「勝負服ぅ~?」
「ええ、G1を予定に据えていますので今の内に準備を進めておきませんと」
シンザン鉄でのトレーニングを続けつつも、通常の蹄鉄も使って感覚を戻すトレーニングをしているランページ。その練習量は他のウマ娘と比べると多めに入る。そんな時にトレーナーから勝負服の話題がやって来た。G1のような特別なレースで出走する際にウマ娘が着用する衣装で一種の陸上競技用レーシングスーツを意味する。身につけるウマ娘に不思議な力を与え、どんな形状であってもピッタリと合う物であれば走る際の邪魔にはならないという不思議な物。これも所謂ウマソウルが関係しているのでは……と言われている。
「何か、案とかありますか?ウマ娘側から要望をデザイナーさんに出すという事も可能ですよ」
「如何でもいい」
「……いや何かありません?」
「マジで如何でもいい」
真顔、完全な真顔でそれを言い切った。正直言って本当に如何でもいい。女物を避けている我が身ではあるが、ライアンとアイネスに積極的に休みには連れ出されて着せ替え人所にされているので好い加減になれた、タイツさえ穿けば制服以外も行けるという事が分かったのでフリフリスカートやゴスロリも行けたのでそちら方面でも良いような気がして来たので全部丸投げで良いような気がしている。
逆に南坂は困ってしまった。勝負服というのはウマ娘にとっての晴れ舞台での文字通りの勝負服、自身の名誉や誇りを体現したような物なので此処に強い拘りを持つウマ娘が殆ど、いや全てと言ってもいい程……なのに目の前のウマ娘は全く拘りを持っていないのだから。何でもいいと書かれた書類を提出されてもデザイナーだって困るだろう。
「せめてメジロ家の恥にならねぇ程度にはカッコが付く物であれば別にどうでもいい」
「ええ~……」
そもそも、ランページは勝負服によって不思議な力を与えるという事がいまいち分からない。故にどんな勝負服だとしても走るのに支障がない服、程度の認識しかないのもあるかもしれない。
「何だったら俺勝負服なしでスーツ着て走るから」
「いやそれはやめてください、私がペナルティ受けますから」
「あっマジで?じゃあやらね」
何かしらのアクシデントが起きて勝負服が使えなくなった、という事例はあるがそれに備えて勝負服には予備が準備される。だがそもそもG1の舞台で勝負服を纏わないで走ったウマ娘なんていない。それを積極的にやったら確実にやばいのである。
「どうせならスーツ風の物にしていただきますか?」
「あ~それは普通にありだな」
そう言われて思うのは後にやって来るであろうフジキセキ、彼女の勝負服はスーツだった気がする。まあ胸元は大胆に開けられていたが……自分でそれをやったら確実にTVで全国放送出来ない代物になるだろうから自重はしておこう。ランページのBは95である。
「んじゃスカートなしの女っけ0のカッコいい路線で」
「それでも提案としては相当に薄いですが……分かりました」
こういう装飾があってやら此処が拘り!!とかそういうのが一切0の要望に流石の南坂も苦笑い。過去にもウマ娘の勝負服申請をしたが、此処まで中身のない勝負服申請はなかった。
「大体俺にそういうのを聞くのが間違ってるってもんだぜ南ちゃん。ファッションセンス0だからな自慢じゃねえけど」
「本当に自慢になりませんねそれ……それで苦心するデザイナーさんがいる事を分かって下さい」
「んな事言ったってよ~……」
昔からセンスのない自分にこういうのが一番困る要望なのである。なので頭を掻いていると不意に、ある事を思い付いた。脳裏を過ったとある光景に、それに如何しようもない懐かしさと安堵を覚えつつも思わず口角を持ち上げた。
「南ちゃん、要望あったわ」
「ああよかった。どんなのですか?」
