羅列される驚きと衝撃、疑問の声が嵐となってコメントという形で届く。文字通り世界中から、自分は世界的な伝説になっている。それがトゥインクルシリーズの先のシリーズとされるドリームトロフィーリーグに進まずに引退するという事は信じられなかった。もうあの走りは見れなくなるという事が一種の恐怖、安堵、錯乱となって押し寄せて来る。分かってはいたつもりだが理事長も肩を竦めている。
「説明、それをしてやるようにな」
「それが義務ってもんですからね―――29戦29勝、ワールドレコードを3つ、芝ダートの最高峰レース制覇……我ながらもう十分にやったって思うんだよ俺は。皆からすれば次の伝説を、次の次の走りを、次の次の次を……そう期待するだろうが俺はもう満足してる、やり切ってる」
カメラに映る表情は酷く清々しく晴れやかな物だった。凱旋門を制覇したあの時よりも、BCクラシックを制覇したあの時よりもずっと。
「何時までも俺が突っ張ってても邪魔なだけだろ、ここらが潮時だと思ってる」
それならば引退はトゥインクルシリーズだけでドリームトロフィーリーグには進むべきだとコメントが溢れる。皇帝との勝負を見てみたい、メジロの至宝との戦いを見てみたい、天衣無縫との戦いを見てみたい。様々な言葉で溢れる。
「次の伝説よりも新しい伝説を作る手伝いがしたい。そう思ってファイナルズとレジェンドレースを企画した、俺の経験と力を次に還元すればどうなる?日本のウマ娘のレベルは間違いなく上がってくれると思う、凱旋門を取れるウマ娘だってきっと出て来る」
1人の飛び抜けた伝説か、それとも次の世代の新しい伝説か。ランページは後者を選んだ。その為に休養中にも拘らずに全国各地のトレセンを巡ったりもしたのだから……これにはメジロ家も、シンボリ家も喜んで協力してくれた。何より、全てのウマ娘の幸福を願うルドルフも手を貸してくれた。
『これは、参ったな。私が目指す全てのウマ娘の幸福を君に先を行かれてしまうとは』
苦笑しつつも彼女は笑っていた。ルドルフの夢は荒唐無稽だ、ランページもそれをそのまま肯定する訳がない。だからこそ一人一人がその幸福を手に入れる道の一つを用意する事にした。自分が成し遂げたことによって作り上げたネームバリューを全力で使って、皇帝のそれで足りないならばもっと大きな物を用意すればいいと言わんばかりにランページが行ったそれは驚くほどに伝播した。
「それに、レジェンドレースになら俺は出ても良いとは思ってるしな。もう絶対に走らないって訳じゃない、ちょっと―――舞台を変えるだけさ」
笑って見せるランページ、何処か明るくて元気があって、少しだけ寂しそうにしているがまだまだ自分のやりたい事は残っている。それをやる為に走り続けるのは変わらないと断言する。走る舞台が少しだけ変わるだけだと聞いて、リスナーは何処かで安堵し、何処かで不満げになり、何処かで悲しさを募らせた。反応は様々だがランページの新しい門出、そしてその終わりを見届ける事を皆が誓った瞬間でもあった。
「―――フゥッ……遂に言っちまったなぁ……」
「ご苦労」
配信を終わらせたランページは理事長と共に一息を吐いた。何だかんだで理事長にも面倒押し付けてしまった、まあ彼女は自分からそれを買って出るタイプな上に今回はそれをも楽しんでいるので気にする必要はないかもしれないが……。
「だが引退か……何時から考えていたのかな?」
「海外遠征を本格的に考えた辺りだから……東海ステークス辺りかな」
「去年からか!?」
あの時はまだランページも1年目のシニアクラスだった筈、正しくこれからという段階で既に引退を考えていたというのは驚きでしかなかった。そもそもランページはウマ娘として長い時間を走り続けるつもりがなかったようにも感じられる。
「最後に海外ってのも考えたんですけどね、色々準備してたら逃がしちゃいましたから。まあ本望ではあるんですけどね」
「悔いが無いのならば私から言う事はないも無いさ、最後のレースは全力でな」
「そのつもりですよ」
そう言うと理事長は配信を行っていた部屋から退出していった。残されたランページはハーブシガーを銜えて吸い始めるのだが自分の携帯に凄い連絡が入ってくる。国内の友人もそうだが海外からの友人からもひっきりなし、一番古いのはファインからだった。絶対アイルランドに来ない?だと思う。まあ行かないが……そう思っていると扉が開けられた。そこに居たのは―――
「勝ち逃げ、する気ですかランページさん」
「だったら勝ってみな。まだチャンスは残ってるんだぜ」
フローラだった。ある意味でイクノを超えるライバルとして自分と覇を競い続けた相手、フローラとしてもこれは寝耳に水だった。今度こそ、今度こそと思い続けて来た思いが途絶えてしまう。だがまだ残っている、その機会に全てをぶつけなければならなくなった。
「ホントズルい人……私の心も意志も砕くつもり?」
「そんな気はないが、俺って暴れすぎただろ。その責任を取るだけだよ」
フローラは感じていた、何を言っても無駄である事は。でも言いたくなってしょうがない、だって彼女は自分にとって……大切なライバルなのだから。
「分かりました、だったら―――最後は私が勝つ」
「やってみな」
世界の暴君と呼ばれたランページの最終戦、日本最大のG1に世界中の注目が注ぎ込まれようとしていた。正しくそれは文字通りの意味……今年の冬、日本が世界の中心となる。