メジロランページは基本的に多忙である。アグレッサーの統括チーフというので忙しいというのもあるが自身が提唱、発案したURAファイナルズとレジェンドレースの設立という重大な使命があるために日々を忙しく過ごしている。そのうえカノープスのサブトレーナーも兼ねているので周囲から見たら多忙の極みなのでは……という見られ方もするのだが、実はそこまででもない。
「その方面でも議題として提出しましょうか」
「ですね。それでは―――サインください!!」
「やっぱ来たか」
地方トレセンに赴けばやる事の方針はそちらで纏めてくれているうえに内容もいいのであまり手を加える必要もない。なので基本は中央と地方の中継役としてランページが存在する、中央は気に喰わないけどランページほどのお方の提案を無下に出来ないというのが素直な感想。何せランページの影響で現在ではダートレースも芝と同じ程に盛り上がりを見せているので地方経済も活性化している。
「ああそうだ、この後のお食事なんですが実はウチの生徒たちが学園でとれた野菜や近くの牧場からいただいたお肉などを使ったモツ鍋をご用意してるんですよ」
「おっもつ鍋とはまたいいですねぇ~あ~酒欲しいけど遠慮しねぇと……インプでこなきゃ良かったか……」
「ではお土産に……この、近所の酒屋で一番の売れ筋のウマ仕込み大吟醸聖蹄を!!」
「サイン、なんぼでも書きましょう」
レースが盛り上げれば必然的に終わり際に近くのお店で飲み食いをする、遠くから来たお客さんは地元民位にしか知られていない名産品の商品を買う。それが普及され更に買いに来るお客さんが増える、その人がレースを見るという循環が生まれているのである。まさかたった一人でここまで経済を動かしているなんてランページも思ってもいないことだろう。
「どうせなら、希望者募って模擬レースでもやりましょうか」
「えっ宜しいのですか!?」
「こんな上物貰っておいて何もしない方が失礼ですわ、一応勝負服は持参してるんで」
「お願いします!!」
「ちぃ~っす」
そんな日々を送りながらもカノープスのサブトレーナーとしての業務もあるランページ。サブトレーナーは佐々田もいるが彼も彼で新人トレーナーの枠は出ないのでやはりメインで回しているのは南坂。そんなところに帰ってきたランページは気合を入れて走り込みをしているチケットの姿を見る事になる。
「気合入ってんなぁ~チケットの奴」
「ええ。弥生賞ではいい結果を出せましたからね、次はいよいよ皐月賞です」
気合を入れて走り続けているチケット、彼女もクラシッククラスを既に戦い始めている。クラシック三冠路線の皐月賞のトライアルである弥生賞ではなかなかの走りを見せてくれた。これは次の皐月は期待も持てる。南坂もいい結果が見込めると期待している模様。
「つっても、タイシンもハヤヒデも気合入れてんだからそう簡単にはいかねぇと思うぜ」
「それはチケットさんも承知の上だと思いますよ、あの二人と最高のクラシック戦線を戦いたいとおっしゃってましたから」
「ご立派なご意見過ぎて、俺ちゃん少し泣いちゃうよ」
次の主役とも言えるチケット、目標としているダービーの制覇にも向かって勢いをつけるためにも皐月賞ではいい結果を出したい筈。自分も力になってやりたいところだが……こういう時は忙しい自分の身の上が極めて恨めしくなる。付け加えるならばそれだけではない。
「ライスの天皇賞も近いってのに……」
皐月が近いという事は春の天皇賞も近いという事になる、しかも今回もメンツが半端ない。連覇を狙いながらも大阪のリベンジを目論むテイオー、メジロ家として天皇賞の制覇を狙うマックイーン、この二人だけでも相当に厄介なのに更にG1勝利を目指すパーマーにタンホイザ、イクノにネイチャ、そして長距離を完全に克服したサイボーグのブルボンまでもが乗り込んでくる。今年のシニアは極めて地獄と言ってもいいだろう。
「いやぁ……乱世乱世、マジでやべぇ面子しかいねぇでやぁ~んの」
「その面子の中で筆頭だった人が良く言いますねぇ……」
「つっても俺はラストラン位じゃん、その前は海外だったしそれこそシニア初年ぐらいだよ」
そんな言葉を漏らしながらもハーブシガーに火をつける彼女を見る南坂、そう言えば何か懐かしさを覚えると思ったら彼女が来ているのは普段のスーツ姿じゃなくて何時もの勝負服だった。
「勝負服という事は走ってこられたので?」
「あっいけね、着替えてねぇな……まあいいや久しぶりに揉んでやるとするか」
先程までは誰かを育てるトレーナーとしての顔だったのに、一瞬で走る事に喜びと生き甲斐を感じるウマ娘としての顔へと変貌する。ウマ娘と共に走るトレーナー、正しくそれを体現する姿こそが彼女なのだ。
「チケゾー皐月賞前に俺と走って見るか、俺を抜ければ間違いなく世界一だぞ~」
「あっランページさん!!やった走ってもらえるんですか!!?というか勝負服も着てるし、やばっアタシも着てこなきゃ!!」
「お、お姉様ライスも……勝負服着てくるね!!」
「あっランと走るの!?ターボも~!!」
ランが走ると分かるとカノープスのメンバーが次々と勝負服を取りに行ってしまった、残ったのはまだデビューしていないメンバーだけ。勝負服を用いる以上G1レースと同じ気構えで行うという事なのだろうから、まだデビューもしていなければ勝負服すらない自分たちはその資格はないと自重してくれたのかもしれない。
「どうせならカノープス加入希望の模擬レースもやっちまう?ドーベルとか入りたがってるだろうし」
「どちらかといえばランページさんに教わりたいといった感じですけどね、貴方のチームが出来たら普通に抜けそうな感じがします」
「ああやっぱりまずい?」
「いえ、意欲的なのはいい事です」
この後行われた模擬レースは模擬レースとは思えないほどのギャラリーが集った。東条、黒沼、沖野といったトップトレーナーがチームを率いて見に来て最強の走りを目に焼き付けろと言わんばかりにカメラなどを回したりしていた。出走ウマ娘もG1クラスばかりなので内容はとても模擬レースと言えぬほどのものだった。そして結果は―――
「……やっぱ普通に現役続けられたじゃねえか」
「全然変わってないわね……」
「目指し甲斐があるな」
ランページが全員をぶっちぎっての堂々たる1位。世界最速にして最強は、引退しても衰え知らず。
「まだ引退して何年もしてねぇんだから当たり前だけどな」