「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「いい気迫だが、まだまだ負ける程、衰えちゃいねぇんでぇ!!!」
ターフを駆ける二つの影、一つはリギルのビワハヤヒデ。その相手を務めているのはメジロランページ、カノープスのチケットの相手もしてる彼女だがリギルの東条トレーナーから頭を下げられてビワハヤヒデの併走相手を引き受ける事になった、だが問題なのはその距離だった。想定しているのは菊花賞、長距離の3000mというランページにとって初体験の距離。と言ってもそこは世界最速最強、まだクラシッククラスのウマ娘には負ける事はないと見事な走りを見せている。
「さあお立合いだ、神速の脚を見せてやらぁなぁ!!!」
「負ける、ものかぁぁぁぁ!!!」
長距離という舞台では明らかにハヤヒデの方が有利に働くはずだった。適正で言えばランページの長距離適性は大きく見積もってもBが限界、それは本人も納得している。走り切る為には80~90のペースで抑え続けなければ完走出来ないとスタート前に公言していたのを覚えている。それなのに最後の直線でランページはどんどんとペースを上げていった。
「オラァァァァァァ!!!!」
「はぁぁぁぁぁ!!!」
ランページはそのままハヤヒデを完全に振り切り、5バ身差を維持したままゴールを先に駆け抜けて見せた。リギルのメンバーはその走りを目の当たりにして喉を鳴らしてしまった。あれが世界最速にして最強の走りなのか、しかも本来の戦場ではない長距離でこれだけの走りを見せたのだ。
「ハァハァハァ……ったく思った以上に着いてきたな、こちとら大差つけて勝つつもりだったのによ」
「私も、長距離は、得意な部類、ですので……ですがあれほどの距離をよくもあんな速度で……」
「これでも抑えてんだよ……パーマーみたいにうまくは行かねぇな……」
ランページは今までにない程に荒い息を吐きながらラチに身をゆだねるようにしながら空を仰いだ。そんな姿を見つつハナは礼を言った。
「無理を言ってごめんなさいね、だけどいい経験になったと思うわ」
「力になれたならいいっすけど、もう一本はせめて時間をおいて頼みます……疲れた……」
「流石の貴方でも長距離は門外漢なのね、それでもこのタイムは驚異的だけど」
これはあくまで併走、ターフを駆けるのはたった二人でここで測られるタイムは実際のレースではその通りにはならないしただの材料の一つにしかならない。だがランページが叩き出したタイムは3:05:1。昨年の菊花賞でライスシャワーが叩き出したレコードタイムに迫る程のものが出ている。これが本来長距離は不得意とするウマ娘、そして引退した彼女が出したのだから末恐ろしい……現役時代に確りと長距離の適性練習さえ積んでいたのならば彼女は天皇賞(春)だって取っていたに違いない。
「姉貴、ドリンクだ」
「ああ済まない……フゥッ……」
「随分と鬼気迫っていたな」
ハヤヒデにドリンクを渡すのはブライアン、その姿は久しぶりに見たが随分と凛々しくなったと感じられる。徐々に臆病さは影を潜めて前向きかつ強気になれているのは知っていたが、アプリで見られた姿になっていたのは少しさびしさも感じてしまうのは成長を感じられたせいだろう。
「あれで長距離は苦手というのだから参ったものだ」
「伊達に世界最速最強という訳ではない事だろう」
「全くだ。だが掴めた物もある、あのコーナリングは私でも近い事は出来る、というかできた」
「―――やったのか?」
「最高の見本が目の前にあったからな、理論を組むのは容易かったさ」
「やれやれ、姉貴もつくづく化け物だな」
「お前には負けるさ」
そんなやり取りをしているのを見ているとドリンクが差し出された。そちらを見るとウィンクをするウマ娘がいた―――が、直ぐにランページは誰が看破して弄る。
「随分とカッコよくなったもんだな、こりゃ後輩たちからもキャーキャー言われてんだろフジ」
「ア、アハハハッ……お久しぶりですランページさん。お久しぶりですから分からないと思って思い切ったのに……一瞬でしたね」
「可愛い後輩の顔を忘れる訳ないだろうが」
頭をなでてやるとフジは心地よさそうに瞳を細める。なんというかスズカに似ている。
「ンでフジ、お前さん来年デビューだったな」
「ええ、このリギルで」
「ウチからもマヤヤが出るからお前さんとかち合うな」
「存じてます、プレアデスに入った時はそりゃもう私に自慢してきましたから」
