皐月賞も間近に迫り、ライスとタンホイザの追い込みも本格化し毎日厳しい練習に臨み続けている。既に二人はシンザン鉄も採用済み、現在は5倍との事。南坂曰く、二人はステイヤーなので求められる能力が違って来るので倍率を上げればそれだけ強くなるという物ではないらしく、上手い事調整しているとの事。自分はステイヤーではないのでその辺りはトレーナーに任せるしかない。
「さてと、俺は俺で如何するかねぇ……」
自分の今の目標は凱旋門賞、エルグッツとの再戦の約束を果たさなければならないのだが……渡欧までに自分はどうするか、出ようと思えば5月6月のレースにも出ようと思えば出る事は出来る。そこは海外遠征をしている身なんだからそっちに集中しろと言われるような気もするが……調整目的でレースに出る事はあり得る、となるとヴィクトリアマイル辺りかかしわ記念が濃厚となるのだろうか……。
「こういう時に参考するべきは先人の記録なんだけど……この時期だからなぁ……」
史実と照らし合わせると今自分のいるのは92世代のクラシック、この頃に海外挑戦しているのは極めて少ないし加えて勝っている例を探すと更に少なくなる。自分のドバイワールドカップでの勝利が日本中で称賛されているのは此処に関係している。一番濃い記録で言えばシリウスシンボリになるだろうか。
「何ぶつくさ言ってんだ暴君様よ」
「次に蹂躙する舞台を想像してたのさ―――アンタの無念を晴らしてやろうってこった、感謝してくれてもいいんだぜシリウスパイセン」
「くそ生意気な後輩だ」
シガーを吹かしながらも空を見上げていた自分を見据えてくるのはシリウスだった。彼女とは色々と気こそ合うが一方的に避けられている状態、まあ向こう側したら自分が避けているお婆様と積極的に関わる上に何かあったらランページから速攻でお婆様に話が通るので厄介な種でしかない。
「何だ、欧州の景色でも想像してナイーブにでもなってると思って声かけてやったのは余計だったか。ええっ?無敗の暴君様よ」
「余計なお世話だ、結局一勝も出来なかった敗北者先輩」
「敗北者……取り消せ今の言葉」
思わず言ってしまった言葉とその返しに笑いそうになるが、ランページはそれを必死に飲み込んだ。流石に此処であれを思い出して爆笑しましたなんて事になったら怒られる。まあ現状でもシリウスは普通にキレているのだが……。
「一勝した位で良い気になってんじゃねえよ、ドバイとヨーロッパのレースは別物だ」
「知っとるわい、スーちゃんから色々聞いてる」
「だったら―――」
「だから如何した」
次の言葉を言う前に、先に言う。
「どんな場所だろうが走るだけさ、その為に俺達はいるんだろ。安心しろよ、アンタの顔に泥を塗るつもりはねぇよ」
「……」
「貴方が行った2年が本当に真価を発揮するのがこれから、敗北だからこそ分かる事もある。そしてそれを次の糧にするのが後輩の役目だろ」
「チッお前解ってて言いやがったな?」
「当然、まだ耄碌しているつもりはねぇんでね」
シリウスの行いがどれだけの価値を産み出すものなのかは分かっているつもりだ、何時だって開拓者が生み出したデータは計り知れない程の財産となる。当然自分の走りのデータだってこれからの世代に活かされていくはずだ。
「スーちゃん言ってたぜ。アンタのやった事はルドルフにだって出来なかった偉大な所業だってさ、俺のヨーロッパ戦線では存分に活かさせて貰うってな」
「お婆様が……チッんだよそう言う事はせめて顔見て言うもんだろうがよったく……」
「意外にスーちゃんの事大好きなんだな」
「ったりめぇだろうが!!あの人を、嫌う訳ねぇだろうが……寧ろ……大好き、だよ……」
顔を伏せながらも悪態をつく、が、耳と尻尾は嬉しそうに揺れている。決して彼女は祖母が嫌いという訳ではない、寧ろこんな自分を好いてくれている上に評価をしてくれている事から好きですらあるのだが……どうにも素直に甘えられない自分の気性にうんざりしている。まあ圧が強いのが苦手というのあるだろうが……常に自分を見てくれているスーちゃんの事は有難いとすら思っている。
