「さあ、ギアを上げるか!!」
ターフを駆ける風が如く大地を疾駆するウマ娘、文字通り最速の名を体現するかのような走りにその光景を見学していたウマ娘たちは驚いていた。こんな走りができるのか、もしかしたら自分たちだってあんな風に走れるんじゃないか、あの人の下で学べば……そんな思いを次々に抱かせるには十分すぎるほどに環境は整っている。真に望むならば来るがいいと言わんばかりに門は開けられている。あとは自分の気持ち次第。
「少しばかりコーナーが苦手みたいだな、改善メニューを組んでみよう」
「あっありがとうございます!!」
「お前さんはちょっとペースが速いな、先行が無理して前に出すぎんな。周りを利用、風よけありがとさんみたいな気持ちでいいんだぜ」
「いやぁ中々いい風よけがなかったもんで。ほらっ私ってば胸とお尻おっきいですから」
『妬ましい……!!』
走っていたのはランページ、ネメシスの統括チーフと言えど彼女自身が走らないという訳ではない。基本的に教導はサンデーサイレンスに任せてはいるが偶には自分も走る。だが走りながらもメンバーの走りは逐一チェックしていた。流石に全力での大逃げではなく幻惑逃げを使ってではあるが。
「ンで……お前さんは何でスカウト受けられなかったんだ?ってレベルで完成度高いな、マジでなんで?」
「それが分かったら苦労しませんって……同期があれだからですかね」
「俺からしたらお前もあれな部類だと思うけどなぁ……バブル」
ネメシスには何故スカウトを受けられなかった?と思うようなウマ娘も多い、スカウトはそれこそ見定めるトレーナーの能力次第なところもあるのであとは時の運としか言いようがないので致し方ない部分もあるのだが……特にこのウマ娘、バブルガムフェローがスカウトされなかったことが不思議でならなかった。
俗にいう96世代のサンデー四天王の一角とされたのがバブルガムフェロー。3歳最優秀牡馬受賞する程の名馬ではあったが、スプリングステークス後に故障が発覚し半年間の休養を余儀なくされダービー出走を断念せざるを得なかった。だが全治6ヶ月の悔しさ、渇望がエネルギーへと化けた。敢えて菊花賞ではなく古馬も参加する天皇賞(秋)を選択、有力馬も多い中で1937年のハツピーマイト以来となる59年ぶりの旧4歳馬として優勝を成し遂げた。
現3歳馬で天皇賞(秋)を制したのは現在シンボリクリスエス(2002年)、エフフォーリア(2021年)、イクイノックス(2022年)を含めて僅か5頭である。
「まあお前さんの世代は充実してるしな、エアグルーヴも同じだし」
「彼女は関係ないと思いますけどね、直ぐにカノープスに入りましたし」
バブルの世代はエアグルーヴにフサイチコンコルド、ダンスインザダーク、ファイトガリバーなどなど有力ウマ娘が多い。そう言われたら無理矢理にでも納得は出来そうな気もしなくはないのだが……それでもバブルのスカウトがないのは理解し難い。
「まあ次の模擬レースで来るだろ、来なかったら節穴過ぎるわ此処のトレーナーども」
「言いますねぇ……」
「なんだったら俺がスカウトするぞ」
「マジですか!?」
「その位ってことだ、自信持って走れ」
背中を叩きながらもターフを出る、後ろではバブルが昂りを必死に抑えながらも喜びを滲みださせているのが分かった。そんなバブルをチームメンバーが祝福したり負けない!!とやる気を燃やしたりと様々だ。何だかんだでネメシスのチームメンバーの絆は中々に強い、一度は呆れたり地獄を見たが故に皆必死に練習に取り組むし何より真面目だ。
「なんだもう走らねぇのか、つまらねぇな。今度は俺と走って貰おうとしたのに」
