「―――改めてとんでもないのが来ましたね……」
南坂は自らのトレーナー室でチャンピオンズカップの出走表を確認している。レディセイバーにナリタイーグル、アメイジングダイナとランページとダートを競い合ったウマ娘の他に海外からの挑戦者も来ている。その中でも一際目立っている名前があった。
アメリカ競バのダート中距離路線の1年を締め括る最高峰の競走であり、その年のアメリカのダート最強バ決定戦に位置付けられているブリーダーズカップクラシック、それを制したウマ娘。それがアンブライドルド。事実上、世界のダートの頂点へと立っているのである。加えて今年のブリーダーズCクラシックでは3着。間違いなくダートを走るウマ娘では世界最高峰の実力者。
「其方から来るとは……やれやれ、待てないという事ですか」
他にも海外からの挑戦者はいるが、この名前が飛び抜けてしまっている。何故ならば実力もあるが―――ダートの挑戦状を叩き付けて来たのは彼女なのだから、アンブライドルドの挑戦状が無ければランページはダートを駆ける事はなかった。そしてもう一つ……その名前の意味である。
アンブライドルドを訳すと抑制する物がない、転じて乱暴なという意味が込められている。ランページ、暴れ回るという意味合いを持つ彼女と同じ意味合いを示す名前を持つウマ娘なのである。
「ランページさんは、勝てるでしょうか……」
彼女のトレーナーをして数年、彼女の底知れなさは自分が一番よく知っているつもりだがそれでも不安は拭えない。相手は紛れもないダートの世界王者だった存在、ランページの実力も世界と渡り合えるだけのものはあるがそれは芝に限った話、ダートではどこまでの力を発揮出来るのかはまだ把握しきれていない。
「私が信じないで如何するのですか……あれだけ、努力し続けている彼女を」
トレーナーである自分が何を弱気になっているんだと自分に言い聞かせる、だが自分は不安に思う程にアンブライドルドの力の事を承知してしまっている。
「……少し、気晴らしでもしますか」
煮詰まってしまった思考をリセットする為に一旦外に出る。少し視線を外せば楽し気な声と真剣にメニューに取り組む声が聞こえてくる。その中にカノープスへの入部希望者もいた、其方も何とかしなければ……そろそろサブトレーナーでも手配しようかな、と思いながらも脚を進めると三女神の像の前まで来てしまっていた。そこには珍しい人物がいた。
「南ちゃん、どったのよこんな所で」
「それは此方の台詞ですよランページさん、貴方がこんな所にいる方が珍しいのでは?」
「ちょっとな」
三女神の像はウマ娘達にとってのお祈りの場所。ウマ娘の祖とも言われる三女神、そんな彼女達に思いを捧げる場としても有名な此処に神頼みなんて全くしないタイプのランページが居る事は極めて珍しい。
「俺のレジェンド遭遇率を弄ったのが三女神だったんなら恨み節でもぶつけてやろうかなぁって思ってな」
「それはそれは……相変わらず神様を敬いませんね」
「これでも信心深いんだぜ俺は、米には神様が宿ってるから一粒残らず食べましょうってのはずっとやってるし」
それを信心深いという根拠にしていいのかは極めて微妙な気がしてならない……だが思わず笑ってしまった。お陰で胸の中にあったつっかえが少しだけ取れた気がする。
「チャンピオンズカップに向けてのお祈りですか?」
「必勝祈願なら神社でもうやって来た、唯何となく見てるだけ」
「そうですか、まあ私も何となくなんですけどね」
「人の事言えねぇ~」
そんな言葉を掛け合いつつもランページはハーブシガーを取り出して吸い始める、それを吸うという事は何だかんだで不安を感じていたり心が乱れている証拠でもある。チャンピオンズカップに向けての不安もあるのだろう。
「不安ですか?アンブライドルドさんを相手にするというのは」
「去年の世界王者だからな、まあ今年のが来るよりかはマシだと思ってるさ」
「成程、前向きですね」
「一度最悪を体験すると、何でもなんでもマシに思えてくるもんさ―――つうかよ、俺よりもそっちの方がひでぇ顔してるぜ」
指摘されてしまう程に自分の顔は酷いのだろうか……ぶっきらぼうに差し出されたハーブシガー、吸えという事なのだろう。受け取りつつもエチケットとしてティッシュで吸い口を拭ってから吸ってみる。
「―――……成程、ハーブシガーとは良い物ですね」
「だろ?これはこれで別の意味で中毒患者が出る代物だぜな」
「お返ししますね」
感謝しながら拭おうとしたそれを無視して取られるとそのまま吸い始める、思わず呆然とするがランページはそれを見て愉快そうにしつつも何処か妖艶な微笑みを浮かべる。
「いい顔するねぇ南ちゃん、生憎俺ってば間接キスとかそう言うのってどうでもいいタイプなんだよね。寧ろ間接で喜ぶ意味が分からねぇ」
「―――全く、何処までも男らしいというか……」
「褒め言葉として受け取っておくぜ、ついでに南ちゃんのお悩みでも聞いてやろうか?」
「それでは―――私はデビュー前のアンブライドルドと交流があります」
「―――What?」
思わずそんな声が出た。一時期、アメリカに行った際にデビューする前のアンブライドルドと会った事があり、その折に彼女のメニューを作った事がある。基礎を重点的に行いながらも自身の特色を活かす事を薦めた。
「何、アンブライドルドって俺の先輩な訳?」
「というよりも完全な同期ですね。長い時間一緒に居たのはランページさんです、貴方にダートの挑戦状を叩きつけたのは恐らく私関連でもありますよ」
南坂にとってのチャンピオンズカップというのは教え子同士の激突でもある。君だけが南坂の指導を受けて強くなったわけではない、私を倒してから言えというメッセージだったとダートの挑戦状を見た時に南坂は察した。同時に見たかったのだ、自分の教え子同士の戦いを。
「んで、どっちが勝つと思ってんの?」
ニヤついた彼女はきっと自分の内面を見透かしている、だからこそ困っているのだ。個人的にはランページが勝つのを応援したいが、アンブライドルドの事を知っている自分は彼女を応援している。ランページに比べたら極めて短期間だが、それでも自分は彼女のトレーナーだった。そんな自分は彼女の勝利も願っている。故に言葉に詰まる。そんな自分にランページは言った。
「だったらどっちも応援しとけや南ちゃん、俺のトレーナーとして、アンブライドルドの元トレーナーとして」
「―――いいのでしょうか、そんな事」
「何言ってんだよ、俺がジュニアクラスの時からそんな感じだろ。俺とイクノの両方を応援して来たくせに」
言われてみればそうだ、同じチームとはいえライバル同士である二人を自分はどっちも応援していたんだ。なんて今更過ぎる悩みだったんだ、灯台下暗しとは正しくこの事か。
「つうかよ南ちゃん、アンブライドルドと関係あるってマジで何者なんだよ。好い加減に白状しろよ」
「そうですね……それではチャンピオンズカップに優勝したらお話しますよ」
「言ったな?ボイレコで録音したぞ、言質取ったぞ」<オハナシシマスヨ
「相変わらず準備いいですね、二言はありません。確りとお話させて頂きます」
「うおっしゃぁっやる気出て来たぁ!!」