貴方の強さは私が知っている。   作:魔女っ子アルト姫

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297話

「お待たせしました、待ちました?」

「いや、さっき来た所だ気にすんな」

 

日も落ちて、光が暗闇を照らす時間帯。店舗はそれぞれ光を放って客を呼び込む、そんな中で主張し過ぎず謙遜し過ぎない優し気な灯りを灯す居酒屋にその二人の姿が確認できた。二人はトレーナー、中央のトレーナー。今日は二人っきりで飲もうという事で東条や沖野トレーナー行きつけのバーではなく、肩肘張り過ぎない居酒屋で合流した。席に着くと二人は日本酒で乾杯した。南坂とメジロランページ、二人っきり飲み会だ。

 

「くぅっ~沁みるなぁ……」

「ええっ最高です」

「春巻きと竜田揚げ、ジャガイモの照り焼きにピーマンとつくね」

「私はチキン南蛮と焼き飯をお願いします」

「畏まりました」

 

それぞれが注文を済ませて二口目に入ってから男、南坂が口を開く。

 

「良いお店を知ってましたね」

「俺も驚いたよ、スーちゃんに教えて貰ったんだよ。偶に来てんだと」

「スピードシンボリさんが、ですか」

「ええ。大奥様には御贔屓頂いてます、お二人もぜひ」

 

あのスピードシンボリ御大が通っているとは驚きだ、実に庶民的な店だが節々に高級店の雰囲気を感じさせるのはそういう事なのだろうかと思いながらも日本酒を含む。

 

「しかし教え子と飲む機会がこんなにも早く訪れるとは思いませんでしたよ」

「そんだけ俺の引退が早かったって事だな、まあ俺からしたら気兼ねなく酒をやれるから万々歳だ」

「その言い方だと昔から飲んでたように聞こえますが……」

「飲む金があったら生活費に回したよ」

「ですよね」

 

そんな軽めの雑談を交えながら酒は進んでいく、次第に注文した料理がやってきてそれを肴にしながら酒も飲む。

 

「それで今日はお互いの苦労を労う単純な飲み会と捉えても宜しいので?」

「ああ好きに飲んでくれ、全部俺が持つから」

「流石に自分の始末位は自分で持ちますよ、まだ教え子に奢られるほど困ってませんよ」

「ご立派だねぇ……あの変態なら普通に喜んでご相伴に預かると思うぜ」

「否定しづらいのがなんとも……」

 

ランページからすれば頼ってくれても全く問題はないし現役時代はさんざん世話になったしこれからもお世話になる身の上なのだから、まあ大人としての見栄というのもあるだろうから無理強いはしないでおく。そもそも自分はウマ娘なんだから普通の人の数倍は食べるのは決定している、料金は高くなるのは目に見えている。

 

「まあ労いの席で仕事の話するのも野暮ったいって話よ」

「問題ないと思いますよ、寧ろこういった場所でこそ仕事場で話せない事を発散しつつ解決の糸口を探るのは社会人の処世術の一つです」

「ハッそうかい、なら南ちゃんには悪いけど新人トレーナーの愚痴の一つでも聞いて貰おうかな」

「付き合いましょう、大将さん日本酒の追加をお願いします」

「畏まりました」

 

春巻きを食べながらも本題を切り出す、聞いて貰うのも悪いと思ったがそういってくれるなら遠慮なく話すとする。

 

「俺ってさ、一応トレーナーだろ。サブトレーナーって立場だけど」

「ええ、そうですね」

「その場合の俺ってさ、担当を取る事って出来るのかね?」

「それはランページさんが専属の契約を結ぶという意味合いで宜しいので?」

 

頷く、それを聞いて南坂は少しだけ考えるように顎に指をやりつつもチキン南蛮を食べる。それを酒で流し込みつつも答える。

 

「規則上問題はありませんね、サブトレーナー自体も経験不足による契約拒否を改善するために考案されたやり方の一つですしランページさんほどの方なら専属契約を結びたいという方は多いでしょう。その場合はカノープスの所属でもなければネメシスの所属でもない、ランページさんの担当ウマ娘という事になりますね」

