「こっちがオフサイドトラップ、これがジェニュインのデータです。役立ててください」
「有難いが……随分と細かくデータ化されているな、これまでの練習のデータまで」
「貴方、意外とデータ魔だったりする?」
「やれることはきっちりこなすタイプの女ってだけっすよ俺は」
アグレッサーチーム・ネメシスから無事卒業生を出すことに成功したランページ。理事長が望んだとおりのアグレッサーの立ち回りが出来ていると言っていいだろう、その最中に自分が見ていた彼女たちのデータをスカウトしたトレーナーへと譲渡する。その内容は黒沼や東条から見ても中々な物。
「俺としてはおハナさんがトラップじゃなくてジェインをスカウトしたことですかね」
「オフサイドトラップを考えなかったわけではないわ、だけどあの子は今年メイクデビューをするわ。そうなると私が彼女を知る時間は限られるし、チームを率いる身としては彼女に集中しすぎる事も出来ない。それならほぼ力が互角と言ってもいいデビュー1年前の彼女を選ぶわ」
「納得の理由だな。だが、俺はあいつが気に入ったからスカウトする。ブルボンとは逆のタイプだから良い刺激にもなるし自分をコントロールできるという意味では似通っている。俺向きのウマ娘だ」
おハナさんがスカウトしたのはジェニュイン。史実ではサンデーサイレンスの初年度産駒で有数の高い評価を受けていた、そんなジェニュインだが同じくサンデーサイレンス産駒のフジキセキが皐月賞を前にして故障してしまい、その代わりに三連勝で皐月に来た自分を買えと言わんばかりにジェニュインが登場。見事に皐月賞を制す。そのまま三冠馬の期待をされるのだが、ダービーでは同じくサンデーサイレンス産駒のタヤスツヨシの2着となる。そしてオークスでは同じ父を持つダンスパートナーが優勝した事で皐月、ダービー、オークスをサンデーサイレンス産駒が独占し競馬ファンに衝撃を与えた。
黒沼がスカウトしたのはオフサイドトラップ。トニービンを父に持つ良血馬で馬体もよく高い評価を受け、皐月賞のトライアルの若葉ステークスでも勝利を収めるのだが……不運なことに同期にはシャドーロールの怪物、ナリタブライアンがいた。敗北を重ねる中で屈腱炎を発症、休養と再発を繰り返しながらも調教師と厩舎が一丸となってのリハビリを続けた、そして8歳*1で史上初となる天皇賞(秋)を制覇する。その勝利は、サイレンススズカの沈黙の日曜日となったレースではあったが、屈腱炎との長い長い戦いを克服した厩舎スタッフ一同の努力と執念の賜物の勝利だったのは疑いようのない事実。
「一応言っとくとジェニュインは神経質な所あるから気ぃ付けてくれ、まあ今はオンオフのやり方を覚えて少しはマシになったけど……サンデーさんの目の届かない場所だとどうなる事やら」
「わかったわ、まだ時間はあるからじっくりと見させてもらうわ」
「トラップは少し脚部に不安があったな、基礎をやらせ続ける方向をお勧めしとく。だが能力自体がお墨付きだ」
「成程な、育て甲斐があっていいじゃないか」
一方はこれからゆっくりと見ていきながら方針を立てることを決め、一方は脚部不安だと言われても特に気にはせずにトレーナーとしての闘志を燃やしている。アグレッサーのチーフとしては役目は果たせたかな、と思いつつも次のレースのセッティングを開始させる。
「あ~あ、出遅れが痛かったなぁ」
「なんだ逃したのか変態」
「だからやめろって、先約があるって言われちってさ。まあいいさ、次に期待ってところだ」
どうやら沖野は目当てのウマ娘をスカウト出来なかったらしい、まあ明らかに出遅れていたしこればっかりは致し方ないという他無いだろう。兎も角次のウマ娘を呼んでレースの準備をさせていると自分に歩み寄ってくるウマ娘がいた。それはよく知っている顔だった。
「お、お姉様お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「よっ来てたのか」
そこにいたのはメジロの妹、ドーベルとブライトだった。今年からの新入生、これから彼女たちの競争ウマ娘としての人生は幕を開ける。
「それにしても、ランページお姉様のスーツ姿凛々しいですわぁ~ドラマで見ましたやり手のキャリアウーマンといった感じですぅ」
「はっきり女っ気がないって言ってもいいんだぜ、その位は自覚してるから」
