貴方の強さは私が知っている。   作:魔女っ子アルト姫

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232話

「ランちゃん、準備は」

「―――」

 

アスコットレース場の選手控室、もう間もなく始まるレースを前に控室は一見不気味とすら思える程に静まり返っていた。思わずスピードシンボリが息を呑んでしまう程の静寂がそこにあったのだ。唯一つ、聞こえてくる音だけが、静かに控室に木霊し続けていた。

 

「……ハァ……ハァッ……」

 

規則正しい呼吸音、吸って吐く、吸って吐く。ただそれだけを繰り返している音だけがあった。その中心部に居るウマ娘―――メジロランページは椅子に腰かけ、頭を伏せるようにしながらも微動だにしなかった。まるで眠っているのかと思ってしまう程だった。

 

「ランちゃん?」

「―――ああっ悪いスーちゃん、意識飛んでたわ」

 

ゆっくりと瞳と共に込められた力で立ち上がる。顔を上げたランページ、極めて落ち着いている、今日までに至るまでのトレーニングにあった嵐のような熱さが嘘のように無くなってこれ以上ない程に凪いでいた。そして立ち上がった時、息を呑んでしまった。

 

「―――仕上がってるわね、想定以上に」

「さて、な……ただちょっと、燃えてるだけだ」

 

椅子に掛けてあったコートを肩にかけるとそのまま外へと歩き出して行った、敢えてその後を追わずに後姿を追う。風に靡くロングコート、僅かに此方を振り向き見つめる瞳が見える。

 

「行って来る」

「ええ、いってらっしゃい」

 

この時、スピードシンボリは後にメジロランページの海外遠征の事を纏めた本でこう綴っていた。

 

『あの時程、彼女の潜在的な凄まじさを見た時は無かった。まだまだそこが知れぬ何かがあった、あの時に完全に開け放たれたのだと思う。その証拠に―――その瞳は赤く、青い炎が灯っているように見えた』

 

 

『前走はドバイワールドカップ、今回の出走ウマ娘の中で唯一かの暴君との対戦経験があるウマ娘、シュタールアルメコア。彼女と同じく芝ダートの両方を走るその姿に注目が離せません―――そして、遂に来たようです』

 

既に地下バ道からやって来たウマ娘達が観客たちに思い思いのアピールをしている、海外は日本に比べて開放的というかエンターテインメント性が高いのも特徴の一つ。パドックでもそうだが、如何に自分が魅力的で強そうなのかをアピールする事も大切なのである。アルもそれに則って挨拶を終えた所で遂に聞こえて来た。地下バ道から足音が、あと一人、このレースに欠かせないウマ娘が、遂に来る。

 

『シュタールアルメコアと同じく前走はドバイワールドカップ、それを制した事で手にした栄冠の数は25、正しく独裁者、暴君と呼ぶのが相応しい。破格の無敗神話を纏ったウマ娘が、侍の国、ジャパンからやって来た。目指すは無敗のままの芝ダート制覇、枠順もその暗示が最ウチの1番、ジャパンの芝、ダート、ドバイのダートを踏み越えて、遂にこのヨーロッパへとやって来た!無敗の神話は続くのか、それとも打ち砕かれるのか!?』

 

その姿が露わになった時、レース場は大地震に襲われたかのような大歓声によって震えた。

 

『25戦25勝の芝2400のワールドレコードホルダー!! Mejiro Rampage!!堂々たる本バ場入場です!!今日ばかりは正しく本気と言わんばかりの雰囲気、記者会見での余裕は、すべてこの時の為だったと言わんばかりの雰囲気です!!』

 

その震えの中心に立つランページ、その姿を見て記者会見出の一件を知る者はその温度差に驚く事だろう。ふざける程の余裕を見せていた姿は微塵もなく、最早殺気にも似た何かがそこにあった。唯、静かにゲートへと向かってその歩みを進めていく。

 

「―――随分と、張り詰めてやがんなぁ……そんなに俺のあれが怖かったのか」

 

隣のゲートに入る為に、並び立ったアルが額から汗を流しながらも問う。自分のトレーナーが今日の為に徹底的にドバイワールドカップの解析を行ってくれた、それで判明した事だがランページに自分の切り札は刺さっていた。発動から明らかにランページの乱れる事の無かったペースが明らかに乱れていた。つまり、自分にも十分に勝機はある、そう確信しながらも研鑽を積み続けて来た。全ては今日、この日の為に。だが―――

 

「ああ、そうだなあれは実に、俺を揺さぶった」

 

あっさりと肯定された所に、アルは汗を流した。

 

「(冗談キツいぜくそったれ……)」

 

この時ばかりは自分のトレーナーの情報収集能力の高さを恨みたくなった。ランページのハーブシガーは精神安定剤であり、会見前に使用していたのは明らかに彼女も平静さを欠き余裕がなかったからだと言っていたじゃないか……それは正しかった、本当にランページは崩れかけていた。だが―――

 

「(ああいう奴は、つぇぇんだよなぁ……厄介な事になっちまったかもな……)」

 

勝ってやるという顔ではない、どれだけの差を付けて勝ってやろうと自分はそんな笑みを浮かべていた筈なのに……それが完全に引き攣り身体が震え始めた。武者震いだと自分を諫めながらも理解してしまった。

 

「(何だありゃ……バケモンか悪魔かなんかか……!?)」

 

 

「ああいうのは、鬼神って言うんですよねトレーナー」

「ああ。独裁者と称される暴君が、死を感じて更に昇華されたのかな……正しく、鬼神だ」

 

情報収集の為、いや、戦うライバルの走りを生で見たいという純粋な思いでこの地に立っているそのウマ娘はアルの内面を見透かしたように言葉を紡ぎ、トレーナーもそれに続いた。

 

「ブービー、彼女の走りをよく見ておくんだ。間違いなく―――彼女は世界最速の名に相応しいウマ娘だ」

「それを超える為にも焼き付けましょう」

 

 

自分の呼吸音と心臓の鼓動が、ばかみたいに響いている。どこぞのヒーローのエンジンのように、いや周囲の音が聞こえている筈なのに静寂のように静かだ……不思議な感覚に陥りながらも促されてゲートの中へと進んだ。もう始まるのか、時間が奇妙な程に速い。それも良いだろう、ならばその時流に乗るだけでしかない。

 

『さあKGⅥ&QEステークス、今スタートしましたっとメジロランページロケットスタートを決めた!!最高のスタートのまま先頭に躍り出る!!既に3バ身いや4バ身はある!!このまま得意の大逃げを打つのか!!』

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