「下は赤と黒のズボンだ、長い奴な。上は白シャツでその上から黒いロングコートで頼む」
「分かりました、ですがどうしたんですか急に?」
「何、ちょっとした―――郷愁って奴だ、んじゃ頼んだぜ~」
そう言い残して部室を出ていく、赤と黒のロングパンツと白い上着は父と母が良く着ていた物だ。そして自分好みのコートを着る、そうする事に決めた。ある種の決意の表れを勝負服にする事を決めてシガーでも吸おうと思って外に出たのだが、まるで自分を待ち受けていたかのように生徒会長がそこにいた。懐に伸ばしていた手を誤魔化すように両手を上げて軽くおどけて見せる。
「これはこれは、生徒皇帝様じゃねえか。こんな所で何用かな」
「―――少し時間を貰いたい」
軽くふざけてみたのも関わらず、ルドルフの表情は険しかった。言うなればシンデレラグレイの
「何だい怖いねぇ」
「こっちだ」
此方の事情など聞く気がないのかと言わんばかりに後に続け、という言葉にランページは従うのが一番だろうと思いながらも背中を追いかけていく。そう言いながらも連れて行かれたのは応接室だった。その名前に相応しい内装が揃っている部屋の中央にあるソファに座り込むルドルフ、彼女は自分も座るように目で示すのでそれに従う事にする。
「んで皇帝様が俺に何の用だ、どこぞの変態みたく移籍の相談かい?」
「君は以前言ったな、知りたければ踏み込めと。だから私は……踏み込む事を決意した」
「そうかい、んで御感想は」
その言葉だけで何をしたいのかを理解したのか、ランページは懐からシガーを取り出しながらを問いを返す。そうするとそこにあったのは歯を食いしばりながら怒りを必死に堪えようとしているルドルフだった。
「ああっ腸が煮え繰り返りそうな気分だ……怒髪衝天、眥裂髪指とはこの事を指すのかと理解出来た程にね……」
「皆の生徒会長様がしていい顔してねぇぞ」
最早無礼るなよを超える顔になっている、あの皇帝が此処まで明確に怒りを露わにしている様なんて見た事がない。拳を強く握り込み、食いしばって必死に理性を保とうとしている。
「私に、出来る事はあるか……君の許可さえ貰えれば直ぐにでも私はこの事を、公表し、然るべき裁きを下す事を家に掛け合うつもりでいる……!!」
「取り敢えずその怒気と殺気しまってくれねぇかな、そんなブチギレてりゃ怖くて話も出来ねぇぜ。ほれ、俺のハーブシガーで悪いが吸うか?主治医の話じゃ他人が吸っても問題はねぇらしいぞ」
「―――済まない」
そのご厚意に甘えるように、ルドルフはハーブシガーを受け取るとそれを吸い始めた。一応自分専用に調合されてはいるが、別段他人が吸っても問題はない。自分に比べて効果が薄い程度だと主治医は言っていた。そして一本を吸い切って少ししてようやく落ち着いたのか、普段のルドルフフェイスに戻っていた。
「済まない、君のシガーを……」
「普段の皇帝様に戻ってくれて良かったぜ、俺のせいでアンタがそうなったってバレたらファンクラブに袋叩きにされそうだからな」
ケラケラと笑いながらもシガーを返して貰いながらも、新しい物を入れながら今度は自分が吸い始める。
「んでどこまで知ったよ」
「……君のご両親が、亡くなられてからの数年を、だ」
「そうかい、んじゃ俺が自殺したことまではまだ知らなかったのか」
「自、自殺だと!!?」
「はいストップ、それ以上喚くなら俺出てくぞ」
如何やら完全には調べられていないらしい、だがまあある種妥当な所だろう。それから後はメジロ家のお世話になっているのでそう簡単に手には入らないだろう。あのお婆様がシンボリ家に簡単に自分の事を教えるとも考えにくい。
「まさかそんな……!?」
「未遂で止まったけどな、こうして生きてる訳だし」
「君の叔父と叔母は、そんな責め苦を……!!!」
