見つめる事が増えた、此処にいる時間が増えた、感じようとする時間が増えた。自分でも不思議だと思いつつも視線を投げかけ続けている。
「不思議な気分だぜ、落ち着きを覚えてんだからな」
自分は普通のウマ娘ではない、人間の魂が入っている。だが如何してそうなったかは分からないし今となっては興味も無い。自分はウマ娘としてこのまま生きて死ぬ、自殺を考えたランページにとってもそれが一番いいだろう、自殺なんて最大の敗北を考えた自分にとっての最大の勝利とは生を全うする事。そう、自分は既に負けている―――反論の余地もなく、突き付けられれば受け止めるしかないどうしようもない大敗北。
「無敗神話の王者……聞いて呆れる、なぁそうだよな三女神」
それに練習を含めれば自分は相当数負けている。ラモーヌにマルゼンスキーにカツラギエース、シンザン、相手が特殊だと言われればそれまでかも知れないが敗北は敗北だ。それが敗北でないというのでならば自分の自殺だって敗北には含まれない事になる。世間が如何思うかは勝手だが……ある種自分の行動は元々の自分への当てつけのような物なのだから。
「あっラン何やってんの?」
「何やってんのって言われてもな、唯ボ~っとしてただけだぜな」
やって来たライアン、結局今年もメジロのパーティには参加していないなと思った。今年こそは出るつもりでいたのだが……アサマから出なくていいというお達しがされたのである。
『もう少しで俗物共の始末が終わります、大事な時期を確り過ごしなさい』
というお言葉と共に通達が来たのである。どうやら本格的に俗物たちは駆逐されかけているらしくパーティで自分に取り入る事を考えている事をアサマが見抜きパーティ欠席を許可してくれた。そんな訳もあった訳で忘年会と新年あけましておめでとうスペシャル配信を敢行した。
「いよいよ海外遠征だね、何時から行くの?」
「ドバイワールドカップが3月だからな、2月か3月入ったら直ぐの二択だな」
記念すべき一発目はドバイワールドカップ、春のダート世界最強決定とも言われる国際競争。ダートは望む所だが、日本のダート事情は中々に特殊なので向こうのダートに脚を慣らす必要もあるので出来るだけ早めに向かって走っておきたい。南坂もそれには賛成してる、なので自分は直ぐにでも行くつもりがある―――が、まだ護衛兼トレーナー代理の選定が済んでいないしスーちゃんのスケジュール調整もあるのでまだまだ行けないの現状。
「海外かぁ~……アタシは全然考えた事なかったよ、凄いよランは」
「ハッそんな奴を救った奴の方がよっほど凄いと俺は思うけどな」
「―――もうその事は良いよ」
「一生言い続けてやる」
ライアンは困ったように笑いつつも分かった分かったと話を打ち切った。
「それでヨーロッパに行くんだよね、そっちは?」
「そうだな……そっちはドバイ終わったら割とすぐに行くと思うぜ」
「えっどうして?」
「向こうの芝に慣れる為にレースに出るんだ、折角向こうに行くんならキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスも外せねぇしな」
「それって……」
キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、それは凱旋門と同じくヨーロッパの最高峰のレースの一つとされるレース。時期も悪くない時にあるのでスケジュール的にも大丈夫だろう。かのエルコンドルパサーも凱旋門賞に挑戦する際には向こうのG2、G1レースに出た、今回は自分が先にそれを実践する事にする。
「何か壮大だなぁ……」
「お前も来る?」
「か、簡単に言わないでよぉ……海外遠征はそう簡単に出来る事じゃないんだからさ」
本当に簡単に言ってのけるのだから参ったものだ……だけど海外か……挑戦してみたくはないかと言われたら嘘になる。だけど自分の実力では届かない事は知っている、分かっている、無謀だと言われるのがオチ、それでも―――行きたいという思いがあるのも事実。走りたい訳ではない、彼女の隣で支えたい。過酷であろう海外遠征を自分が支えてあげたい……親友として、家族として支えてあげたい……いや無意味だ。
「んじゃさ約束、アタシは日本で大活躍するからランも頑張って」
「俺が頑張らないとでも思ってるのかね?心外だねぇ……頑張るに決まってんだろ、誰の想いを背負って走るって思ってんだ親友」
そう言いながらも力強い言葉と共に差し出して手を握り込んでくる、共に鍛え上げた筋肉の力は凄まじい。手を潰さん力が加えられるが自分も同じように力を込めた。ランページの海外でも走れるような力を注入する。
「じゃあ走って来るね」
「応、マックイーンぶっ倒すつもりで行けよ~」
「ハードル高いな~潜って良い?」
「Fly」
「跳ぶどころか飛べと!?寧ろ飛ぶのはランでしょ!?」
そう言いながらもライアンは走り出した、その足取りは重いながらも軽快だった。それを見たランページは瞳を鋭くした。
「あいつもかよ……何、流行ってんの?」
「あんたのせいやろがい」
「あらやだシンさん何時の間に」
近くで自分達の様子を見ていたか、シンザンが近づいて来ていた。ライアンの足取りの重さは紛れもなくシンザン鉄だった、音からして5倍シンザン鉄だろう、まさかライアンまで導入するとは……というか最近トレセン学園では練習の際にパワーアンクルを使用しているウマ娘がかなり多い、ブライアンなんて2倍を取り入れて自主練習をしていた姿を見た事がある。
「この前の配信でシンザン鉄使って練習してるって言ったじゃないか」
「言ったけど……言っちゃまずかった?」
「いやまずかない。それが原因って言ってるだけ」
「どんだけミーハーなんだよ怪我するから止めとけってちゃんと俺言ったぞ」
「だから、出来る範囲で取り入れてるからパワーアンクルなんだろうよ」
一応配信ではシンザン鉄導入の際の苦労も併せて語っているので安易にやるウマ娘はいない、その代わりにパワーアンクルなどで鍛える者が多い。ランページの力の秘密が分かればそれに肖りたいのは良く分かる気持ち。
「全く……んで何でシンさん居んの?」
「プレゼントだよ」
そう言いながらもカバンから箱を出した、開けて中身を見せてみると―――そこには新品のシンザン鉄が鎮座していた。しかも蹄鉄にはランページの名前が刻まれている。
「海外遠征のトレーニング用にって南坂トレーナーが特注したんだよ、んで折角だから届けてやろうと思ってね。感謝しなよ」
「へ~へ~……つうか、海外でもこれ使うのかよ……ぜってぇ変な目で見られるぞ……クレイジーって言われるんじゃねえかこれ……」
狂っている、確かにそうかもしれない。だが、正気にては大業ならず。何時の時代も次を切り開くものというのは既存の者達からすれば狂ったように見えるのが常、ならば狂ってやれば良い。タブーを自ら破り、狂っていると言わせればランページの勝ち、それでも面白いと向かって来る者が彼女の本当の相手だ。そんな相手に勝つ為がシンザン鉄だ。
「狂った暴君か……悪くねぇな、なんならシンさんも来るかい、海外」
「やなこった面倒臭い、スピード御大に任せて日本で寝てるさ」
「つれないねぇ……」
だがランページは感謝していた、これで海外でも自分を鍛えられる。苦しみを忘れる事をなく身に刻める……その苦しみを糧に、海外を制覇してみせる。