「今日はよく眠れましたか?」
「応よちゃん先輩、今日ほど寝れた日はそうそうないと思うな。毎日こんだけ安眠出来たらねぇ……」
「フフフッ普通は逆だと思いますよ?」
「あ~異常なんだな俺」
「それは即決すると思いますよ」
そう言われながらも確りと眠れたのは事実だった。夜は10時にベッドに入って6時には起きていたので8時間睡眠を取れていた事になる。まさかそこまで眠れるとは思っていなかった、典型的なショートスリーパーな自分としては此処まで眠れる事に驚きを隠せなかった。
「私も応援に行けたらよかったのですが……」
「副会長が抜けちまったら皇帝が苦労するだろうからね、まっ俺は気にしてねぇからさ」
そう言いながらも荷物を詰め込んだスポーツバッグを背負いながらも扉に手を掛け、最後に振り返りながら言う。
「んじゃま、行って来るわ。応援よろ~」
「はい、いってらっしゃいませ」
部屋を飛び出して行く、そんな彼女を見送ったラモーヌは自分の荷物を整理しながらも窓から外を見ると元気よく駆け出して行くランページの姿が見えた。
「頑張ってくださいね、ランさん」
今日は―――彼女のメイクデビュー、即ち初のレースの日だ。
『さあ続きまして4枠4番、ランページ。おっといきなりダッシュした!?』
パドックでの登場、此処で出走するウマ娘達が自らの調子や仕上がり、意気込みを見せる場ではあるのだが―――そこで突然走り出したランページはパドックギリギリで急ブレーキを掛けつつもそのまま片足を軸にして回転、そのまま回り続けながらもジャージの上着に手を掛けながらも停止と同時に天高く、指を差し向けながらもジャージを脱ぎ捨てながらもポーズを決めた。
『これは何ともド派手な登場です、彼女の意気込みと自信が現れているかのような素晴らしいポージングです』
『これからの彼女の代名詞になるかもしれませんね』
「カッコいいぞ~ラン~!!」
「こらこらターボ、パドックだと静かにしないとダメだってば」
「あっそっか」
「ですが、本当に調子良さそうで安心しました」
「今日に至るまでの1週間の栄養バランスも完璧、今ランページさんのボルテージは最高潮です」
東京レース場、此処が自分の舞台となる。パドックでの見せも終えていよいよ本バ場へと向かう事になる。メイクデビューなので当然勝負服ではなく体操服の上にゼッケンをつけた衣装での出場になるがランページはこれ以上なく落ち着き払っていた。
「こういう時ばっかりは、俺が有利だろうな」
何せ、元々の自分は社会人で社会の荒波に呑まれていた身、ストレスに耐えるという一点においては誰にも負けない自信がある。徹夜上等、残業当然のブラック企業戦士はこの程度では怯まない。
「あっやべ、思い出したらなんか辛くなってきた……」
ヒトソウルに刻まれている黒々とした記憶に思わずメンタルが一瞬揺れてしまった。今が充実していたからこそ、昔の酷さが際立ってきた。目元を抑えるようにして涙をこらえていると背後から何やら困惑したような声が聞こえて来た。
「ラン、ページ?」
「ぇっ」
振り返るとそこには気まずそうにしているタマやオグリ、困惑しているクリークの姿があった。が、涙を乱暴に拭って普段の表情に戻るとそれに涙を浮かべたクリークが駆け寄って来た自分を抱きしめた。
「大丈夫です、大丈夫ですよ……ランページさんならきっと大丈夫ですから……!!」
「ちょ、ちょっとクリークさんどったのよ突然!?」
「大丈夫大丈夫ですから……貴方には私達が付いてますから……」
余りにも突然すぎる抱擁に困惑する、主にクリークのナイスバディの柔らかさに困惑する。が、直後にタマが背中を優しく叩いて来た。
「約束通りに、応援に来たで。せやさかい―――安心して走って来ぃや」
「応援は任せてくれ」
その背後ではフンスと自信満々にお手製の応援旗と思われる物を広げるオグリの姿があった、そこには筆で『頑張れ、ランページ!!』と書かれていた。まさか此処までの応援の準備をされるというのは予想外過ぎた、だがそれ以上にクリークのこの対応は良く分からない。確かに甘やかしたがりなウマ娘ではある筈だが……
「そろそろ時間だ、クリークその辺りにしてやりや」
「っ―――はい、邪魔になる訳には行きませんもんね。頑張ってくださいねランページさん!!」
「―――うっす!!勝って景気良くこれからのシリーズの狼煙にしてきます!!」
何だかんだで良い激励を貰ってしまったな、と思いながらもそれに応えるために全力で走り切ってやると思いながら地下バ道を進んでいく。そしてその後姿を見送った三人は応援の為に移動を始める。
「タマ……あれは、正解……とみていいんだな」
「ああ。当たって欲しくない時に限って勘は当たるもんやな……」
「ううっ……ランページさん……」
「何時まで泣いとんねん、好い加減にしとき」
クリークを軽く小突きながらも、地下バ道から出ると既に本バ場入りをしていたランページはゲート前に立っていた。
「笑顔で応援するのが―――ランのおとんとおかんの為でもある筈や」
『此処、東京レース場。次は第7レース、メイクデビュー戦、芝1600m。10人のウマ娘が走ります、バ場状態は良の発表となりました。次代のスターとなるウマ娘達の初戦が今幕を開けようとしています。1番人気は1枠1番ホワイトサレナ。2番人気は8枠10番のタイルオメガ。そして3番人気には4枠4番のランページとなっております』
