「あいつバケモンか何か?」
「それをあなたが言いますか」
新聞を見ているランページに南坂が呆れたような声で言った。その視線の先にあるのは先日の安田記念の結果だった、ランページが海外に遠征している間にも安田記念を連破していたイクノ。今回は3連覇という偉業が掛かったレース、ヤマニンゼファーとの大接戦、20分以上の写真判定の末に7mmの差で勝利をもぎ取る事成功し3連覇を達成して歴史のその名を刻み込んだ。
「いや3連覇よ?普通ないぜ」
「凱旋門とBCクラシック制した人がおっしゃっても説得力が」
言いたい気持ちは分からなくもないのだが、史実を知っている身としてはどれだけ3連覇が重いのかは分かっているつもりである。あのマックイーンですら天皇賞(春)の3連覇を成し遂げられなかった、それほどまでに難しい事は分かっている。だからこそイクノの今回の偉業は称えられるべきだと思う。
「んであいつ次は?」
「宝塚記念ですね」
「相変わらずのローテだなホント」
まあイクノのローテが凄いのは今更過ぎる事だからもう気にする事も無いだろう、自分だって同じようなものだったのだから人のことは言えないし。
「それで次はチケゾーのダービーか……」
「はい、この時期は本当に大変ですね」
「そう言いながらも顔がニヤけてるぜ?」
「トレーナーですので」
イクノの偉業もつかの間、今度は日本ダービーが迫ってくる。タイシンに取られた皐月賞のリベンジ、そしてチケゾーの目標であったダービーウマ娘になるという夢、それを叶えるための舞台が迫ってくる。リギルとスピカでも追い込みが始まっている筈。
「チケットさんはかなり良い仕上がりです、ダービーウマ娘になるという目標に向けて一直線といった感じを受けます」
「ダービーウマ娘、か……」
思わず上を見上げながらも思う。
「南ちゃん、チケゾーは多分もっと上まで行ける、ダービーウマ娘程度で満足されたら困るのは俺達だと思わないかい?」
「仰る通りです。それをご指摘しようと思ったのですが―――チケットさんは嬉しい事を言ってくれました」
『アタシ、ダービーを取る事以外全然考えてなくてその先の事、分かってなかったんです。ダービーさえ取れればアタシの夢は叶う……じゃあ叶ったその先は?それだけで引退するのかって考えた時に真っ白になってました。でもそんな中に浮かんできたのがあったんです、ハヤヒデやタイシンだったんです!!』
「ライバルともいえる二人と競い合ってもっともっと上へ行く、ダービーは通過点であって終着駅じゃないと語ってくださいました」
「そうか、一皮剥けてたか」
「そう仕向けた甲斐がありましたね」
如何やら自分がチケットにそう仕向けた事は南坂には丸分かりだった、誤魔化すようにコーヒーを口にするが口角は上がっていた。そんな彼女に向けて南坂はある材料を投入してみる事にする。
「これでチケットさんがダービーを取ったとすれば、ランページさんのチーム設立が一気に現実味を帯びますね」
「なんでさ、確かにサブトレとして練習を見てやったりとかしてるが大体は南ちゃんの功績で俺の功績って訳ではないだろ」
「それだけ日本ダービーというものは重く見られている事です、一流のトレーナーでもダービーは取れなかったという事は珍しくはありませんからね。その功績はチーム全体に現れますし統括チーフとして頑張ってるランページさんのトレーナーの適性を疑うなんてものは完全にモグリでしょうし早めに許可は与えておくに越したことはないでしょう」
なんというか自分にチームを持たせるための策略めいた何かを感じる……聞けばファイナルズやレジェンドレースの功績なども加味されているとの事。そっちは関係あるのか?と思わなくはないのだが……
「しっかしそうなると多分エアエアやドーベルは俺のところに来るぜ、カノープス的にはそれって許容出来るのか?」
「元からそのつもりでしたからね、彼女たちの事を考えたらそれが一番いいでしょう。それに―――チームとして簡単には超えられる程私は甘くはありませんから」
「おおこわっ……御綺麗な面してこれですわ……んじゃチケットの相手でもしてやるか」
「ええっお願いします」
勝負服を着ていたのでこのまま走れるランページはコースの方へと向かっていく。そんな後姿を見つめながらも南坂はランページがチームを持つことは早い事に越したことはないと思っている。サブトレーナーに収まる器ではないし彼女には他のトレーナーにもウマ娘にもない強みがあり過ぎる、それをサブに留めておくという事はそれらを使わずにいるという事に他ならない。
「おいチケット、2400で勝負しねぇか。ワールドレコードホルダーに勝てればダービーでもぶっちぎれるぜ?」
「えっ本当ですか!?いやった~先輩と走れる~!!」
「何々、ランと走るの!?ターボも走る~!!」
「流石に私は遠慮しておきます、タイムは私が」
「あ、あのライスもお手伝いします」
「おっとっと、ネイチャさんを忘れて貰っちゃ困るね~」
少し顔を出せば、彼女の周りにはすぐに人が集まってくる。それだけの魅力とカリスマ性が彼女にはある、それを彼女は自らの走りで証明し続けた。それを直接還元するためには矢張り自らが指揮するチームを持たせることが一番。南坂もそう思っているうちの一人なのだから。
「お~い南ちゃん、アマちゃん達もやりてぇっていうんだけどどう思う~?」
「アマゾンさんたちはまだ駄目ですよ、デビュー前なんですから」
一先ず今はサブトレーナーとしている彼女との時間を大切にすることにする。これはこれで楽しくも素晴らしい時間なのだから。