季節は秋から冬へ、更に気温が下がり時折雪でも降るんじゃないかと思うような雲が空を覆うようになり始めた。日を追うごとに引退の日が近づいてくる為にトレセン学園ではランページを見る度に思わず涙ぐむ者が多くなってきた。気持ちは有難いがこれでは自分が悪い事をしたみたいで気分が悪い。
「という訳で、俺は部室に居る事にした」
「何がという訳なんですか」
絶賛授業中な筈なのに部室で羽を伸ばしているランページに出会った南坂は思わずそんな苦言を呈した。学生ならば学生らしく勉学に勤しんでくださいと述べるが、ランページはそれに対する回答も持っている。
「俺は海外遠征する時に授業免除のテスト受けてるからな、確認してみたらたづなさんには有効だって言われたよ」
「全く貴方という人は……本当に自由ですね私の愛バは」
「漸く聞けたなその言葉」
椅子を傾けながらもワザとらしく笑って見せる、ランページとしても聞いてみたかったその言葉。その言葉を噛み締めながらも天井を見つめるランページに南坂は質問を投げかけてみた。
「引退なさったらどうするんです?」
「まあ今年度で卒業もするからそれまではアグレッサーの統括チーフ扱いだな……そこで管理したり走ったりだろうし他にもファイナルズとかで忙しいだろう」
「そうでしたね」
きっと南坂は自分の想っている未来は全てお見通しなのだろう、何せ以心伝心の相棒なのだから。
「そもそもじゃなきゃファイナルズもレジェンドも企画なんてしないっつの。普通やれたとしてもやらねぇだろこんな面倒臭いの!!」
「でもランページさんはやっちゃうんですよね、面倒なのに」
「そりゃねぇ……でもやりがいがあるなら俺はやるタイプだからな」
「それはもう、ご存知です」
そうでなければ態々海外に遠征してビックタイトルを取るなんて事は絶対にしないだろう、特に凱旋門からのBCクラシックなんて絶対にしない。
「……なぁ南ちゃん」
「なんでしょうか」
「偶に聞かれるんだけどさ、なんで俺と南ちゃんが付き合ってるって思われるんだろうな」
偶に邪推されるが、自分と南坂はそういう関係ではない。よくあるコミックの設定に準える事も多いが唯のトレーナーとウマ娘の関係でしかない、恋愛感情なんて物はない。確かに仲良さげに話していたり平然と隣に座り合ったりはするがその程度でそんな事まで疑われるのは二人からすれば謎だ。
「良くも悪くも遠慮がなく距離が近いから、ですかね」
「じゃあ置く?」
「しかしそうすると結構支障がありますし……」
「だよな、じゃあこのままって事で」
「そうしましょう」
邪推されるのが癪だが、それを改めようとすると別側面の問題も発生するのであっさりと却下される事になった。そんな時にランページは自分が次走に決めてるレースについての疑問を聞いた。
「そういえば有馬って海外ウマ娘っていないよな。ジャパンカップにはいるけど」
「簡単に言ってあげないでください」
それはスケジュール的な問題もあるが日本の高速バ場によって受けるダメージもある、速ければ速い程にウマ娘の脚には大きな負担が掛かる。特に日本の芝は高速バ場故にウマ娘に掛かる負担は大きい上にそれに慣れているならまだしも、慣れていない海外ウマ娘がジャパンカップから中3週で有馬記念に挑戦するというのは中々に無茶な話。
「えっ中3週ってそんなキツいの?」
「それは貴方かイクノさん位です」
中3週どころか中1週をやったランページは良く分からない、それ所か凱旋門からBCクラシックという事もやっているので彼女の言葉は全く信用がならない。ウマ娘としては異常なレベルで頑強な身体をしているランページかイクノ位だろう。
「一応国際競争ですからね、初の事になると思いますよ。ランページさんと走れる最後の機会……既に多くのウマ娘が登録しています、最早出走権の争奪戦状態だと聞いています」
同年代のライバルや後輩達も挙って名乗りを上げている年末の大舞台、一体誰がランページと走るのか、既に戦いは始まっているのである。ネイチャにイクノ、テイオー、マックイーン、パーマー、ブルボン、ライス、タンホイザ……彼女も知っている名前も多くが出走を希望している。誰もが世界最速にして世界最強のウマ娘との対決を望んでいる。
「期待されちゃうと困っちゃうねぇ……2500はギリギリだっての」
「ワールドレコード持ちが言っても説得力がないですけど実際そうですもんね」
「まあやるけどさ―――最後のレース、楽しませてもらうつもりだよ」
30戦目、自分の引退レースとなる有馬記念。どんなことになろうとも自分の全てを絞り出すつもりで出走する、それで後腐れなくトゥインクルシリーズを後にして自分の現役人生に終止符を打つ。
「南ちゃん、苦労かけたな」
「何をいまさら。どちらかと言ったら私の方がランページさんに苦労は掛けてますからね何だかんだで」
「ああっ突然シンザン鉄使わせたり合宿でタイヤ引きずらせたりな」
本当に苦労を掛けたと思いつつも突然の無茶ぶりなんかもあった、それをこなす自分も自分だが……そんな自分があるのも彼のお陰である事も分かっている、だからこそランページは南坂を抱き寄せた。
「マジで感謝してるぜ南ちゃん、アンタのお陰で今がある―――アンタに次のレースは捧げるよ」
そういうとランページはジャージの上着を掴んで部室から出ていく、その後姿を見送った後に凱旋門のトロフィーを見つめながら南坂は一つ呼吸をした。
「こちらこそ……あなたには感謝しかありませんよ」
様々な思いを乗せたまま時間は流れていく、そして時は―――次第に、次の時代へと移り変わろうとし始めた。