スタートで躓いてしまって結果は散々……母親に言われたメジロのウマ娘としても恥じるしかない結果出来ず、自分は全く駄目だと思ってしまっているらしい。
「なぁっメジロとして恥じないウマ娘って一体どんなウマ娘なんだ?」
「えっ?」
余りにも唐突な質問だった、ドーベルは驚きながらも必死に考える。
「そ、それは……お姉様みたいにトゥインクルシリーズで活躍したり、天皇賞を勝ったり……」
「かもな、だけどそれはメジロが望んでいるウマ娘であってドーベルがなりたいウマ娘じゃないだろ?」
「私が……?」
「そう、メジロに恥じないって事は、自分のなりたい自分になって胸を張って前を向けるウマ娘の事を言うんだ」
ドーベルの頭を撫でてやりながらも続ける。
「家の名前なんて気にしなくていい、恥ずかしくてもいい、自分は自分らしく、私は私のままで。俺はそれを貫いてるだけだ、そうすれば結果なんて後から付いてくる」
「そう、なんですか……?」
「無敗のウマ娘が言うんだ、間違いない」
確かにこれ以上ない説得力にドーベルは考え込む、自分らしくていい。家の事なんて考えなくても……だがいきなりは流石に受け入れる事は出来ない。戸惑うようにしている彼女の頭を撫でてやる。
「少しずつでいいんだ、自分らしさって言うのは自分で決める物だしそれは一つじゃなきゃいけないって事はない。絵を描くのが好きだって良い、食べるのが好きでも良い、トレーニングするのが好きでも良い、友達と笑って過ごすのだって良い、何でも良いんだ自分らしさなんてな」
「―――はい、お姉様。それじゃあ……」
そう言うと自分にピッタリとくっついて来た。
「これが、今の私の私らしさです……お姉様の事が大好きなメジロドーベルです」
「ハハッそりゃいい、可愛い妹から大好きと言われるなんてお姉様大感激。俺もベルちゃんの事大好きだぜ」
「べ、ベルちゃんは……」
「いやだった?」
「い、いやでは……ありません……」
真っ赤になった顔を隠すように俯くドーベルの姿はとても可愛く、愛おしかった。この後、モンスニーからの指導を受けてこの日は学園には戻らずに泊まることにしたのだが―――
「お婆様、あれを」
「あら、随分と仲良くなったのね」
「フフッ微笑ましいわぁ♪今度シーちゃんとルーちゃんとやってみるわ♪」
モンスニーとアサマ、そして来訪していたスピードシンボリの視線の先には同じベッドで眠りにつくランページとドーベル、そしてブライトの姿があった。