「ああもういいかこの事ぜってぇお婆様に言うんじゃねえぞ!!」
「ああうん、それは良いけどさ……」
指を突き付けて絶対に言うなよ!!!と念押しをする、が、肝心のランページは何処か歯切れが悪かった。まさか……実は通話中だったりするのか!?と思うのだが、違った。
「俺は言わねぇよ?うん、言わないけどさ……言い難いけどさパイセン、後ろ後ろ」
「ああっ!?後ろが何だって言うんだ!!」
「うん、見た方が早い」
「だから何だって―――……」
怒りながらも振り向く、そして血の気が引く感覚を覚えつつも同時に顔が一気に赤くなるのが分かった。そこには困ったような表情を浮かべつつも笑っている我らが会長、シンボリルドルフと感動したように手を合わせながらキラキラと輝く瞳から嬉し涙を流すスーちゃんこと、スピードシンボリ御大の姿がそこにあった。
「お、おば、おばばばばっ……」
「一応釈明すっけど俺関係ねぇから、ガチ偶然だから」
「それに付いては私からもそうだと言っておく、お婆様は私に話があって学園に来ていて折角だから新入生に色んな事をお話しする講演会の日程をお話しながらカノープスの部室に向かっていたのだが……その話しているの見つけてね?」
二人の声は全くシリウスの耳には入ってこない、正しく馬耳東風である。そして真っ赤になって硬直しているシリウスにスーちゃんは現役を越えるような速度で迫ると思いっきり抱きしめた。
「シーちゃぁぁぁんっ私の事、そんな風に思っててくれたのね~良かったぁ実は嫌われてるんじゃないかって心配だったのよ~♪」
「お、おば、お婆様を嫌うなんて事は、あり得ません!!」
「そうよね、シーちゃんってば優しいもんね~それじゃあこれからはいっぱい会っていっぱいお話したりしましょうね~♪」
今まで塩対応だった孫が実は素直に甘えられなかっただけ、という事を理解してしまった孫煩悩の祖母を止める術などない。これまではランページやルドルフ、そしてテイオーで色々と抑制されていたシリウスへの想いが大爆発したのか頬ずりをしながらもシリウスへの想いが止まらなくなってしまっている。だが流石に此処では場所が悪いと思ったルドルフはそっと耳打ちをする。
「お婆様、此処では他の生徒の目にもつきますし一旦お屋敷に戻っては如何でしょうか。そこでじっくりとお過ごしになられては……」
「あらっ名案ね♪それじゃあシーちゃん行きましょうか♪」
「は、はい……お、お婆様」
言わなきゃよかった……という雰囲気が感じられるが、心なしかスーちゃんに続いて行くシリウスの足取りは何処か軽かった。
「いやぁ……まさかすぎるミラクルが起きたなぁ……」
「全くだ」
「まあ此処にスーちゃん来なくても俺が通報してたけどな」
「口止めを受けた上に言わないと言っていなかったか……?」
そんな質問に胸ポケットにしまっていたボイスレコーダーを出して再生ボタンを押す、そこには先程のシリウスの発言がバッチリと録音されていた。
「これをスーちゃんの目の前で流そうと思ってました、自分の身を守る為にはこういうのが必須だよね~みたいな話題にして偶然を装って」
「君はシリウスに何か恨みでもあるのか?」
「これっぽっちも無いけどさ、修復不可能な状態でもないんだから仲良くするに限るだろ家族は」
「君にそう言う事を言われると反論できないから困るね」
こういう話題では自分の言葉は最早ワイルドカード、まあ家族で仲良くして欲しいというのは本音なのだ、そう思うので録音は消しておく。
「さてと講演会だっけ、俺も参加してなんか喋るかい?」
「それは有難いな。きっと新入生たちも喜ぶこと間違いなしだ」
「どうせだ、そこでライブもやってやんよ」
「構わないが配信はしないでくれよ?」
「チッ」
「おい」
「冗談だ」