貴方の強さは私が知っている。   作:魔女っ子アルト姫

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266話

「ハッハッハッハッ……」

 

華奢な身体からは想像出来ぬほどに重々しい音を立てながら走り続けるウマ娘、これで一体何時間走り続けている事になるのだろうか。既に日も傾いて間もなく夜になるというのにやめる素振りが一切見られない。ただ黙々と走り続けている彼女を南坂トレーナーは静かに見守り続けている。

 

「トレーナー、これで何時間」

「始めたのはお昼でしたから……6時間、ですかね」

「良くもあれほど……」

 

同じチームのネイチャとイクノはその話を聞いて驚いた。彼女は菊花賞を控えている身、故に練習を重視する為に午前授業で午後からずっと練習をしているのだが……その量が余りにも凶悪。技術面、体力面は既に菊花賞に向けての最高レベルに仕上がっている。ならば他に何をするべきなのか、そう彼女に質問したが静かに即答して見せた。

 

『精神面……ライスは、徹底的にそれを鍛え上げます』

 

数日間連続して彼女はただ只管に走り続けている。日本ダービー、最高の戦術、最高のコンディション、それを持ってマチカネタンホイザと共に挑んだがミホノブルボンに届かずに敗北した。その理由を求めた時に黒沼トレーナーの理念しかないと思い至った。精神は肉体を超越する、唯の根性論などではない。正しい精神論と綿密に計算されたトレーニングのスケジュール。それらによって基礎から徹底的に磨かれる精神力が強靭な身体を更に強固にする。カノープスのそれに近い。

 

何処か機械的でサイボーグと呼ばれるのも納得が行くブルボンとの相性はいい、プレッシャーなどに強く振れ幅が極めて小さいので安定して高いパフォーマンスを発揮出来る最高のコンビ。が、ブルボンはダービーで自らの精神を爆発させていた。菊花賞でも恐らくそれは起きるとライスは考えている。同じく基礎を重視するカノープスと黒沼トレーナーの方向性は似ている、ならば如何するのか―――此方も精神で肉体を超越するしかないと結論付けた。

 

「ハッハッハッハッ……」

 

規則正しく行われ続ける呼吸音、蹄鉄で鳴る重低音。ライスシャワーはシンザン鉄を使って自らを追い込み続けていた。

 

「フゥッ……南ちゃん、タンホイザは寮に連れて行ったぜ。全くサンデーさんがやったらめったら追いかけまわしてたからクタクタだったぞ」

「お疲れ様ですランページさん、私が頼んだ事ですので」

「相変わらずってか、ンでライスも変わらずか」

「ええ」

 

やって来たランページは同じく菊花賞に臨むタンホイザのサポートに回っていた。彼女も次こそはブルボンに勝ちたいとサンデーサイレンスに特訓の相手をお願いして徹底的に扱いて貰った。サンデーもほんわかした雰囲気のタンホイザに怪訝な目を向けていたが、いざ走ってみると良い根性とスタミナ、素晴らしい総合力で一度も自分に抜かれずに走り続けるという課題を達成したのでニコニコだった。そんなランページがライスへと視線を向ける。

 

「ねぇっランから見てさ、今のライスってどう思う?」

「良いと思うぜ、徹底的に自分と向き合うっていうのは高い集中力を要する。その為に走るというそれ以外考えない環境に自分を追い込むのは正しい」

「それは同意しますが……あの蹄鉄は」

 

ネイチャもイクノもそれは理解している、だが気になるのはライスが使っている蹄鉄の事である。カノープスが使っているシンザン鉄、ライスも当然使っている……がライスの使用するシンザン鉄は5倍が限度、しかし今使っているのはランページが普段使いにしているランページ鉄と同じ10倍なのである。

 

「自分と向き合う為に使ってるんだろ、南ちゃんも注意はしたんだろ?」

「はい。本気で走ったりはせずにあくまで小走り程度に留めるようにと」

 

幾ら何でも自分のように走り込んだりはせずに走れる範囲で走っているだけ、決して無理はしてない……がそれでも10倍を履いてあそこまで動けるのは凄まじい事だ。しかもずっとああやって走り込んでいる、スタミナも凄いが精神面も凄い事になっている。なぜそこまでするのか、それは単純な理由、ブルボンに勝ちたいからだろう。

 

「ライス……」

 

脚が重い、息が苦しい、疲れた。そんな思いが頭の中をぐるぐると回る筈なのにライスは黙々と脚を動かしていた。

 