間もなく始まるメイクデビュー、既にゲート入りを叩いているランページは自分の世界に入っているかのような気分になっていた。ウマ娘達は狭い場所を苦手とする、走る事に快感を覚えて疾走感を好む彼女らからすれば閉塞感というのは忌避に近い感情を覚える為かゲートなどを嫌う事が多いが元々人であるランページからすれば程良い狭さは寧ろ安心感すら覚える。
『さあ、メイクデビュー戦、最初の勝利を手にするのはどのウマ娘か!?今―――スタートしました!!』
スタート、出遅れ事も無く良いスタートを切れたと実感しつつも走り出す。一瞬、周囲の様子を見るがいかにも緊張してますと言わんばかりのウマ娘も多いが、中には強い瞳を持っている者も居る。だが逃げるウマ娘はいない、皆初めてのレースだ、様子を窺っているのだろう。ならば、行かせて貰おう。
「―――暴れ狂うぜぇ、名前の通りになぁ!!」
『おっとっ此処で4番ランページが一気に飛び出して行く、ぐんぐんと加速していく!!最初から全力全開かランページ!!まだ開始から10秒と立っていないぞランページ!!既に後方のウマ娘とは5バ身を付けているぞ!?』
『メイクデビューで此処までの大逃げを打ったウマ娘は過去にどれだけいたでしょうか、彼女は全く緊張を感じていないかのように自分だけのレースを作っていますね』
『これは最早大逃げではない!!大逃げを超えた何かだ!!初めてのレースで掛かっているのかランページ、既に7バ身はあるぞランページ!!これは最早破滅逃げェ!!』
実況が思わずそんな声を上げてしまう程に駆け抜けていくランページの超ハイペースの逃げ、高身長からのストライドもあってか普通の逃げよりもずっと距離を付ける。そのまま最内を確保しながらもそのまま走り続ける。
「いっけ~ラ~ン!!ターボとの練習の成果見せちゃえ~!!」
「いやでも、本当になんて超ハイペース……」
「ですがこれがランページさんの走りです」
「ええ、これも作戦の内ですから」
応援に駆けつけているカノープスの面々は声援を送りながらも、ある意味の同情を送っている。この超ハイペースをいきなり体験する他のウマ娘達はキツいだろう、慣れていなければあっという間に自分のオーバースピードを出してしまって潰れる。そしてランは―――それをさせる為にイクノやターボという天敵とずっと走り続けてきたのだから。
『独走を続けるランページ!!既に後方とは10バ身と言った所か!?後方からホワイトサレナが追い上げて来るが差が縮まらない!!最後のコーナーへと入りますが、このリードを維持するのか』
『全く脚が乱れませんね、このまま完全に逃げ切ってしまうのでしょうか』
「さぁって……先輩もいる上に、カノープスの皆が見てんだ―――カッコ悪い所はみせらんねぇよなぁ!!」
地面を更に強く踏みしめる、ラストの直前に少し姿勢を低くする。人間のような身体を立てた走りから今度は前傾姿勢へと変貌する、これからが本当のランページだ、さあ一緒に暴れ回ろうじゃないか
「ランページ、ゴーストォオオオオオ!!!」
『ランページ此処で加速した!?まさかあれだけ逃げていたのに溜めていたとでもいうのか!?何というウマ娘だぁ!!』
『それもそうですが、先程と違った前傾姿勢での走り、これが彼女の本気の走りという事なのでしょう』
そうだ、これが本当の自分本来の、ランページの走りだ。カノープスでの毎日が漸くこれの力を引き出せるまでに自分の技術を刻み込んでくれたのだ、これはカノープスの勝利だ、そしてこれからの自分が掲げる初勝利だ、見ておけ―――これが最強カノープスの旗揚げの勝利だ!!
『これは最早ホワイトサレナもタイルオメガも追い付けない!!更に差を広げていく!!正しく完全な一人旅!!ランページが今、ゴール!!なんという幕開け、とんでもない大逃げウマ娘が鮮烈なデビューを迎えましたぁぁぁぁ!!!』
文句のつけようのない大差勝ちにレース場は大歓声に包まれた。自分の勝利の祝福と思うと酷く気分が良い、思わず踊り出したくなってしまう。なのでパドックでもやったリザードンポーズを行う事にした。
「凄いぞ~ラン~!!!ターボもそんな感じに逃げるぞ~!!」
「いやはや、まさかあそこからさらに伸びるんだもんね~……アハハッ一緒に走る時が怖いな~」
「でも、だからこそ走りがいもあります」
拍手でチームメイトの勝利を祝福する皆を南坂は見ながらも改めてランページの走りに驚かされた。まさかイクノとターボによる練習が此処までの威力を発揮するとは予想外だった。これは最強を目指す、と言うのも強ち夢ではないと自分らしくない熱さを感じずにはいられなかった。そして南坂は勝ちタイムを見るのだが―――そこにはあったのは1分32秒6というとんでもない記録だった。
「これは、本当にトリプルティアラを取ってしまうかもしれませんね……」
「ランが勝ったぞタマ!!」
「せやな……ようやったでラン」
「ううっ本当に良かったですぅ~……」
「何時まで泣いとんねん」
だが、そう言いながらも一番喜んでいるのはタマだった。嬉し涙を流すクリークと旗を構えながらもフンスと満足気にするオグリの横で穏やかな笑みを浮かべていた。
「ようやった、ホンマ、ようやったで……ラン」
この後に行われたウイニングライブでは、タマ達はカノープスのメンバーと一緒に最前線で楽しんだという。