正直な話をすれば羨ましくてしょうがなかった、リギルに入ろうと思っていた時はまだランページがチームを立ち上げるとは思ってもみなかった時期だったからどうしようもないとは思うが、一度入ったチームを容易く抜けるつもりはない。寧ろここで学んだことを活かしてランページに戦いを挑むつもりでいるぐらいの気概でいる。
「手加減はしませんからね」
「したらぶっ飛ばすぞ、ウチのマヤだってスゲェから覚悟しとけ」
そう言うと貰ったドリンクを一息に飲み干して立ち上がってハヤヒデへと向かっていく。本当にカッコいい人だ、あんな風に自分もなりたいと強く思う。
「如何する、もう一本やるかい」
「できればお願いしたいですが、大丈夫なんですか?」
「子供が心配するじゃねえよ。子供っていうのは大人を糧に成長するものだからな、こんな俺を糧にしてもらえるなら安いもんだ」
「随分とぜいたくな糧だ」
「おっ見ない内に生意気になったなブライアン」
「フンッ……」
そっぽを向いてしまったブライアン、何処か不機嫌にも思えるがどうかしたのかと思うとハヤヒデがそっと指をさして教えてくれた。その先にはもう一つのドリンクがあった。どうやら姉の分と一緒に自分の分も用意してくれたのにフジのを飲んでしまったのでそれで不機嫌になっているらしい。どうやら見た目は変わったようで全く変わっていないらしい。
「んじゃやる前に……もう少しなんか飲みてぇな、貰ってくるか」
「っ!!これを飲めばいい」
「おっ悪いな、何だブライアン気が利くな」
「フン……」
そう言いつつも尻尾は嬉しそうな動きを隠しきれていない、ハヤヒデは先輩のご厚意に感謝する。
「ハヤヒデ、お前はもう少しコーナリングでは体勢を下げた方がいい。多分ブライアンのを参考にしたんじゃねえかな」
「そこまでわかるのですか?」
「まあな。慣れない内は身体を上げた方がバランスは上がる、菊花賞だとチケットもコーナリングで積極的に攻めるだろうから対策としては良いと思う」
「そうですか、分かりました。少し実践してみても?」
「応」
そう言って先にコーナリングのチェックを始めるハヤヒデを見つめながらもブライアンは思わず問いかけてしまった。
「何故、姉貴にアドバイスを」
「んっ?」
「そもそも、姉貴と併走している事も疑問だ。アンタは此方の敵と言ってもいい、それなのになんで力を貸してくれるんだ?」
ある意味妥当な質問だ。敵チーム、そして最大の敵と言っても過言ではないカノープスはランページを普通に一員としてカウントしているし南坂も平然と協力を仰ぐのでプレアデスとカノープスは実質的に協力関係。ならばここにいる事は裏切りに当たるのではないかと思う。
「理由は簡単だ。おハナさんに頭下げられたから、先輩にああも頼まれたら断る訳にもいかないだろ」
「それは分からなくもないが」
「不満か、ならもっと根本的な理由を教えてやる―――ハヤヒデもチケットも、何ならタイシンだって俺の後輩である事に変わりはない」
何も特別な事ではない、自分はカノープスだけじゃなくてスピカにも顔を出してタイシンとも併走をやったりもした。それを今回はリギルでやっただけ。
「もっと言うとな、俺は面白いレースが見たい。血が熱くなるようなレースを見せてほしい、どうせやるなら強い者同士がぶつかったレースの方が見ごたえもあるからな、それが理由だ」
「その為にチケットが負けたとしても」
「本当に強い奴ならばどんな障害や相手が対策を立てたとしても打ち破る筈だ、少なくとも俺の現役時代はそんな風だったぜ」
「……そりゃ強い筈だ」
その言葉を聞いてからランページはハヤヒデとの併走へと再び入るのであった。ブライアンも既にデビューしている身、トゥインクルシリーズに身を置いて改めてシニア勢の強さの格の違いというのは身に染みた。特にランページの世代は頭が飛び出ている。もしかしたらそれらとも戦うかもしれないと思うと……武者震いがする。
「望むところだ、どんな相手とのレースだろうとも勝つだけだ……!!」
静かでありながらも貪欲に飢えた肉食獣のような闘争心を剥き出しにするブライアン。ランページがチケットに持つようにと言った気高く飢える、それが既に出来ている。いやむしろそれよりもずっと―――強い場所に既にいる。何れ怪物と言われるウマ娘は既に才能が開花し、それは修練によって高められ続けている。
需要があれば競走馬編の産駒のデータぐらいは出そうかなぁっと思います。まあそこまでないと思うけど……