 

 

ライスシャワーはお姉様、メジロランページの事が大好きだ。カノープスに入る前からずっと仲良くしてくれたし姉だと思って頼ってくれてもいい、苦しいなら助けてやると言ってくれた。相談にも乗ってくれるし自分の事を大好きだと言って可愛がってくれる、自分もあの人が大好き、ずっと一緒に居たいとすら思う程に。でも、その思いが自分を苦しめた事もある。

 

『お姉様……お姉様ぁ……』

 

ランページの海外遠征中にどうしてもランページに会いたくて、声を聞きたくて、触れ合いたくてどうしようもなかった時があった。知らず知らずのうちにランページに依存しきっていた。何でも打ち明けられて一緒に居てくれるお姉様に頼っていた。ランページに会いたい、そんな思いが膨れ上がっていく中、如何したらいいのか分からずに思い切って同室のウマ娘に相談する事にした。何故それが出来たのか―――それは

 

『成程成程、確かにランページさんにあれだけ良くされたらそうなりますよね~……めがっさ羨ましいんですけど

『ど、如何したのフローラさん?』

『な、何でも無いですよ~!!』

 

同室なのがランページと死闘を繰り広げていたアグネスフローラだったからである。ある意味でランページの事を最も知っている彼女にならば相談できるのではないかな……と思って打ち明けた。そうするとフローラは酷く真剣な面持ちで話を聞いてくれた。

 

『それは可笑しくもなんともないですよ、そんな素敵なお姉様ならいつも一緒に居たいと思って当然です。私にも妹がいますけど本当にいい子でトレセン学園で一緒に居られないのが本当に残念な位なんですよっと妹自慢はこれぐらいにして……ねっライスさん、ランページさんは如何して貴方の傍に居ないと考えないんですか?』

『お、お姉様……が?』

 

フローラからの言葉は至極単純だった。貴方は一人で走っている訳ではない、常にだれかと一緒に走っているんだと。

 

『おハナさんから受け売りなんですけど、本当に孤独な人なんて滅多に居るもんじゃありません。レースで走っている時だってクラスメイトや応援してくれる人、チームメイトに支えられて漸くそこに立てるんだって。ライスさんの場合はカノープスの皆さんが居るって事です。特にランページさんが』

『お姉様が……一緒』

『はい』

 

そう思った時に、頭の中にランページとの思い出やカノープスの皆との楽しい時間が沸き上がって来る。すると先程まであって胸のざわめきが収まっていた。少し驚いていると得意げな顔のフローラが楽になったでしょ?と言う。

 

『まずは落ち着いて深呼吸、その後に自分は一人じゃない絶対に違うと思うんです。大好きな人は自分の味方って思うんです』

『フローラさんって、凄いんだね』

『何せランページさんに負けまくって無いですからね!!いや自慢出来ないけどそのお陰で立ち直りの方法なら幾らでも知ってますからね!!』

 

姉として、タキオンとフライトの相手をしていた事も関係しているが誰かを導く事はそれなりに得意なのである。

 

『何だったらランページさんに甘えまくって自分はランページさんの力と一緒にあるって強く思っても良いと思いますよ、結局独りで生きていくなんて絶対に出来ないんですからその位良いんですよ!!何だったら私がもう一人のお姉ちゃんになりましょうか!?』

『フローラさんって凄いね、有難う……でもそれはちょっといいかな』

『如何して~!!?結構いい事言ったと思ったのに~!!』

 

フローラの言葉には本当に助けられた。お陰で自分は立ち直る事が出来た、だけど今はそれを忘れようと思う。ランページに甘えたい、そんな気持ちはあるが今は忘れておきたい。姉が偉大な事をやってのけた、ならば自分だってそれに負けない位に強くありたい。ウマ娘としての闘争本能がそう叫んでいる。

 

「お姉様……ライスは、ライスは―――絶対に勝つよ、ブルボンさんに勝つ……!!」

 

闇の帳が天を包む中、ライスの頭上には満月が浮かんでいた。その月下を走るウマ娘は赤い瞳に青い炎を携え、全身からオーラを立ち昇らせていた。その姿は……凱旋門前のランページと同じような様であった。




ライスの同室はゼンノロブロイなんですけど、史実基準作品である今作品にはまだ出ておりませんのでオリジナルの組み合わせにしました。まあその結果フローラという事になりましたが……一応ランページに絡まなければまともなんです。

本当なんです、フローラを信じてやってください!!
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