いよいよやって来たクラシック三冠初戦、皐月賞。天気は生憎の雨が降っているがバ場は良バ場の発表が成された。雨が降りしきる中での皐月賞、だが熱気は強く今か今かとレースの開始が待ち侘びられている。
『これまでメジロライアン、トウカイテイオーと連続して三冠が出現するという正しく黄金期とも言われているシーズン。今年もその期待が向けられるのは一番人気、無敗でクラシック挑戦のミホノブルボン、そして同じく無敗のウマ娘にして2年連続でトリプルティアラを達成したカノープス所属のライスシャワー、朝日フューチュリティステークスでのリベンジに燃えるマチカネタンホイザが二番人気と三番人気となっております』
『矢張り、この三人の人気が飛び抜けて高いですね。特にミホノブルボンはカノープスのトリプルティアラと同じく逃げウマ娘ですからクラシックでも逃げウマ娘が三冠を取る姿を思う方が多いのでしょうね』
パドックでもその熱気は強く、他のウマ娘達への注目も強い。このクラシックはどうなるのか、全く予想が付かない。
「あれっランは何処行ったの?」
応援の準備を終わらせていたターボは近くにランページが居ない事に気付いた。普段ならばカノープスは皆揃って応援が恒例となっているのに……。
「ランページさんなら別の所に居ますよ」
南坂曰く、流石に自分が一緒だと騒ぎになるからと変装した上で離れた所にいるとの事。
「えっ~先輩と応援出来ないのか~」
「しょうがないですよチケットさん、ランページさんの知名度はハリウッドスタークラスですから」
「そりゃバレたら凄い事になるだろうなぁ……」
「一緒に応援したかったなぁ……」
ドラランもエアグルーヴもションボリしてしまっているがこの辺りは勘弁して貰うしかない、ランページも騒ぎになるだろうことを察して姿を変えているのだから。だが此処まで露骨にガッカリされると罪悪感が凄い、なので南坂が肩を叩いてある方向を示した。そこにはロングスカートを履いた黒髪の伊達メガネの女性がいた。その女性は視線に気づいたのかこっそりVサインとウィンクで返事をしてくれた。
「い、言われないと気付けませんよあれ」
「普段から男っぽいから変装する時は基本あんな感じですよ。それに学園では一応スカートじゃないですか」
「言われてみたら……そうだったね」
「すいませんね、隣を陣取っちゃって」
「構いやしねぇよ、俺の近くなら言い寄るバカもいねぇだろ」
変装したランページの隣にいる人物の影響なのか、周囲の人たちは距離を取っているようだった。そこにいるのは黒沼トレーナー、レース場であろうともそのスタンスは学園と変わらずに威圧的な空気がそこにある。ランページ的には助かるが本当にこんなのでいいのだろうか……と思わなくはないが。
「ンでブルボンの調子は?」
「最高の状態だ、あれを使ったお陰であいつは以前に増して強くなった。礼を言わせて貰う」
「こっちもメニューの監修で頼ったからね、お互い様って奴さ」
だが、ランページとしてはブルボンの成長速度の速さは予想外だった。桜花賞辺りの自分が使っていたのは5倍当たりだった筈だが……ブルボンは既に7倍。重さだけで言えば今年中には10倍にまで行かれてしまうのではないだろうか……楽しみなようで怖い気がする。そんな思いを巡らせていると黒沼の手にストップウォッチが握られている事に気付く。
「あれま、今日もウォッチ装備なん?」
「ああ。今日のブルボンのタイムを俺の方でも計る為にな」
「因み設定タイムは?」
「2:00.1だ」
「それって……」
現在の皐月賞のレコードタイムはシンボリルドルフの2:01.1。テイオーとネイチャのタイムですら2:01.2で更新には届かなかった、それなのにそれを1秒以上も更新しろという指令をブルボンに与えたというのか。
「あいつは俺のオーダーには必ず応える、そういう奴だ」
だが、黒沼の瞳にあったのは信頼と信用の光。無茶もなければ無謀でもない、ブルボンならば可能だという確信の炎がそこにあった。自分と南坂の間にある絆にも似たその光に息を呑んでいると、スタートが告げられた。好スタートを切ったブルボンを追うようにライスとタンホイザが駆けていく。確りと見つめなければと思っている中、正確に時を刻み続けるストップウォッチによって奇妙な程に―――時間が圧縮されている気分になった。
『さあミホノブルボンが行きます、2番手にはライスシャワーが続きます。二人との差は1バ身程、ですが3番手とは5バ身差を付けております。これが彼女のマイペースなのか!?こんな雨でも何のそのと言わんばかりの走りを見せます、そのナリタノヴァ、マヤノブレイクを挟んでマチカネタンホイザが続きます』
