「如何だったルーちゃん、久しぶりのフェーちゃんは」
「一別以来、幼い頃に別れてからそれっきりでしたが……今日、会えて嬉しさに震えております」
「感動ッッ!!数年ぶりの再会、そしてその舞台が凱旋門、運命的だ!!」
10月4日。フランス、ロンシャンレース場。世界で最も優雅とも言われるレース場であり、世界中のトレーナー、ウマ娘ファンにとっての憧れの場。そこに今、嘗て此処で走ったウマ娘の孫、ルドルフが脚を踏み入れた。此処があのロンシャンなのかと内心では感動に打ち震えていた。この偉大な場で祖母は走ったのか……そして今日、此処で自分達の代表が走る。
「質問、調整は万全であるだろうか」
「野暮な事聞くわねぇ……抜かる訳がないでしょ、あの子は何だかんだで誰よりも自分に厳しいのよ」
ネットアイドル的な側面から忘れそうになるが、ランページは極めて自分にストイックに向き直る事が出来る。辛い運命の中であっても前へ前へと進み続ける意志を持ち続けて生きる事が出来る。それを自分を鍛え上げる事に向けた時、ランページは何処までも自分に厳しくありながらも真摯に向かう。それをスーちゃんが言うと二人は頷くが……理事長は少しばかり申し訳なさそうな顔をした。そして控室に付いた。無造作にスーちゃんは扉を開けるとそこには―――
「「っ……」」
魑魅魍魎さえもその剛脚で踏み越えた王の姿がある。勝負服を纏ってただ座っているだけなのに異常とも言える威圧感をその上から纏う、その奥から垣間見えるその瞳は青い炎の奥に赤い瞳が座している。
「ランちゃん、ルーちゃんと秋川理事長が来てくれたわよ」
「―――……ああっよぉっ会長、暫く会わないうちになんか印象変わったか?おおっ~ハテナ~お前こんな所にも来たのか~!!」
「ミャァ」
「愛い奴め~♪」
先程の覇気は一瞬の内に四散し、自分達の知っているランページへと変化した。理事長の頭から嬉しそうに飛びついたハテナを撫でまわしながらも自分の頭へと乗せてやる。満足気に鳴くハテナの声を聞いて二人は力の籠っていた身体から空気を抜いた。
「それで、態々監視の為に此処まで来たと。ご苦労な事ですな、余程URAと日本政府は肝を冷やしていると見えますな」
「分かっているなら少しは自重してくれると有難いんだが……」
URAに関しては自分にも何とかランページを大人しくさせて欲しいと言って来る、特に祖母が代理ではあるがトレーナーを務めているんだから何とかしてくれと言って来る始末。
「愉快ッ!!私個人としてはURAには良い薬だと思っている、URAは対応が遅い場合がある。故に自分達が振り回される経験を積んで正しく対応しなければこうなるという事を理解するにはいい機会!!」
「ハハッ言いますね理事長。因みに理事長は俺の国際交流についてはどう思います?」
「推奨ッ!!君の行動で海外挑戦の熱が高まっている上に各国ウマ娘による日本トレセン学園への留学についての問い合わせもある。日本のウマ娘界を盛り上げていくには極めて有効!!」
渋いルドルフとは対照的で理事長としてはランページを責めるつもりは一切ない。寧ろ称賛されるべきと思っている。何故ならば国際交流などは国がやるべきではあるが立場などもそうだが柵も多い上、理想としては互いに歩み寄り手を取りある事が理想。その為には立場に左右されない存在が必要、それをやってのけるランページは様々な意味でメリットの方が多いのである。最近はアイルランドだけではなくドバイとも関係が良くなっていたりもする、尚日本政府の胃は死ぬ。
「そりゃいいや、残せてるって分かると成長出来てる実感あるよ」
遺恨というか禍根というか、良い物となっているかは微妙な気もするが……敢えて口には出さない。ルドルフは大人なのである。
「しかし、南坂トレーナーが来れなかったのは残念だったな。東条トレーナーや沖野トレーナーが代役を名乗り出てくれたりはしていたんだが……断固として彼は譲らなくてな」
