「やっぱりスピードが優れてんなぁ……そのうえで加速もある、だからこそ基礎を確りさせないといけない訳だから……」
スズカの初のメニューを見たランページはそのデータを基にして新しいトレーニングメニューを組んでいた。ネメシスのそれと違ってスズカに合った専用のものを組まなければいけないが、それを行いながらも改めて彼女の能力の高さなどに感服していた。
「(たった数歩でギアチェンジが完全に済んでんだからとんでもねぇ、これから得られる大逃げは誰にも影を踏ませることもなく走り切れるって訳だ……)」
だが同時にスズカの脚には相応の負担が掛かっている筈、ゆっくりと加速する筈なのに文字通り一瞬で高速度領域に突入してしまう訳になる。ターボも同じように見えるだろうが、ターボはピッチ走法で相応に地面を蹴って加速しているので全く違う。ある程度の方針を固めこそしたが同時に訪れるであろう柵の予感も感じていた。周囲の目線ではない、スズカはまったく気にしていないしいざという時は自分が盾になればいい。問題は―――
「こっちだな」
「はい、ご認識の通りです」
デスクの上に置かれた資料、そこにあるのはエアグルーヴとメジロドーベルの名前があった。それを差し出したのは南坂、背後には沖野と東条がいた。
「見せて貰ったぜあれがお前がスカウトしたウマ娘か、いやぁ実に惜しかったなぁ……俺もスカウトしたかった」
「まだ簡単な部分しか見ていないけど素質の原石を感じたわね。よくもあんな子を見つけられたわね?」
2人して自分を褒めに掛かる、が自分からしたら何とも言い難い気まずさを覚える。本来ならばこの二人のチームに在籍していたであろう存在を自分がズルして取ったような物、だが顔に出すわけにはいかないので愛想笑いで凌いでおく。彼女が自分に担当になったのは事実なのだから自分はそれに徹して彼女と歩む道を選ぶしかない。
「ンで何のお誘い、南ちゃんに沖ノッチにおハナさん揃い踏みで」
「えっ俺そんな呼び名なん……?」
「あらいいじゃない、変態マッサージ師より余程まともよ」
「確かに」
「うぉぉっ……」
「飲み会のお誘いです。まあお二人が聞きたいことがあるそうなのでそれを踏まえて、でしょうか」
仕事は片づけてあるし断る余裕なんてない、資料を纏めてからデスクに突っ込んでおいてから三人の後に続く。黒沼は誘わなくていいのかと尋ねると、彼は先に席を取っておいてくれているとの事。それに納得しつつも居酒屋に向かう、そこは以前南坂と飲んだ店。紹介したところ気に入った上に値段も良心的なのでここで飲む事にしたらしい。
「ホント良い店知ってたよな、バーもいいけどこういう所で飲むの好きなんだよな」
「お前の場合はツケが利くからだろ、ウマ娘に使うのもいいがテメェの為に使うのも忘れるな」
「そ、それを言わないでくれよろっぺいさん」
「むさかだ」
店に入ってテーブル席に着くと席取りをしていた黒沼と共に六平トレーナーの姿もあった。如何やら同じころの仕事が終わったらしいので誘ってみたとの事。取り合えず人数分の酒を注文して舌の動きを滑らかにしておく。
「ンでよ聞きたいことがあるんだよ」
「如何してエアグルーヴやドーベルを担当にしなかったのか、だろどうせ」
「流石に分かるわよね」
「態々資料を置いてくれればね」
担当を取る事は別段悪くはない。だがそれならば同じメジロ家として家族であるドーベルでも悪くは無い筈、同じカノープスのメンバーでありスズカよりも付き合いもあるし練習を見ていたエアグルーヴならばその実力も分かっているし初めての担当としては適切ではないのか?という疑問がトレーナー陣にはあったらしい。
「俺も恐らくだが新入生から取るにしてもドーベルを取るだろうな、前々から知ってるならやりようも楽だからな。チーズ揚げと手羽先を頼む」
「私も同感ね、チームとして面倒を見たことがあるならやりやすいわ。そうね、あらっいいのがあるじゃない。ホッケと明太子の大葉揚げをお願い」