降りしきる雨の中を疾駆するブルボン、それに続いて行くライス。その表情には臆病さの欠片も無く、唯々勝利を目指して突き進む物へと変貌している。ライスは最初からブルボンをマークしている、そしてカノープスには逃げウマ娘の強者がいる。今日の為にターボとの走り込みをし続けていた為にハイペースのブルボンにも確りと付いて行けている。寧ろ、付いて行きやすいと思える程だ。
「ついてく、ついてく、ついてく……!!」
呪詛のように自らの言い聞かせながらも走り続ける、それを耳にしてもブルボンのペースは全く変動しない。それを後方から伺っているタンホイザ、一度ブルボンと対決している彼女はブルボンの強さをこの身で知っている。だが、その表情に余裕の色はなく寧ろ歯軋りをしているかのようにも見える。
「このペース……不味い、早めに仕掛けて、いやそれでも……ええいっままよぉ!!」
『おっと此処でマチカネタンホイザが上がって行きます、一気に3番手に上がってそのままライスシャワーに迫っていく!!ミホノブルボンが未だ先頭、このまま逃げ切るのか、それともライスシャワーとマチカネタンホイザが捕まえるのか!?』
冷たい雨に打たれる、だが身体の奥底に燃え滾っている炎によって身体は温かいまま。最高のパフォーマンスが出せる状態のまま、ブルボンは走りながらも徐々に、ほんの少しずつペースが上がっている。マスターたるトレーナーのオーダーに応える為に、徐々にギアを上げていく。第4コーナーへと入った所で遂にタンホイザがライスを捉えて、自動的にブルボンにその脚が届くところまで来た。
「そろそろ、行くっ!!」
「このまま、行くしかない!!」
此処で一気に行くと言わんばかりにライスが行く、タンホイザもそれに合わせるかのように体力をどんどん消費して末脚を爆発させていく。もうここで抜くしかないと分かっている、だが―――奇妙過ぎる事が起きている、ブルボンとの距離が縮まらない所か少しずつ距離が開いている。まさか此方が落ちてきている?そんな筈はない、まだまだ脚は生きている、だからこそこうやって……。
「オーダー、レコード更新を実行します―――Operation:Rampage turboを発動します」
その時だった、直線へと入ったその瞬間、グンッ!!とブルボンの走りが伸びた。だがその時に見た二人はそれよりもある事に驚いた、自分も同じように複合しているタンホイザも理解し、お姉様と敬愛するライスも分かった。あれは二人のトリプルティアラの走りが複合されている。シンザン鉄で走る為の全身運動、それにターボのドッカンターボが複合されている。
『ミホノブルボンが此処で伸びる!!!ライスシャワーとマチカネタンホイザも伸びてきているが、それ以上に加速していく!?これが逃げウマ娘の末脚なのか、信じられません!!1バ身から一気に4バ身を付けてミホノブルボン、ゴールイン!!!無敗で皐月賞を制したぞミホノブルボン!!!同じく無敗のライスシャワー、リベンジのマチカネタンホイザを抑えつけての堂々の逃げ切り勝ちぃぃぃ!!!!し、しかもこれはレコード、レコードです!!シンボリルドルフが叩きだしたレコードタイムを更新しました、しかもなんと―――2:00.1!!1秒も早い堂々のレコード勝ちです!!』
「……よし、良い走りだったなブルボン」
走り終えたブルボンは黒沼を見つけると静かに、丁寧に頭を下げた。それに頷く形で応えながらも自らのストップウォッチを見る黒沼。そこには同じように2:00.1という数字が映し出されていた。
「お前にも感謝している、シンザン鉄は全身で走らないと上手く走れない。走りを矯正しつつ鍛えるには絶好の物だ―――その礼に、あいつの無敗の三冠を見せてやる」
そう言い残して黒沼はその場から去っていく、思わずその背中を追いかけてしまったランページは悔しそうにしつつも次は負けないぞ、と言いたげな笑みを浮かべて拍手を送っているタンホイザとシンプルに走りを称賛しながらブルボンと握手するライスを見た。
「ブルボンさん、お姉様とターボさんみたいな走りだったよ。本当に凄かった」
「有難う御座います。あの御二人の走りを私の走りに取り入れた物です」
「ハッ~……なんか私のマチタンフォームの立つ瀬ないかも~」
ターボのドッカンターボを真似つつも、自分が使う全身を使う走法をそこに取り入れる事で疑似的にドッカンターボを再現しつつもラストスパートで驚異的な伸びで相手を捻じ伏せていた。
「……素直にやっべぇなこれ」