貴方の強さは私が知っている。   作:魔女っ子アルト姫

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346話

「スズカ戻って来い!!」

「っ……はい」

 

その日、ジャパンカップの前日に練習場に珍しい声が響いた。ランページの怒声である。ネメシスの統括チーフとしては大声は頻繁に出すが怒声は出さない、それはサンデーの役割。がプレアデスでは全てが担うとはいえランページは滅多な事ではそんな声は出さない、それなのにそんな声を出して練習していたスズカを止めた。

 

「マヤ、ビックリした……ランページさんってあんな声出せるんだ」

「私もびっくりだ……ドーベルお前は?」

「わ、私も初めて聞いた……」

 

ランページと親交が深いメンバーでもそんな声は聞いたことがない、恐らく聞いた事があるのはいないだろう。いたとするならばライアン位になってしまう、それほどまでにランページは滅多な事では怒らない。事実、戻ってきたスズカを前にした圧を抜くかのように深いため息を吐いた。

 

「如何したよお前さん、無理に攻め込み過ぎだ。言ったろ今は準備期間中だ、無理して怪我する事が俺にとっては一番不幸だってな」

「……」

「見てみろ」

 

スズカのジャージを捲るとそこには擦り傷が出来ている腕があった。それも一度や二度当たって出来たものではない。何度も何度も擦っている証拠がそこにある。

 

「無理に攻め込んだ結果がそれだ、発展途上の身で俺の真似事した結果がこれなんだぞ。何を焦ってる」

「焦ってるというかその……ランページさんみたいに走った末の景色が、見たくなっちゃって……」

「はぁぁぁぁっ……ったくお前らしい答えだけどさぁっトレーナーとしては冷や冷やもんなんだよ」

 

矢張りというべきか、スズカの中にある先頭を強く望む気持ちが出過ぎた結果なのだろうがこれは確りと注意しなければならない。

 

「確かに俺も俺で内ラチギリでコーナー攻めたりしてたが、俺とお前じゃ前提条件が違い過ぎる」

「はい……」

「これで済んでるから良いが、下手すりゃ腕の次に首が逝くぞ」

 

峠に嵌った影響もあるが、スズカはずっとコーナーへの進入角度を入念に研究していたりコーナーリングの脚捌きの特訓をし続けている。モチベーションも高いので静観していたが……これは口を挟まずにはいられない。

 

「コーナー練習禁止な」

「っ……はい……」

「次からは俺と一緒にやる事、俺が内側を走る」

「えっ?」

 

思わず顔を上げた。そこには呆れつつも何処か笑っているトレーナーの姿がある。

 

「見本って奴を見せてやらにゃ行けなかったな、但し俺のコーナーはぶっちゃけ力技だ。遠心力に負けないだけの力で支えてる、だがスズカにはそれはないし向いていない。だからこそ負けない()じゃなくて味方にするやり方を身に着けないとな」

「味方に……はいっ!!」

 

そう言って走り出したランページにスズカは続いていく、スピードを調節しつつコーナーへと入る。その走りをスズカはじっと見つめながらも攻めていく。そんな光景を見つめるのは南坂。

 

「共に走るトレーナー、確かにこれはウマ娘のトレーナーとしては理想形ですね文字通り」

 

新人トレーナーとしての域を出ない、だが既に彼女はウマ娘()トレーナーとしては既に完成形を持っている。

 

「どうだスズカ、俺のは出来ないだろ?」

「はい、だって芝どころかその下の地面を捉えて走ってました」

「そゆこと。こんな事出来るのなって滅多にいねぇよ、さてじゃあスズカは如何走るのかね?」

「脚捌きが完成させないとランページさんを越えるのは難しい……でもどうしても遠心力に振られちゃって―――今晩峠、お願いします」

「えっなんで?」

「ドリフトから、ヒントが得られると思うんです!!」

「タイヤがぁ……」

 

ウマ娘として走り、悩みを間近で目撃し、相談し、解決の糸口を探していくなんて自分たちには絶対に出来ない事だ。だから今は、そんな彼女が羨ましく思えてしょうがなかった。

 

