「姉さん、貴方はどう思ってる?」
「どう、とはどういう意味での質問かなタキちゃん」
久しぶりに帰ってきたフローラ、何だかんだで変人扱いされることがデフォとなっている彼女だが妹たちからすれば頼りになるし自慢できる姉であることに変わりはないので慕ってはいる。ただし彼女の前で不用意にランページの話題を出すこと、出たとしても深追いしない、暴走したら対応を変えるということは不文律となっている。
「私の今後の事、それとも―――ランページさんの引退のこと?」
「やれやれ、貴方は本当にあの人に関わると勘が冴え渡るな」
「愛、だからね」
「故に塩対応されてることも学習したらどうだね」
「そうだね……全く私って、なんも分からないバカだよね」
らしくない言い回しをするな、と思いながらも冷蔵庫から牛乳を出してバナナやきな粉、ヨーグルト、あと少しのニンジンをミキサーに入れて電源を入れる。ランページに教えてもらったメニューでタキオンのお気に入り、ニンジンは自分で入れたものだがなかなかいい味に仕上がる。
「あの人の引退、姉さんは容認できないんじゃないのかい」
「正直言えばできないよ、まだ一度も追いつけてもいないし迫れてもいない。そんな背中が居なくなると思うと本当に悔しいし悲しい、なんか凄い失恋した気分だよ」
「そもそもが思い合ってるわけでもなければ一方通行の片思いだろうに」
「手厳しいなぁ」
ミキサーからシェイクを出しながらコップに注ぐ、そして冷蔵庫に寄りかかりながら姉の話を聞く。
「すごい勝手だなぁと思う一方でさ、ランページさんらしいなぁとも思うの。この前さ、偶然レディセイバーさんとアメイジングダイナさんと話す機会があったんだよね、それで思い切って聞いてみたの。あの人の引退をどう思いますかって、そうしたらなんて返ってきたと思う?」
『あの人らしいですよね。全く……敵いませんよ』
『参りましたよね、私たちの気持ちはガン無視して引退ですからね。ほんと、ランページさんらしいです』
口をそろえて二人はランページらしいと答えて引退を受け入れていた、ブリーダーズカップの舞台で戦い合った二人、ランページに及ばない同着の2着。最もランページに近いとも言われる二人は現役を退くランページのそれを知らずにいたが、別段驚きはしなかった。
「如何してですかって、聞いてみたらなんというかドバイワールドカップの時に分かったんだってさ」
「ドバイでかい?」
「次戦う時が多分最後の競い合いになるんだろうなぁってそんな予感があったんだって、だからこそ二人はアメリカで自分を鍛え上げた」
そんな感覚は自分にはなかった、二人以上に魅入られていたはずの自分にはそんな予感なんてかけらも……ある意味で酷くショックを受けた言葉だった。二人は名実ともにダートの双璧としてライバルとして見られている、では自分は……なんなんだろう、二人が感じられた予感なんてわからず、唯々ランページに勝ちたいという思いのまま走り続けてきたのに……。
「単純な事さ姉さん、貴方はランページさんに憧れている面が強いのさ」
その疑問に答えたのはタキオンだった。ランページと友人として接し、今でも頻繁に連絡を取り合う対等な関係を築いている妹が答えた。
「憧れとは厄介な感情でね、肉体に大きな影響をもたらす一方で精神的にはかなりのマイナスを与えてくる。盲目、執着、固執、様々な言い方はあるが自分を見えなくするというのが一番だね」
「自分を……?」
「隣に立つ、超える。確かにそれは素晴らしいがそれらを目指しすぎるあまり足元が疎かになる、憧れは理解から最も遠い感情だったかな。ポッケの好きな漫画にあった言葉が適切だな」
自分よりもずっと年下である筈の妹が理論立てて自分に話しかけてくる、その中にある疑問の氷を少しずつ溶かすように。
「確かに姉さんほどランページさんを理解している者はいないかもしれない、だが同時に姉さん以上にランページさんに憧れている者はいない。だからこそ今、その憧れを捨てるといい、次が最後、結構じゃないか彼女の功績を考えればこのまま何もせずに引退をすることだって考えられるしそうすべきだと私も思う。だが、彼女は戦いの舞台に上がってくれたのだ、チャンスを与えてくれたんだよ。ならば姉さんはそれに挑むべきだ、一人のウマ娘として―――アグネスフローラ、ジャパンカップを制したのはランページだけかい、貴方もだろう。勝て、それが彼女に対する最高の贐だろう」
「……ハハッ、タキちゃんにそういわれちゃうなんてなぁ……お姉ちゃん、なんか寂しいなぁ……」
「ならもっと姉らしいところを見せてくれ、フライト姉さんだってそれを望むしデジタルにも誇れるような人になっておくれ」
「―――うん、そうだね」
なぜか、胸のつかえが取れたような気分になった。こんな気分はいつぶりだろうか……クラシッククラス以来かもしれない。自らの無敗を破ったランページに勝つために必死になっていたあの頃に戻ったような気分だ。
「タキちゃん」
「なんだい?」
「さっき飲んでたの私にも作ってくれないかな」
「いいとも、折角だから姉さんには私のスペシャルシェイクを飲ませてあげよう」
「やったっお姉ちゃん嬉しい♪」
そうだ、自分にとってランページは偉大過ぎる。ゆえに何か気後れというか憧れが大きすぎたといえば確かにそうだ、今度はそんな気持ちはすべて捨てよう。ジャパンカップを制した一人のウマ娘として、偉大なメジロランページを打倒するためにだけに走ることを誓う。
「さあできたよ、バナナリンゴニンジンを入れた牛乳シェイクだ」
「美味しそうだねいただきま~す!!」
妹が作ってくれたそれを飲み干すとフローラは頬を叩いて気合を入れると直ぐに外へと走り出していった。久しぶりに帰ってきたんだからゆっくりすればいいとも思うがそれが姉のやりたいことなのだからと素直に見送る。ミキサーを洗っているとフライトが姿を見せた。
「優しいわね、珍しくまともだったから?」
「それもあるねぇ……だが私は見たいんだよ、私が大好きだったランページさんに敗北しても決して折れずに勝ちに行き続けた姉さんの姿を」
それがタキオンの一番好きな姉の姿だ、少しばかり活を入れてやっただけのことなのだ……ただそれだけの事。
「さてと、そろそろ姉さんが帰ってくる頃合かな?」
「出てったばっかりじゃない」
「いやそろそろ……」
そう話していると玄関が大きな音を立てて開けられた、そちらを見ると言葉通りにフローラが居たのだが……なぜか目が光っていた。身の回りは青く発光していてフライトは思わず口を開けて呆然、タキオンは笑っていた。
「あはははっ!!予想通りの結果となったわけだねぇ!!」
「タキちゃん何飲ませたの!!?偶然お店のガラスに映ったの見たらなんかすごいことになってるんだけどぉ!!?」
「まあいいじゃないか、暗い夜道でもライトいらずで走れるよ、でも赤と青とは……ハハハハハ!!!」
「笑ってる場合じゃないでしょうがぁぁあああ!!!」
「さてと―――この状況をランページさんにも教えてあげなければ(パシャリ)」
「それだけはやめてぇぇぇぇ!!!」
「んっ?」
「如何したラン」
「いやなんかタキオンからメールが……まあ後でいいか、ンでデカい車だっけ?」
「インプもいいんだが、俺はもっとパワーがある奴が良い」
「んじゃGT-Rとかは如何よ」
「いいじゃねえいいじゃねえか!!」
「これで峠攻める人いるんだからすげぇよなぁ……」
「……俺もやる」
「えっ」