「ふぅっ……よし、こんなもんかな」
走り終えたライアンは汗を拭いながらもシューズに嵌めていた蹄鉄を外していた。外された蹄鉄は重々しい音を立てながら地面にめり込むように落ち、新しい蹄鉄を取り付ける。ランページも使っているシンザン鉄、それを彼女も使っている。ようやく8倍、まだまだ同じ所には立てずにいる。こればかりは経験値の差としか言いようがない、焦らずに自分のペースで行くしかない。
「あっライアンお疲れ、はいドリンク」
「ありがとパーマー、そっちも走り込み?」
「まあね」
メジロ家のウマ娘は基本的に繋がりが深く仲もいい、同年代であればそれはなおさら。
「ライアンは次は有馬?」
「うん、ランと走れる最後の機会だからね―――アタシも実は引退考えてたから」
「マジ!?ライアンも引退しちゃうの!?」
「でもドリームトロフィーリーグに行くってことだよ、流石に完全引退ってわけじゃないから」
それを聞いて思わずほっと胸を撫で下ろす、メジロの三冠であるライアンまでもが完全に引退したらすごい騒ぎになる。下手をしたらドリームトロフィーリーグ自体の価値が暴落してしまう恐れすらある。何せランページ主導のファイナルズとレジェンドレースは引退しても参加出来るのだから態々ドリームトロフィーリーグに進む意味がないとまで言われている。
「と、言ってもやっぱり実質的にドリームトロフィーリーグの方が上だと思うよ?だってレジェンドレースは引退したウマ娘がメインターゲットだし、ドリームトロフィーリーグはトレセンに在籍してる訳だからトレーニングとかその辺りとかも変わってくるし」
「それはまあ分からなくもないけど……そっかぁ……」
納得している彼女を尻目にライアンは質問をする、彼女だって次のレースは同じはずだと。
「パーマーも出るんでしょ?」
「そのつもり。だけどアタシ、来年は海外に挑戦するつもり」
「えっパーマーが?」
「ランに誘われたんだ、日本だと長距離のG1って少ないでしょ?アタシって大逃げのまま長距離行けるからそれだったら海外G1狙ったらどうだって言われたの、それで今準備中。来年から本格始動」
メジロ四天王の一角、パーマー。メジロ四天王として呼ばれている以上その能力は高く評価はされているものの、G1制覇にあと一歩というところに届かずにいる。パーマーの長所は長距離で出るが日本では長距離のG1は春の天皇賞、有馬記念ぐらいしかない。ならば必然的に活躍の舞台を求めて海外に行くのは自明の理。
「来年の天春をやってから……海外かな。初G1が海外だったらアタシ大笑いするかもね」
「何言ってるんだか、春の天皇賞だって勝てるかもしれないでしょ」
「マックイーンが居るから辛いんだよね~」
冗談交じりに笑っているが、その表情には強い闘争心がうかがえる。マックイーンの強さを認めながらもそれには絶対に屈しないし寧ろ飲み込んでやるという強い意志も感じ取れる。同じ逃げウマ娘として負けていられないのだろう。そんなパーマーが切り出した。
「―――ライアンはさ、ランが引退するって聞いた時どう思った?」
「ほんとに聞きたかったのはそれだなぁ?」
「アハハッ……」
「別に、遂に来たんだなぁって思っただけだよ」
特段、ライアンはランページの引退を聞いて驚きはしなかった。強いて言えば次のレースでランとトゥインクルシリーズで競えるのは最後になってしまうのかぁ……という一抹の寂しさを覚えた程度だった。
「ランはさ、私がこっち側に引き込んだみたいなもんだからランが辞めたいときに辞めてもらえばいいと思ってたの。だからその時は絶対に止めないって決めてた、区切りとしても最適だろうし」
「でもドリームトロフィーリーグにも進まずに引退って凄い思い切ってた決断よねぇ」
「それは思うよ、でもランらしい選択」
自分よりも他人を優先した選択だ、自らの伝説よりも他者が作る次の伝説を作り出すための手伝いをしたいと願った親友兼家族の選択をライアンは心から尊重している。
「実はさ、ランをトレセン学園の編入を提案したって私の我儘なんだよね」
「えっどういう事?」
「私って昔はマックイーンと自分を比べまくってさ、ああっ自分って駄目だなとか自分らしくないとかいろいろ考えてたの。それで私だけが知ってたランの凄い走りを私だけが知ってた状況だった」
ランページをトレセン学園の編入試験へお婆様に推薦したのは我儘だった。自分だけが知っている自分の何かを誰かにも知ってほしくて、それで自分も見てほしくて……でもランページと一緒の学園に通えることがうれしくなって、それがモチベーションになって一緒にトレーニング出来ることが嬉しくて走れて楽しくて、どんどん前へ前へと駆け抜け続けていた。
「それが我儘かぁ……アタシなんてメジロ家って看板重いなぁ……って思わずにはいられなかったのにそんな風に思えるのは凄いよ」
「アハハハッそうかな。だから私は走ろうと思う、ランを誘った張本人として、ランが導いてくれた三冠に胸を張れるようになるように……だからさ、パーマーもさランと一緒に走っていけばいいんだよ」
「誰かと一緒に走るか……確かに、ランとならヘリオスと一緒に走れるかもね大逃げだし!!」
そんな言葉に一緒に大笑いした。何の気兼ねもない心からの笑みだ。
「それじゃあさ、次のレースは本気で逃げるよ。ランに勝って初のG1タイトル頂いちゃうから!!」
「その意気その意気、どうせならマックイーンも私もぶっちぎってメジロ四天王筆頭名乗っちゃいなよ」
メジロから名乗りを上げるウマ娘、素直に戦いたい欲求にしたがって前を向いた。そして大きなことを願った、最高のレースが出来ますように、そんなことを思いながら二人は一緒に走り出した。そんな思いが結実する運命の国内最大のG1―――有馬記念が遂に始まる。