「勘弁してくれ、アンタとやるなんて御免被る。それこそネメシスの練習時間が取れなくなるぐらいのギャラリーが殺到しやがるぞ」
「あ~そりゃアウトだな」
サンデー個人としての事を言わせて貰えばランページとガチのレースをしたい気持ちはある。最速にして最強と言われるウマ娘が目の前にいるのだ、走りたくないウマ娘がいないわけがない。自分だってアメリカで名を馳せたウマ娘の一人だ、そしてあのセクレタリアト御大に世話になった身―――トレーナーの担当だ、負けるわけがないという確信もあるのだが……ネメシスの運営の邪魔になるならば無理強いは出来ない。
「つうかよ、お前天皇賞行かなかったのか。一応サブトレーナーだろカノープスの、一応」
「一応つけるな一応って。そもそもカノープスには佐々田ちゃんってサブトレが元々付いてんだから問題はねぇよ」
「あ~あの凡人寄りのあいつか」
「なんて失礼なことを……」
「事実だろ」
今日は天皇賞(春)の実施日。カノープスからも多くのウマ娘が出走登録を行っている、だがランページはそれに同行はしなかった。統括チーフとしての仕事があるのもそうだが、自分が必要ないと感じたからだ。
「誰が勝つと思うよ」
「ライス」
「おめぇ……こちとら真面目に聞いてんだぞ、あのお米ちゃん溺愛してんのは知ってるけどよ」
「これでも真面目に言ったつもりだぞ俺は」
「勝つさライスが」
ランページの瞳には一切の淀みが無かった。妹の勝利を信じて疑わない姉の姿がそこにあった。
「アンタの教導を受けた上でシンザン鉄で精神面を鍛えるぐらいにガッツがあるんだぜ、精神面に肉体が追いつき始めたらライスはテイオーに並び立てるポテンシャルを発揮する」
「それは否定しねぇな、あのお米ちゃんは精神面が肉体を引っ張るタイプだ。だが逆に言うとそれはリミッターを意図的に解除しちまうって事に繋がる、無理しすぎって奴だ」
ライス最大の長所はスイッチが入った際の精神的な強さ、それによって肉体がどんどん引っ張られていく。だがそれは逆に言えば肉体が悲鳴を上げやすい弱点でもある、だからこそサンデーが課したメニューは身体を更に強固にするメニューだった。基礎を重要視するカノープスとは親和性が高く、これによってライスは精神によって引き出せる力がどんどん増していった。
「だが他の奴らだっていい脚してる奴らばっかりだ、お米ちゃんがどこまでやれるか」
「さてね。俺はライスを信じるだけだ―――はぁっもう時間か、悪いサンデー時間になっちまったわ」
「今日もファイナルズ設立のために奔走か、ご苦労なこったな」
「後は任せる、今度GT-R巡り付き合うから」
「その言葉忘れんなよ~」
そう言いながらもランページを見送るサンデー。統括チーフとしてしっかりと仕事をしているので自分とは文句はないし自分のやるべきことをやっているからこそなので寧ろ褒めるべきだと思っている。あとは教導担当の自分の仕事だと思いながらスマホで天皇賞の結果でも見ようと思いながら漁ってみると―――
「おいおいおい、マジか」
漆黒のステイヤー・ライスシャワー。天皇賞(春)制覇。そうでかでかと書かれたニュース記事があった。二着にはメジロマックイーン、三着にはイクノディクタス、四着にはトウカイテイオー、五着にマチカネタンホイザ。二着から四着まではクビ差とハナ差ばかりで大接戦だったにも拘らず、一着のライスと二着のマックイーンとは4バ身差があった。そしてタイムは……3:15.7。テイオーが叩き出した3:17.5を越えたレコードタイムで駆け抜けていた。
「こりゃ……更に化けるなあのお米ちゃん」
尚この数年後、マヤノトップガンが叩き出したタイムはこのライスが出したタイムよりも速い3:14.4である。