「何々~スズカ何処か出かけるの?マヤも行く~!!」

「そういえばマヤさんはまだご一緒してませんでしたね、是非一緒に行きましょう」

「何だか分からないけど行く~!!」

「ちょっまじでマジで行くのか!?明日ジャパンカップだぞ!?」

「だってマヤ達出走しないし」

「そのままご一緒に見に行けますよ?」

「……ああもう分かった分かった、連れてってやるから……タイヤの電話しとこうかな、まさかいきなり頼る事になるとは……」

 

まあ、沖野とは別の意味で苦労し始めているのは同情する。幸いなのはランページには財力やらスポンサーなどもいるのでそっち方面の心配は問題という所だろうか。

 

「賑やかね」

「ああまあ、カノープスの系譜っすからっておハナさんじゃないっすか」

 

そんな二人の相手をしていると東条トレーナーがやって来た、その背後にはフローラを連れて。ハッキリ言って対応したくない、フローラがいるから対応したくない。だが先輩トレーナーである前に現役時代にお世話になったこの人の話を聞かないなんて選択肢はハッキリ言ってないのである。

 

「ごめんなさいね、ジャパンカップ前日だけど併走を頼みたいの」

「今から、ですか?」

「でも疲れちゃわない?」

 

スズカの疑問もマヤの問いも正しい。併走を頼むのであればもっと前から頼む選択肢があった筈なのに如何して前日に……と思ったのだがおハナは確りと説明をし始めた。

 

「私もどうかとは思うんだけどね……フローラの精神状態を貴方の現役時代にまで引き上げたいのよ。この子の最大の目標は貴方に勝つ事だったから」

「それで俺と併走っすか……フローラと、ねぇ……」

「ちょっとなんですかその嫌そうな顔!?」

「いや言いたい事は分かるんですよ分かるけど……」

「やりたくない気持ちは分かるわ」

「おハナさんまで!?」

 

だがそれでも東条としては引き受けてほしいと思っている。海外に行っていたフローラ、その実力は間違いなく国内トップクラスな上に海外G1を戦い抜ける実力になっている。しかしその実力にはムラがある、今度のジャパンカップで勝利にまで導きたいトレーナーとしてはランページとの激戦を思い出してほしいのである。

 

「カノープスのメンバーの勝率を下げるって事はあまりしたくないのは分かるわ、だけど」

「ああいや別にそっちは良いんですよ、それで負けたとしたらあいつらと南ちゃんの責任ですし……まあいいか、今度の飲み会でピーマンとつくね奢りで手を打ちましょう」

「感謝するわ」

 

という訳で行われることになったフローラとランページの併走、隣に並び立つフローラに身の危険と奇妙な懐かしさを感じるのだから不思議な気分だ。

 

「言っとくが一回だけだぞ」

「分かってますって……いやぁランページさんと走れるなんて楽しみだなぁ……あっ髪からシャンプーと汗のいい香りが……」

「お前……」

「冗談ですから引かないでください!?」

「聞こえねぇよ……」

 

取り合えず、併走は行った。軽く流すだけの筈だったのにフローラがガチになり始めた結果、ランページも引っ張られてマジレースに発展してそのまま2400mを全力疾走してしまった。東条はこの結果に頭を抱えそうになったのだが―――走り終えた後の完全に仕上がったフローラの姿に確信を得られた。明日のレースは彼女の全開の走りが見られると。




メジロサザンクロス 牡馬

メジロランページの7年目の産駒。父は大種牡馬ノーザンテースト。
名前の由来は額に十字の流星があったから。

独自路線を突き進んでいたランページ産駒に漸く流行りの血統が入ったと一部では話題になった。結果産まれてきたのはある意味で一番の怪物となった。ノーザンテーストはサラブレッドとしては非常に身体が小さかったのに、その子供となるサザンは非常に大きな馬体に成長していった。初G1となったスプリンターズステークスではヒシアケボノをも超える604キロでGI勝利を達成。メジロ最強スプリンターとして名を馳せ、南十字星と呼ばれ親しまれた。

鞍上は川内 弘嗣(かわち ひろし)騎手。曰く、自分の役目と状況を確りと理解出来る程に賢いが、常に全力疾走をしたがるので抑えるのが大変だったとの事。
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