凱旋門が行われている時、トレセン学園には光が灯っていた。当然、ランページの応援をする為に多くの生徒、トレーナーがTVに釘付けになっていた。何時かあの舞台に、あの凱旋門に日の丸が掲げられたら……と考えなかったものは居なかった。それがもしかしたら叶うかもしれないと思うと興奮が抑えらずにいた。そんな思いに応えるかのように最高のスタートを切ったランページは稲光が鳴り続いてる天の下を駆ける。
走る度に地面から泥が雨水と共に跳ねる最悪の不良バ場。雨は少しずつ激しさを増してくる、風も吹き始めて本格的な嵐がフランスへと襲い掛かっている。それでも走る事はやめない。この程度の事でこのレースを止めて堪るかと全員が脚を止める事をしない。
『先頭を行きますはメジロランページ、その後方にはエルグッツ。ジャパンカップで覇を競い合った二人、エルグッツにとってはこの凱旋門はジャパンカップの雪辱を晴らす場、そしてメジロランページにとって己の最強を証明する最高の場。何方に神は微笑むのか!!?』
エルグッツはあのレースの後はあのレースの事を昨日の事のように思い出せる、全ての海外ウマ娘がオグリキャップだけを警戒していた中を突き抜ける矢のように飛び出して、そのままゴールまで駆け抜けていったランページの姿を……そして、今日はその借りを返す日だ。
『先頭はメジロランページ凄いペースです!!4バ身程離れてエルグッツ、ですが後続とは10バ身は離れております!!このロンシャンでもこのウマ娘は戦法を変えません!!大逃げ、大逃げで勝負に出ております!!』
メジロランページの大逃げ、それは既に欧州所か世界中に知れ渡っている。だがこのロンシャンの舞台でもそれを貫き通すのかと驚く者も少なくはない。最初から最後まで逃げ切る事も、様々な事を証明済みだがこのロンシャンの舞台で本当にそれで勝つつもりなのかと。今、ランページが先頭で向かっているのはロンシャン最大の特徴―――高低差10mの坂。坂路に強い事も重々承知だが……日本の中山の倍はあるそれに挑もうとしている。だがスピードは全く落ちない、あのまま突っ込むつもりなのだと全員が確信する。
「無茶よ、登り切れるわけがない!!」
「あんなペースであの坂を登れたとしても、その後の下り坂だって……!!」
最大斜度2.4パーセント、そして最後には600mで10mも下るあの坂をこんなバカなペースで……と思い、自分のペースを貫き最後の末脚を活かす為、様子を見る為にペースを抑え始めるウマ娘達を次々と抜いて行くものの影がある。
『此処で後方からナハトフォーアハングが上がって行く、続いてオルタナティブセブン、いやディープチャージ、オッタージャーニーも行きます。これはペースを上げているというよりも他のウマ娘のペースが落ちているのでしょうか、いや彼女達もかなりペースを上げています。彼女らが目指すのも当然凱旋門のゴールのみ!!』
次々と上がって行く面々、彼女らが共通している思いは一つ―――ランページは本当にあの坂を登れるという事だけ。それに不思議と胸騒ぎがあった。此処はあのペースに合わせて此方も上がって行くのが最良だと彼女らは判断した。そして遂にランページはその坂に足を踏み入れた。
『遂にメジロランページが先頭で坂へと入ります!!ロンシャンの舞台、高低差10mというこの坂をランページはこのハイペースのまま攻略出来るのか!!?』
本当にこれはレース場の坂か?と一瞬だけ思った、中山の急坂だって壁だと表現する者も居る、緩やかな物ではあるがこれが長い距離続いて行く。大した傾斜ではないが、長い坂は中々に来る物、だがそれが如何したと言わんばかりにランページは雨を切り裂くように走る。後方からは距離を詰め始めているナハト、チャージ、オッター、オルタがいる。そして自分の足跡をなぞるかのように迫るエルグッツ。ピッタリと離れる気配がない、4バ身差をキープし続けている。
「俺を差し切る準備は万端ってか」
「ええ、ええっその通りよ!!」
坂を登り切り、間もなく急な下り坂に入る。雨も酷くなり、地面は更に軟くなっていく。猛スピードで走り続けているランページは、世界中のトレーナーからも異様に映るだろう。とてもウマ娘がトップスピードで駆けられるコンディションとは程遠い、それなのにこんなにも速いのか……何故体勢を僅かにでも崩さない。エルグッツは前年度覇者だ、まだ納得は出来るがランページのそれは理解を越えている。
「覇者の癖にセコい真似をしやがる」
「相手に汚いを押し付ける、それは戦術よ!」
「通り、だわな!!」
泥を散らすように走るランページ、あと少しで下る。後方からも迫り始めている、流石にランページでもある程度速度は緩めるだろうという希望的な観測故だろう。エルグッツもそんな気持ちはある、だがそんな事は考えるよりも先に脚を動かす。ランページの足跡の軌跡を寸分違わず。
「……神業ね」
ウマ娘のレースは基本的に高速、速いウマ娘になれば巡航速度は80キロを超える者も居る。ランページのそれも同じだが、彼女の場合は高身長からストライドもある、足跡の間隔は他のウマ娘と比べても大きいのにその軌跡を見事になぞっている。
「一体そこまでに至るまでどれ程の、何処までの鍛錬を積んだのかしら。ランちゃんがいないこの欧州で、ぶっつけ本番と言ってもいいのに……」
エルグッツのそれから感じさせるはある種の執着と言っても良い程の研鑽、絶対的な欲望、勝利を只管に望み続けた末に今が築かれていると思うと驚嘆しか出てこない。きっと、全てのランのレースを研究したのだろう。正しく称賛に値する―――値するが……前に進み続けていたのはランページも同じ事。
「行きなさい、ランちゃん―――頂点まで」
『さあ間もなく下り坂に入る、後方のオルタナティブセブンが3番手、その後ろにオッタージャーニー、ナハトフォーアハング、ディープチャージ。さあ下り坂に入った―――』
雷が走る、それは天啓だったのかもしれない。ランページも此処だと思っていた所だった、神もそうしろと囁いているのかもしれない。この場合、三女神かもしれないが……そんな事はもうどうでもよくなってきていた。この坂、そして偽りの直線、これこそがロンシャンの特徴。此処は我慢するのが定石、我慢して最後の直線に賭けるのが普通、だが自分はもうここだと決めている。自分ならば、出来る。そう信じた時、ランページは駆けた。
「さあ、行くぜっ!!!」
『メ、メジロランページが此処で加速します!!下り坂を活かして加速しようというのか!!?この大雨の中で、自らの最強を証明しようというのか、嵐の中心は矢張りメジロランページだぁぁぁ!!』