「はぁぁっ……」
深い深いため息が漏れてしまった。それは今日のレースの結果故、だけではない事は直ぐに分かっていた。
「大丈夫か?」
心配そうに声を掛けて来るトレーナー、そして憧れの会長、シンボリルドルフがそこに居る事に肩を竦めた。
「大丈夫だよトレーナー、はぁ~手痛い結果に終わっちゃったなぁ~」
無理をしているかのように明るい声を出しているような自分に何処か心配そうな瞳を向けて来る。だけどトウカイテイオーはそこまで無理はしていなかった。
「ボクさ、調子に乗ってたんだね。今回の事で本当にそれが良く分かったよ」
憧れの存在だったルドルフの後に続き無敗の三冠を達成した、それで心のどこかで満足を浮かべていた。だがそれではいけないとダービーに向けて練習をする中で自分よりもずっと早くその目標を達成した無敗のティアラ、ターフの独裁者であるランページと戦いたいという思いを抱いた。そして彼女を徹底的に研究して彼女の走りを修得した。以前よりもずっと強くなった事が実感として分かる程のその走りは優れていた。だから勝てる、負けない、と思ってしまった。
「ランの事ばっかり見てさ、ターボやネイチャの事なんて全然考えてなかった。ライバルって言ったのに、負けないって言ってた癖に……薄情だねボクって」
「いやそれは」
「いいよトレーナー、自覚してるから」
ライバルを意識する事も無く、ランページだけを意識していた自分にとってあのレースでのラスト、ターボの伸びとネイチャの猛追で漸く自分は自由になった気がした。そしてその時に脚が一段と軽くなっていた、それが分かっていればまだいい勝負が出来たのかもしれない。無敗だった自分の敗北は6着、これまでの戦績からしたら掲示板入りも出来ていない順位だった。
「それなのに、随分と元気そうじゃないか」
「うん。前にランが配信で言ってたんだ」
―――価値ある敗北であるのであれば、喜んで俺は無敗を捨てる。
「ボクにとってこの負けは凄い大事な物になったよ、ボクはもっともっと先に行けるって分かった。だから次は勝つよ、ランが海外で走っている間にボクは力を付けて見返してやるんだ、そして―――今度はターボとネイチャに勝つ!!」
あれだけ走ったのに軽快なステップを踏みながらも宣言をするテイオー、その表情は極めて晴れやかだった。それを見てルドルフは心から嬉しくなった、自分はジャパンカップで負けた時は心から悔しかった、だがそれをバネにした。敗北を力に変えた、だが違う、テイオーは敗北に意味と価値を見出して自分を見直した。何時までも自分の背中を着いて来ていたテイオーは何時の間にか大きくなっていた。
「沖野トレーナー、これから忙しくなるのでは?」
「ああ全くだ。よしテイオー、先ずは身体を休めるんだ。そして次は―――あの走法を完成させるんだ!!」
「うん!!よ~し此処からニューテイオーだ!!」
そんな風に声を上げながらも宣言するテイオーと沖野とルドルフは微笑ましく見つめた。価値ある敗北、確かに自分のあの敗北も価値があるものだった。
「(ならば、君の敗北は何時訪れるのかな。無敗での24勝目、次は海外―――さて、如何なるのかなランページ)」
「お疲れ様ですランページさん」
「応よ、にしても……流石に疲れたなぁ……」
同じく控室、戻って来たランページは音を立てながら椅子に座り込んだ。
「100m違うだけなのに随分と疲労の度合いが違い……やっぱ俺に長距離レースは向いてねぇな……2400が限界だわやっぱ」
今回2500を走って分かった事だが、矢張り自分には長距離は向いていない事だった。今回の結果によっては天春を組み込んでもいいかも、と思っていたが全く駄目。中山の2500でこれなのだから京都の3200なんて絶対に持たない。これを走り切れるマックイーンやパーマーの凄さが改めて分かった瞬間でもあった。
「これで正真正銘の日本最強の称号を取りましたね、ワールドレコードも一緒に」
「まあそっちは完全な棚ぼただけどな」
これでランページは正しく完全な王者として君臨する事となっただろう。お婆様もこの結果を聞いて喜んでくれるはずだ、俗物共の息の根を完全に止めるには良い材料になる。既に大分息も絶え絶えらしいが、ご本人は完全に止めるまでやめる気はないと言っていたので自分の活躍は幾らあっても困る事はないだろう。
「んで次はいよいよ」
「ええ、海外遠征ですね」
いよいよこの時が来たと言っていい、1年間の時間を掛けて準備をして来た成果を発揮する時が現実味を帯びて迫って来た。
「日程的には如何なんだこの場合、つうか海外に行く時って南ちゃんはどうするんだ?流石にカノープスほったらかしって訳には行かねぇだろ」
「ええ、その場合は流石に私は同行できない場合がありますね……ですがその辺りは任せてください、信頼のおける方をランぺージさんの護衛兼トレーナー代理として同伴して頂きますから」
「トレーナー代理は分かるけどよ……」
護衛とは……穏やかではない。まあ海外に行く場合はその位の気位と準備があった方が良いという事なのだろう。だが元FBIが手配する人員と考えるとどうしても大事になりそうな気がしてならない。
「なんだ、元海兵隊とかが来るとかじゃねえよな?」
「ご希望ならそう言う方をリストアップしますが?」
「居んのかよ……」
まあ南坂が紹介するならば可笑しな人材である筈はないしその辺りは任せてしまってもいいかもしれないな……と思って任せると言っておく。
「というか、来年のフェブラリーステークス勝たなくても出ていいのか?」
「その辺りは大丈夫です。招待状は既に受け取ってますので、出たいですか?」
「いや、時期的にも早めに行って慣らしてぇ」
「分かりました、ではその様に設定しておきますね」
ずっと先の事のように考えていたが、海外遠征が迫る。そうなると自動的に―――
「ああそうでした、遠征の際にはスピードシンボリさんが付いてくださるそうですよ。心強いですね」
「やっぱそうなったか……スーちゃんらしいと言えばらしいけどよ……」
「最初はシリウスさんも一緒に行く予定でしたが、如何にも断ったとか」
「だろうな」
自分の海外遠征は賑やかになる事が確定した。