「まさか休暇の名目を提示してもあそこまで拒絶されるとは……」
申し訳なさそうな顔をして何を語るかと思えば、この場に南坂を連れてこれなかった事に対しての謝罪だった。理事長は自分の本来のトレーナーである南坂にもぜひフランスに同行して貰い、凱旋門の舞台でその活躍を見て欲しい、隣に居て欲しいと思ったのだが……断わられた。理由は自分はチームを預かるトレーナーであるから、練習メニューを他のトレーナーに見て貰うという手もあるがあくまで代役でしかない。その代役のせいで彼女達の夢が揺らぐとハッキリと拒絶された。
「まさかあそこまで頑なとは、普段の彼とは思えぬ頑固さだった」
「普段のお綺麗な面から想像出来ねぇけど、南ちゃん相当に強かだからな―――あと、俺別に南ちゃんに来て欲しいとか全然考えてないんですけど」
「何っ?」
「驚愕!?」
二人からはすれば凱旋門という世界一の舞台、そこに彼女のトレーナーに来て欲しい、居て欲しいという思いがあった。それはランページへの配慮もあった、これ程の舞台なのだから……が、ランページはそれを全く望んでいない。それに二人は驚いた。
「南ちゃんには仕事あるし、それを無理に都合して来ましたなんて言われたら逆に申し訳なさ過ぎて恐縮するわ」
「そういう、モノ……なのか?」
「そ~いうモンです」
特にライスやタンホイザなんて菊花賞が近づいている。ブルボンと戦う為に必死に身体を作っている最中の筈、一生に一度しかない舞台で最高の目標と戦うのと比べたら自分のレースなんて比較の対象にもならない。
「さてと、お土産持って帰るって言った手前もあるし頑張って走りますかぁ……更に向こう側に行く為にもな」
「ウムッ応援させて貰おう!!」
「頑張って来てくれ、日本―――いや君の勝利を願っている」
理事長は広げる度に文字が変化する扇子に激励!!と文字を浮かべながらエールを送る、そんな頭にハテナを返してあげるとルドルフから強めの声援が送られる。日本の悲願なんて如何でもいい、自分のやりたいようにやれというあたりよく分かっている。
「ランちゃん、私の事なんて如何でもいい。トレーナーとして贈る言葉は唯一つ―――走ってらっしゃい、自分らしく。ナンバーワンよりオンリーワンよ」
「応よ」
短い言葉のやり取りの後、ハイタッチをしてランページは控室を出た。気力は満ちている、体調も万全、これ程までに優れたコンディションはないと断言できる程に満ち満ちている。あと一歩踏み出せば、自分はロンシャンレース場のターフに姿を見せる。始まるんだ……全てのウマ娘の夢の舞台とも言われる凱旋門……少しだけ、緊張してしまった。そんな時に
『お土産、期待してますよ。凱旋門の置物なんてカノープスの部室に映えるでしょうから』
南坂の声が聞こえて来た。此処に居ない筈なのに確りとしたものが聞こえてきて思わず笑ってしまった。遠い日本の地で―――南坂が呟いた言葉が届いてきた。ならば応えるしかないじゃないか、自分にはそれしかない。
「来てやったぜ凱旋門、俺を出迎えろ!!」
地下バ道を出た瞬間に、溢れんばかりの声が出た。曇天の空の下、稲光も走り、雨も降っている。嵐は既に巻き起こっている。日本で生まれ、あっという間に世界をも飲み込む巨大な嵐となったウマ娘が姿を見せた時、天をもそれに歓喜したかのように稲光が走り称えた。そんな天気の中でも歓声は空高く打ち上げられる。
『その実力に偶然は無くあるのは必然のみ、それが裏付けるのが現役にして伝説、生きながら神話という圧倒的な戦績!!ヨーロッパで掲げた2勝はレコード、紛れもなくこの舞台に相応しいウマ娘がスピードシンボリ、メジロムサシ、シリウスシンボリに続いてこの舞台で走ります。27戦27勝、メジロランページィィッ!!!!』
胸を震わせる程に昂る声が会場に木霊する、爆発しそうな思いが向けられる、それらを受け止めながらもランページは笑って言った。
「待たせたな!!!」