クラシッククラスに行われるティアラ路線の初戦である桜花賞のトライアルレース、私と彼女の道が重なったのはチューリップ賞だった。その時まで私は無敗だった、3戦3勝、デビューから負け無しだったが故に天狗になっていたと言われたら今思えばそうだったのかもしれない。トレセン学園のチームでも最強と言われるチームリギルに入る事が出来た私、アグネスフローラは毎日リギルの練習に真剣に向き合っていた。練習は辛かったけどレースで感じられる成長は自分の想像を遥かに超えていて、おハナさんに付いて行けば私はトリプルティアラを取れるという確信があった。
「フローラ、もしかしたら君はラモーヌに続く二人目になるかもしれないな」
「あ、有難う御座います!!」
リギルが誇る皇帝、シンボリルドルフ先輩にもそんな言葉を掛けられて、私は自信に満ち溢れていた。絶対に行ける、私は意気揚々とチューリップ賞に挑んだ、そんな私の前に彼女は現れた。今でこそメジロの名を冠するウマ娘となったが、当時の名は―――ランページ。チームカノープスに所属するウマ娘でジュニア級最優秀賞も受賞した実力者。それでも私は負ける気がしなかった、真正面から勝ってやるつもりだった……だけど
『先頭は依然ランページ、二番手にはアグネスフローラも続きます』
彼女のスタイルは極めてシンプル、最初から最後まで先頭で走り切るという逃げウマ娘のお手本のような逃げ切りスタイル。おハナさんからもその事は言われていたし、同じリギルに所属する逃げ戦法のチームメイトと毎日走り込みをしていたから絶対に勝てると思っていた。だけど―――
『だがこれはもう届かない!!まさに独裁、圧倒的なまでの強さで今ゴールイン!!』
結果は2着、優先出走権を取る為のチューリップ賞なので目的は達成したと言えばそうかもしれないが……文字通りの大敗を喫した。初めての敗北は私に重くのしかかって来た、だけど同時に倒すべき目標という大きな目的が出来てより一層練習に打ち込む事が出来た。
「心配したけど、無用だったみたいね」
「おハナさん」
練習に打ち込む私を見て厳しく接するおハナさんが柔らかな表情を浮かべて声をかけてきた。
「無敗を崩される、それは想像以上に心に来る物。ルドルフはそれを力に変えられた、初めての敗北というのは重く圧し掛かる物だけど―――無用な心配だったわね」
「ご心配おかけしました。私今凄い楽しいです。だってあれだけ練習したのに私を越えるウマ娘がいるんですよ!?しかも私と同じ無敗だった、だから今度は私がランページさんに敗北を付けて見せます!!」
「良い目標ね、それじゃあ気合入れて走りなさい」
「はい!!」
そんな気持ちで練習に励み続けて、私は桜花賞に臨んだ。だがそこで彼女はまた変化した。なんとあのメジロ家に入った、家庭環境の激変によってメジロ家に入ったという事を聞かされて、何か大変な事があったのだろう……だがそれはレースには関係ない、今度こそ勝たせて貰うと意気込みを作ったが―――
「そんなっそんなぁっ……!!」
彼女は既に、私などを見ずにチームメイトのイクノディクタスさんとの一騎打ちに臨んでいた。彼女に自分を思い出させてやるとスリップストリームで背後についたが、それも失敗だった。二人は自分の事なんてお構いなしにスピードを上げ続けて、気付けばオーバースピードで自分のスタミナは無くなっていた。結果はウイニングライブに出れない4着。
「オークスでは、オークスでは必ず……!!」
気付けば、私の心には常に彼女が居た。ターフの独裁暴君、メジロランページが居続けた。彼女に勝つ事が、何時の間にか自分の命題へとなっていた。何度も何度も挑み続けた、そしてそのまま敗北を築き上げ続けた。挑んだオークスでは自分の走りをしていたと錯覚させられるほどに見事な幻惑逃げで敗北した。そして最後のティアラを掛けた秋華賞。
「絶対に負けない!!」
『アグネスフローラが必死に追い縋る!!イクノディクタスもあと少し、届く、届くぞ届いたぞ!!遂に二人が独裁者、メジロランページに並んだ!!そしてそのまま直線に入る、後方のウマ娘達も一気に加速する!!独裁者はもう終わるのか、此処で独裁は終わりを告げてしまうのか!!?』
合宿でルドルフさんとシービーさんと共に走り込んだ成果が出た、初めてランページを抜いた時、自分の中に溢れんばかりの歓びが満ちた。このまま駆け抜ければ―――と思った時、自分の前を駆けるあの人がいた。また負けるのか、そんな思いを振り払うかのように駆けようとしたが身体が重く、思うように動かなくなっていた。
「なんで、急に……ランページィィィィッ!!!」
叫びは届く事も無く、彼女は新しい歴史を作り上げた。無敗でのトリプルティアラ、メジロラモーヌを超える偉業をも達成した。そんな彼女に自分は勝てないのか、自分はリギルの名前を穢しているのではないか……そんな風に考える自分を奮い立たせたのは輝き続けるランページという光だった。その強さに、自分は惚れてしまった。
「……参ったなぁ完敗だ……強いなぁランページさんは」
圧倒的に不利な状況だったのにも拘らず、向けられた重圧さえも自らの力に変えて駆け抜けていった……あの人こそ、本当の王者に相応しい人だ。2着だからこそ本当に輝いてみえた。この時から、私の憧れは決定的な物に変わってあの人のようになりたいと思った。
「―――てな感じかな」
『実に興味深いねぇ!!姉さん頼むから連れてきておくれよ~またプレゼント送るからさ~』
「誘いはするけど……私避けられてるからなぁ」
『どうせ変な言い回しをしたんだろう?姉さんには大事な所で失言する癖があるからね』
「そんな癖あったの!?」
『その結果が今だろうに』
電話の向こう側から聞こえてくる声は酷く呆れているような物だった、実際とんでもない失言をしたせいで避けられているから何とも言えない。
『まあ兎も角頼むよ姉さん、姉さん以上に会いたいウマ娘なんだから』
「ムゥッ……タキちゃんってばお姉ちゃんに冷たい」
『何を今更、おっとデータの圧縮が終わったようだ。それでは失礼するよ』
「ああちょっとタキちゃん!?んもうそっちから話を聞きたいっていうから話したのに~!!」
本当に自由奔放というか、自分に素直な妹で涙が出そうになる―――可愛さという意味で。困った面も大きいが本当にタキちゃんは可愛いのである。だからこそ可愛い妹の願いは叶えたい。というか叶える、何時か絶対にランページさんを自宅に連れて行く。
「でも会いに行くと基本引かれるからなぁ……如何するべきか……いっその事―――」
「何処かの変態トレーナーみたいな事だけは勘弁してよフローラ」
「ひゃい!!?な、なんだおハナさんですか……びっくりさせないでくださいよ」
何時の間にか後ろに居たおハナさんが酷く呆れた目を自分に投げ掛けて来た、というか流石に心外だ。自分は勝手に脚を触る沖野トレーナーと同列に扱われるような所までは行っていない―――と思ったけど、この前ギャグ目的とはいえランページさんに抱き着いてドン引きされた事を思い出してしまったので反省。
「まああいつみたいな事にならなければ良いわ……」
「わ、私の評価って……」
「ランページから貴方に向けられている評価、此処で言いましょうか?」
「正直スマンでした……」
当面の目標は、ランページさんに引かれないようにする為の名誉挽回をする事にしよう……。
「さあ、時間よ。行ってきなさい」
「はい!!」
その為にも―――今日、このレースには絶対に勝つ。あの人の名誉を守る為にも。