「ああやっぱりそういう扱い」

「ええ、理事長も賛成してくれると思いますよ。そもそもあの方はランページさんに早めにチームを持たせてあげたいと思ってるぐらいですし」

 

トレーナーは慢性的に不足している。特に経験豊富なトレーナーは常に募集状態で多くのウマ娘を担当してもらいたいというのがトレセン学園の運営側の意見。が、チームを持つというのは良くも悪くも責任も重くなるので中々引き受けてくれるトレーナーはいない。

 

「しかし、ランページさんは既にウチのサブトレーナーにネメシスのチーフです。負担が大き過ぎませんか、それにファイナルズの設立もありますし」

「あ~ファイナルズの方は取り合えず目途はついたんだ。後はURAが無駄にゴネなきゃ問題はない、ゴネたら俺が絞めるけどな」

 

帯広、門別、盛岡、水沢、浦和、船橋、大井、川崎、金沢、笠松、名古屋、園田、姫路、高知、佐賀。地方に点在する15のトレセンとは既に連携は取れている、後は予選レースのスケジュールの調整と中央との連携のみ。問題はそこなのだが……URAが変に強気になったり上から目を言わなければ問題はない、まあそんなことになったら自分が配信でURAを叩くだけなのだが。

 

「シンプルにさ、俺がそのウマ娘を育てていいのかねぇ……って思っちまったんだよ」

「そんなに素質を感じたんですか?」

「ああ、正しく金の卵ってやつ?だけどそれを俺が育てちまっていいのかなって戸惑いもある、俺は新人だしOK出してくれるかも分からないってのもあるが他の、おハナさんに沖ノッチ、黒沼の伯父貴とかそれこそ南ちゃんが育てた方が良いんじゃねえのって気がする。何せトレーナーは担当するウマ娘の人生を背負うんだ」

 

トレーナーはウマ娘の運命を背負う、人生を賭して挑む世界を走る舞台の半身となって共に駆け抜けていく。活かすも殺すもトレーナー次第、トレーナーが誤ったトレーニングや判断を下せばそれはダイレクトに担当の人生に影響を与えていくのだ。それを今度は自分が下していく、しかも自分がそうしようとしている相手は―――

 

「関係ないと思いますよ」

「……はい?」

 

思わず、つくねを詰めた生ピーマンをかじる手が止めて聞き返せばそこには何時ものように優男の微笑みがあった。

 

「究極的に言ってしまえばウマ娘とトレーナー関係というのは二人三脚です、どんなに頑張っても歩調は崩れてしまう。ですがその度に立ち止まって調整する事は出来る。掛け声を決めて、タイミングの計り具合を共有して、ともに練習を積んでいけば過ちが起きる可能性を極めてゼロに近づけていく事は誰にだって出来るんです。それが出来るか否かが良いトレーナーとそうでないトレーナーの差、だと私は考えます」

「その為に、俺にあんな鬼みてぇなメニューをぶつけたと?」

「はい。あの程度であなたは絶対に転ばないと分かってましたから」

 

参考になるようでならない意見だ、彼の場合はその見極めが抜群に上手いんだ。だからこそ自分のメニューもあそこまで組めた、だが思えば自分もそんな彼のメニューに文句こそはつけたが疑いはしなかった。そのメニューにきっと効果がある、意味があると分かっていたからこそあそこまで真剣に取りくんでいた。今度はそれを自分のペースでやるべきだと言われた気がした。

 

「……悪いな南ちゃん、分かり切ったことを聞いた気がする」

「基本は大事ですよ、カノープスはそういう方針ですし」

「だな……誘おうと思ってたのは新入生だし気長にやる……という手もあるか」

「おやっ新入生とは、手が早いですね」

「変態みたいな言い方しないでくれ、極めて不愉快だ」

「これは失敬。大将、お詫びの印に良いお酒を彼女に」

「では、此処で切り口を変えて焼酎などは如何でしょうか。黒霧島がございますよ」

「よしそれで手を打った」

 

そのまま二人だけの飲み会は続けられた、気付けばランページに迷いはなかった。

 

「決めた、やりたいようにやるぜ俺は。トレーナーも」

「それが一番らしいですよ」

 

盃をぶつけ合った時になった音は、まるで二人の関係を示すかのように澄んでいた。

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