又もや凄まじい怒りに支配されそうになっていくルドルフ、彼女の夢からすればウマ娘が自殺にまで追い込まれる所業と言うのは絶対に許せない事。事故による物ではなく悪意による代物ならば猶更だ。もう我慢ならない、絶対にその叔父と叔母を許す事は出来ないと今直ぐシンボリ家の力で制裁を向かおうとした時に、それを止めたのは―――目の前のウマ娘の猛烈な殺気と憤怒だった。
「そこまでにしとけよ皇帝、テメェ何様のつもりだ」
「っ!!!」
激烈な物だった。それに我に返りつつも驚いてソファに座り込んでしまった。
「俺の人生に介入したら下手すりゃ自分が揺らぐからその意味をよく考えてからやれって言ったはずだ」
普段の飄々とした態度ではなく、そこに居たのは激烈な復讐心に滾る復讐鬼と言う言葉がよく似合うランページがそこにいた。彼女を鎮める手段など目的である復讐を果たす以外にはないと言わんばかりに。だが、直ぐにそれを収めると溜息混じりに謝罪をした。
「悪い、脅かすつもりはなかった」
「―――いや、此方も済まなかった……だが、私はまさか君がこのような境遇にあったなんて……」
「思わないのが普通だ。それにアンタの気持ちが嬉しくねぇ訳じゃない、俺の事を考えてくれた事は感謝するが―――獲物を横取りするのは頂けねぇな、あれは俺の獲物だ」
そういうランページの表情はまるで冷徹な狩人のように鋭く、冷たかった。
「あいつらへの報復の権利は他でもねぇ、俺にある。それを譲る気はねぇ」
「以前言っていた細やかな報復とはこの事、だが細やかで済ませていいのか」
命を絶つ所までに追い詰めた所業に対しての細やかという言葉、全く釣り合っていないじゃないかとルドルフは本気で思っている。正当な形と大きさで行うべきだと彼女は主張する、優しくて正しい主張だとランページは思うがそれを撥ね除ける。
「細やかだからこそ意味があるんだよ、あいつらは知るんだよ。俺を捨てた事の意味を、俺を育てていればどれだけの栄誉や資産が手に入っていたかという後悔を抱かせる、そしてそれをずっと抱かせるのが目的だ。一瞬で終わる制裁じゃない、生きている限り続く報復を俺は望む」
それを聞いて思わず息を呑んでしまった。彼女が望んでいるのは確かに細やかかもしれない。最大の復讐は自分が幸せになる事だと言うがそれに近いのだ。
「その上で遺産の返還を願う、奪った物を返して貰う。それが俺が決めた報復だ」
これからランページが名を上げれば上げる程に叔父と叔母は後悔に蝕まれる事になる。そして絶望する、もう絶対に自分達はランページと関われないと。あの時になぜあんな選択をしたのかと。
「……済まない、本当に野暮な事をしてしまった……」
「いや、嬉しかったよさっきのマジの怒り顔。他人なのにそこまで怒れるって魅力だよ、優しい皇帝だな」
ルドルフは自分の夢に大きく反する存在と言うのもあったが、それ以上にランページの事を心から心配していた。だからこそあそこまで激怒したのだ。
「分かって貰えたか、俺の報復の理由」
「よく分かった、理解した、納得したよ」
「何よりだ」
立ち上がって応接室を出ようとする、これ以上の会話は不要だと判断した。だがそれを止められた。
「最後に一つだけいいかな」
「何だい」
「―――それだけの目的があるのに如何してカノープスを選んだ?」
活躍する事が目的であるならば、リギルを選んでも良いような物だとルドルフは思ったのだろう。最後にこれを解消して終わりにしたかった。それに対してランページは簡単に答えてくれた。
「南ちゃんのウマ娘に対する姿勢に惚れた、だからこそ俺のトゥインクルシリーズを預けたくなった。これ以上の言葉がいるか?」
「いや、トレーナーを選ぶならばこれ以上ない最高の理由だ」