ボンヤリとした意識が徐々に覚醒する。小窓から入る朝日の明るさが目について目を覚ます、少しだけ重い身体を持ち上げて欠伸をする。致し方ないとはいえこの重さには参ったものだ、ストレッチを軽くすると閂を開けて外へと出る。確りと閉めるのを忘れずに。朝の冷たい風が気持ちいい。
「応おはようランページ、相変わらず早起きだな」
普段通りの挨拶を済ませる。引退した身、自分の役目は次世代の育成、今日も今日とて子供たちの育成に携わなければならない……これでも身重の身体なんだが……これも自分の行いのツケか。そんな風に空を見つめていると身体を叩かれる、あくまで優しくだ。
「何黄昏てるんだ、今日はお前の子供たちの大切な日なんだから確りしろよ。テレビ外に出してやるから一緒に見ような」
そうだった、あの子たちの活躍を確りと見なければ……と思う一方で腹が減ってきた。
「アマテラスとツクヨミの三冠の掛かった最終戦なんだ、今日のご飯は期待していいぞ」
メジロアマテラス、メジロツクヨミ。自分が生んだ双子の姉弟、双子だと分かって皆が慌てていたのをよく覚えている。自分の身体にも大きな負担が掛かる、だから何方かを堕ろそうと言われて全力で抵抗した。子供の命を奪うのならば自分を殺してからにしろと、落ち着かせようとする相棒にも、世話になっているおやっさんにも殺気を向けた。そんな男共を制したのがオーナーだった。
『女の気持ちは女にしか分からない』
と、産む事を認めてくれた。そして自分は二人を産んだ。周囲の不安を吹き飛ばすように二人は元気でヤンチャだった―――瞬く間に競走馬になった。アマテラスの鞍上は自分の相棒、ツクヨミの相棒はあのレジェンドジョッキー。そして今日、二人はきっと三冠を達成する事だろう。そう信じて自分は―――
「……夢か」
懐かしさを覚える夢を見ていたランページは身体を起こした。寝ぼけ眼で周りを見ると自分の部屋だった、閂で締める扉もなければ柵で囲った場所もない。
「予知夢か何かか……初めての子供が双子ぉ?まあ普通に養えるだろうけどさ、旦那誰だよ……ああいやたくさんいる事になるな、考えるのやめよ」
恐らくだがウマソウル云々の夢だ、それならば旦那は考えれば考える程に泥沼になる。一体何人になるのか……まああくまで血の繋がりだけの関係ではあるだろうけど……兎も角この眠気を飛ばすためにシャワーを浴びる事にする。
「子供、か……」
思わず呟いた言葉はお湯を吐き出すシャワーの音にかき消されて誰にも届くことなく消えていく。
「はぁっ……」
思わず吐いた溜息、まさか夢をあそこまで引きずるとは自分でも思いもしなかった。気を取り直して仕事はしているが、如何にも気分が乗らない。こんなことは初めてだと思いながらも仕事は進んでいく。
「どうかしたの、溜息なんて初めて見たけど」
珈琲の差し入れを持ってきながらも上水流トレーナーがやって来た、顔には初めて見ましたと言わんばかりの表情がこれでもかと張り付けられている。
「ちょっとしたことでセンチメンタリズムになってるだけだから気にしないでくれ。っつうかそっちこそなんつう顔してんだ、俺がセンチになってたらおかしいってのかい?」
「おかしいというか初めて見てびっくりした感じだよ、だってほら」
促されて職員室を見まわしていると殆どのトレーナーが此方を見て硬直している、書類を取り落としたり中にはコーヒーを淹れたマグカップを落としてしまっている者もいる。黒沼や沖野、東条も例外ではなかった。唯一例外なのは南坂位だろうか。
「応アンタらマジで覚えとけよ、今度スーちゃん連れて練習現場強襲してやるから」
『それだけはやめろ!!』
「聞こえねぇなぁ……なんだったらどっかの大統領とか連れて来てやるから覚悟しとけ」
『すいませんでしたぁ!!!』
普通ならばこんな脅し文句なんて鼻で笑えられるだろうが、生憎ランページはそれが出来てしまう権力とコネがある。何なら現アメリカ大統領とFBIとCIA長官と今も仲良くさせて貰っている位である。因みに大統領には自分の引退レースで仲良しの友達が出来ました、というメッセージと共に御付の人が撮ったと思われる写真が送られた。どう見ても秋山だったが彼は色んな意味で大丈夫なんだろうか。
「しかし、どうかなさいましたかランページさん。テンションが低い姿は見た事はありますがそれ以上に沈んでいるのは中々ありませんでしたよ」
「ちょっとなぁ……海外遠征中のアイルランドの事で夢を見ちまってさ」
「どのような?」
「俺に双子の子供が出来てその双子が三冠最後の一冠に挑戦する夢」
「それはまた壮大ですね」
自分に子供が出来てその子供がウマ娘でその子がクラシックに挑戦するという夢はこの世界ではそこまで珍しい夢ではない、寧ろ頻繁に見る夢の一つと言ってもいい。トレーナーとしては自分の担当ウマ娘が、と言ったところだがランページの場合はウマ娘だしそういった形で見ても可笑しくはないだろう。
「ンでさ、アイルランドにいる時にそこの姫殿下にえらく気に入られちまってさ」
「配信に出てたえっと……ピルサドスキー殿下?」
「その妹さんのファインモーション殿下ですね」
「随分と仲良くなった結果、嫁入りして一緒にいてって言われちまってさ。多分その関係でそういう夢見たんじゃねえかなぁって」
そう言われて上水流も南坂も納得する、確かにそう言われたら夢にも出るだろう。自分たちも似たような夢は見たことがある、南坂は見たどころか体験した側だが。
「俺って結婚できると思う?」
「え"っお"ぁっとそ、えっ―――――……」
「そんな長考するか」
「まあこういった時にベストな回答は難しいでしょうね、最近は特に色々と厳しいですし」
セクハラ云々もあるが、ランページの場合は特に難しい事だろう。好いて相手が出来たとしてもその相手がランページに適応出来るかどうかも怪しい。何せ世界で戦ってその果てにとんでもない所に立ったウマ娘だ。普通の結婚生活を望んだとしても国際的な立場になるのは目に見えている。
「ごめんなさい分かりません」
「別に無理に応えなくてもいいよ、まあこれでもまだまだ大人になりたての身だからな。じっくりやっていくさ、なんだったら二人のどっちかが立候補でもするかい?」
ワザとらしく、胸を押し上げるように腕を組んでウィンクをする。上水流は直ぐに顔を赤くしながらも慌て、南坂はいつも通りに余裕の笑みを崩すことはなかった。
「ハハハッ純情でからかい甲斐があってお姉さんは嬉しいぞ、さてと気分良くなったしトレーナーとして仕事しますか。南ちゃん、菊花賞に向けての調整の手伝いいるかい?」
「良ければお手伝いしてくださると有り難いですね」
全く動じる事もなくトレーナーとしての二人の姿に上水流トレーナーは正気に戻ると慌てたようにその後を追うのであった。
考えるだけ考えたランページの競走馬編の初年度産駒、アマテラスとツクヨミ。ツクヨミの方の鞍上は武さん。