「それでは私は厚焼きベーコンを、六平さんは如何なさいます?」
「そうだな……きゅうりの浅漬けとレンコンのはさみ揚げだな」
「あっ俺は牛すじ煮込みとジャガイモの煮っころがし、あと生ピーマンとつくねね」
それぞれが注文をし終えたところでランページは質問に答える事にした。
「単純すぎる理由だよ。あの二人は俺を憧憬の目で見過ぎてる」
「いやそれは当然なんじゃねえの、それにそれはそれでいい気がするけどな……憧れの存在に教えて貰えるなんてシンプルにモチベだって鰻登りだろ」
「私もそう思うけど……」
珍しく東条も沖野の意見に賛同していた。ウマ娘を指導する身として一番何が大切何かといえばどうやってモチベーション維持させるという事、大半のウマ娘はレースで走る事や活躍することに起因するので上手い事レースに絡める事を考えたりするが、ランページが教えるだけでそれが無くなる事はかなり良いと思う。そんな二人と対照的に六平は納得したように日本酒を呷り、黒沼は労うように酌をしてやった。
「二人の意見は間違ってはいねぇが正しくもない」
「同感だ。モチベーションの維持は重要だが、ランページの場合はそれが行き過ぎる事にもなりえる」
「あっ……そういう事ね」
「……ああっ成程、そうか」
「そゆこと」
直ぐに二人も理解したようだった。ランページに指導される事は憧れている者からすれば至上の喜びになる事だろう、当然エアグルーヴにドーベルだって心の底から喜ぶだろうし張り切るに決まっている。が、それがマズイのだ。
「下手すりゃ俺以外の意見なんて聞き入れないだろうし必要以上に力んじまう、加えて俺の周りなんてうるさい奴らが付きまとう。エアグルーヴとドーベルはそれに対しても負けないように必要以上に気を張るのが目に見えてる。そうなったら如何なる、精神的に直ぐに破裂してアボン」
憧れてくれる事は嬉しいが、あの二人は流石にそれが強すぎる。なので最初の担当として見た場合はマイナスの要素が強すぎてしまって自分で自分を苦しめてしまうのが目に見えている。だからこそ二人をスカウトから外してスズカを取ったというのもある。
「サイレンススズカっつった、その子だってお前さんに憧れてる点じゃ同じだと思うが違うのか?」
「それは私も思ったわね」
「恐らく違うと思います」
南坂が答える。
「私の私見ですがスズカさんはお二人とは違った視点を持っているのではないのでしょうか」
「その心は?」
「元トレーナーの勘です」
「勘かよ、まあ正解だよ」
スズカが目指しているのは誰も見たことがないような先頭の景色、つまり自分を超えた先にある景色を見たいという事。自分に憧れてはいるが、それはエアグルーヴやドーベルよりもずっと小さな憧れで超えるべき対象という認識。
「つまり、あの二人からすればお前はある種の崇拝の対象でスズカにとってはお前は超えるべきウマ娘って差があったわけか」
「崇拝の対象って言い方がなんか嫌だけどそういう事だよ」
「成程ね……確かにそういわれるとあの二人を取ったとしても貴方の名を汚さないウマ娘になるという目標を掲げるでしょうね」
「超えようとはしない訳か……」
「そう考えるとドーベルさんはカノープスで見た方がいいでしょうか」
「さあな、その辺りは本人に任せるべきだろうよ」
トレーナーが理解するランページの意図。過ぎた憧れは自分を殺す、遠回しにそういわれたような気分だった。憧れを一身に受ける彼女だからこそ言える言葉、そしてそれを破棄して超えようとしたからこそ迫ったウマ娘を彼女は知っている。
「おハナさん、ちょっとお願い聞いて貰ってもいいですか?」
「何かしら」
「フローラ、あいつを貸してください」
「ッ!!?」
「キモいよ姉さん」
「マジキモい」
「待ってそれは違うじゃんまだ何も言ってないよまだ何もアクションしてないのにそれは酷いよ流石に泣くよ私」