「そんなことないですって!!お姉様は女性としての魅力もたっぷりです!!」
世辞ではなく本気でそう言ってくれるのは嬉しいのだが、喜んでいいのか正直言って微妙なところなのは否定出来ないランページであった。
「私はカノープスに入ろうと思うんです、お姉様の下で色々と勉強したいんです!!」
「私は色んなところを見て決めようと思ってますの~トレセン学園には、色んな方がおりますしその方々と交流を深めてから決めても、良いかと思ってます」
ドーベルはカノープス希望、というよりもランページに色々と教わりたいというのが本音なのだろう。一方のブライトは即決はせずに様々なことを経験してから決めたいというのんびり屋らしい彼女らしい言葉だが、その意見はかなり正しい。自分を慕ってくれるのは嬉しいが、出来ればブライトのような余裕も持ってほしいなと思うのであった。
「あっそうだ、ランページお姉様にぜひ会いたいっていうクラスメイトも連れて来たんです」
「俺にって誰が会いに来てももう驚く気はねぇけどな」
「ほわぁっお姉様の交友は、とても広いですものね~」
「勘弁してほしいという思う時が多いんだけどねぇ」
世話になったボディガードの上司にあってほしいと言われて大統領に連絡先を交換してしまったぐらいだからもう並大抵のことでは驚かなくなっている自分が居る。逆に誰だったら驚けるのだろうかと真剣に悩むときがある、もう武さん位しかいない気がする。そんなクラスメイトはいったい誰なのかと思っていたらある意味で納得の人選だった。
「サイレンススズカです……は、初めまして」
「こちらこそ。貴方の記憶にワールドレコードで生涯無敗な独裁暴君のメジロランページです」
クラスメイトの時点でドーベルの同期である事は分かっていた。そしてわざわざ自分に会いたいからとなると脚質関係も想像出来たので予想は簡単だった。
最速の機能美、異次元の逃亡者。サイレンススズカ。大逃げといえばこの馬かツインターボを上げるファンも多い事だろう。その強さはグラスワンダーとエルコンドルパサーという実力馬を同時に相手にして影さえ踏ませぬ快速で毎日王冠を制し、伝説のG2レースとして語り継がれることになった。そして―――天皇賞(秋)、限界までカメラを引かなければ映せないほどの大逃げを打ったサイレンススズカは大欅を超えた所で故障をしてしまった。余りにも衝撃故に、この日を沈黙の日曜日と言われるようになった。だが、その悲劇的な最後以上に美しくも激しい大逃げで人々の記憶に焼き付いた名馬である事には違いはない。
「あ、あの是非お聞きしたい事があるんです」
「俺に聞きたいこと?次の配信の日程?」
「あっそれは是非……じゃなくて、いやそれも気にはなるんですけど……」
スズカもリスナーだったのか……と思う一方で彼女は真剣な顔で尋ねたかった事を尋ねた。
「ランページさんが見た先頭の景色って、どんなものだったんでしょうか……?」
思わず腑に落ちた。確かにこれはスズカにとって聞いてみたい事だろう。先頭の景色を味わうのを好むスズカらしい質問だ、彼女にとってはまだ本格的なレースはまだだが走る上で先頭の景色は味わってきたことだろう。だが世界を渡り歩いて見つめてきた先頭の景色はどんなものなのだろう、日本とは全く違うものが広がっているのではないだろうか、どんな気分になるのだろうかという好奇心を抑えられない、というのが耳としっぽの動きから伝わってくる。
「教えてやってもいいけど、どうせなら自分で見たくはないかその景色」
「自分で、ですか?」
「今ここで俺が話してやってもいいが、それだと楽しみがないだろ。トゥインクルシリーズで先頭を勝ち取って得られる先頭の感動と余韻、そして世界戦で得られる高揚感を自分で感じてこそだと思わない?そして、俺は俺自身の魂と技術を教えるためにトレーナーになった」
その言葉にスズカはより一層瞳を輝かせながらランページを見た。そんな彼女を撫でながら言う。
「その気があるなら来ればいい、俺の全てを教えてやる―――俺のチームでな」
「チームって……もしかして」
「おっとお前さんらにとっては未来の出来事、だったな。時が来たら、な?」
まるで誤魔化すようにウィンクをするが、その話を聞いたスズカはキラキラとした表情を浮かべていた。さて未来のことを考えてもしょうがない、なので今の事をしよう。
「さあ次のレースを始めるぞ、位置に付け~!!」