プレアデスは基本的に交流戦の申し込みを断らない。それはランページがカノープスで培った経験から来るものであり、実践に近い走りは経験させておくのが良い。タマやオグリ、クリークと言った先輩に揉まれた事やイクノ達と頻繁に行った模擬レースによって研ぎ澄まされた感覚は間違いなくあった。なのでネメシスとの模擬レースが一番多いのが現状なのだが―――
「その程度で俺を抜くなんて、笑わせるな!!」
「なら、その減らず口を塞いでやる!!」
最近はランページ自身へと依頼が来ることが多い。プレアデスではまだデビューしているウマ娘はいないし実力が最も突出しているのはランページなのだから致し方ないという事情もあるのだが……大体は自分が受けているが代理としてメンバーを向かわせることもある。そんなランページとの交流戦をやっているのはチームリギル。
「流石ランページさんだ……っ着いて行くだけで精いっぱいだ……!!」
「まだだ、まだっ!!!」
環境は芝の1600、想定は朝日杯フューチュリティステークス。端からランページに勝てるつもりで交流戦を頼んだ訳ではない、ランページと言えば中距離の覇者という印象が強いがマイルでもその強さは衰える事はない。その気になればマイルでもワールドレコードが出せていたに違いないと思うと本当にぞっとしない。そんな覇者に追従するのはナリタブライアンとフジキセキ。
「手を、抜かれていますね」
「そうでないとあっという間に大差を付けられて終わりよ」
それを見届けるビワハヤヒデ、この後は自分との2500をしてもらう予定なのでその順番待ちである。本来はブライアンとの一騎打ちではあったが、他の希望者を募ったところフジが名乗りを上げたのでやらせることにした。
「勝負だぁぁぁっ!」
「私、だってぇっ!!!」
直線に入ったところで二人が一気に加速姿勢に入った、此処から本当の勝負だと言いたげな二人だったが脚の伸びが悪い。本気の加速領域に入った筈なのに全くスピードが乗らないし脚に重い疲労感が伸し掛かって来て鉛のように変じてしまったのかという感覚を覚える。
「しまっ……気付けなかったなんて……!!」
「クソっなんでだ!?」
理解を深め、自罰的な顔と共に悔しさを述べるフジと疑問と共に怒りを抱くブライアン。二人は幻惑されたのだ、ランページの走りに。自分の身体のスタミナがもう残っていない事に気づけないまま走り続けていた。そしてそれが気付いた時にも遅かった、最後のスパートをするスタミナもないまま……二人は大差を付けられたままゴールを迎えた。
「やれやれ全く、若いってのは良いねぇ何事にも一生懸命で可愛いねぇ」
「貴方も若い事を自覚なさい」
「俺は良いんですよ年上だから」
「屁理屈を……」
ゴールしたランページはそこまで疲れた様子を見せる事もなく飄々とした表情のまま、ドリンクを口にする。そこへゴールした二人が肩で息をしながらも腰を落とした。
「お疲れぃっほれ」
「あ、ありが……」
「無理にしゃべらんでいいから落ち着いて飲めよ」
フジは兎に角息を整えようと呼吸をするが、ブライアンは悔しさもあるが渇き切った喉を潤す為にドリンクを一気に飲む。咽てしまうが、そんなことどうでもいいと言わんばかりの再び飲み始めた。
「くそっ……!!」
「如何だった二人とも、これが世界最速の脚よ」
「分かっていたつもりだったんですが……いざ走ると分からなくなるものなんですね、幻惑逃げって……」
フジはランページのファンだ、ドーベルほどではないがランページのレースを分析したり見返す事が多いので幻惑逃げの事も当然ながら分かっていたつもりだった。だがいざ走ってみるとランページの速さ故かここで置いていかれたら最悪タイムオーバーすらあり得るのではないかという焦りが生まれてきて、置いていかれまいと気づけばオーバーペースになっていた。
「無理に俺のペースに合わせる意味なんてねぇのよ、幻惑逃げは正しくそういう心の隙間を狙い撃ちする。俺はやらねぇけど更に揺さぶりを掛けるウマ娘がやる幻惑逃げは更にやべぇぞ精神的な疲労感が。焦り不安苛立ちなんかが一気に心を食い破るから」
「……私はまんまとやられたという事か」
「そう卑下する事もねぇよ、逆に言えば自分のペースを守り切る事が出来ればこの対策は他の戦法にも幾らでも流用が利く」
簡単に言う……と思わずブライアンは毒づきながらもパドックから出て寝転ぶ。が、そこには姉がいた。
「次は私が走る、お前の仇は私が討とう」
「姉貴で討てれば苦労はしないと思うが」
「痛い事をいうな、これでも姉として妹の為に走ろうと決意しているんだ」
「……頑張ってくれ」
「その言葉は私にとって万の味方を得たようなものだな」
そう言いながら、姉はパドックの中へと入っていく。そして何かを話した後に直ぐにスタート位置に付いた。芝2500、有馬記念想定のレース。長距離は門外漢というランページだが、2500はギリギリで走り切る事が出来る距離、そしてワールドレコードホルダーでもある。菊花賞対策では到底戦えなかった本気のランページと戦える距離という事で姉も気合が入っているように見えた。
「……」
駆けだしていく姉と憧れの人。その姿を自分の全てを使って追いかけるように目に焼き付けていく。姉は変わった、単純な走力という意味では自分の方が上だと言われていたが気づけば姉はどんどんと進化していった。ライバル二人と競い合いながらもそれらに勝つために計算と戦術を計算し続けていた。気づけば自分と姉の立場は姉妹の言葉通りになっていた。だがブライアンにとってはそれは心地よい感覚でもあった。
「姉貴……やっぱり私の目指すべきところはアンタだ」
同じ憧れの人であるランページを目指したいという気持ちはあるが、それ以上に姉に勝ちたいという気持ちが強くなっていった。自分は来年クラシックに上がる、そうなれば漸くシニア戦線に居る姉と戦える……目指すならば天皇賞(秋)だが―――それはトレーナーとも相談しなければいけないしお揃いの菊花賞の栄冠を得てから戦うのも悪くはない。
「ブライアン、ハヤヒデさんは随分とランページさんと離されているように見えるが……」
いつの間にか隣に来ていたフジがそんな事を聞いた。ランページを応援していると言っても同じチームの先輩を応援できない程に落ちぶれていないと言いたげな何処か心外そうな瞳に肩を竦める。
「姉貴は冷静だ、走りながらも考える事をやめない。私からすれば信じられないが、それが姉貴の強さだ。あれはある意味で姉貴だけの強みだ」
「走りながら、かぁ……ハヤヒデさんの事だからすごい計算してるみたいに回転してるんだろうなぁ……想像出来ないな」
そうだ、姉のあれは姉にしかできない。自分には出来ない、計算づくめのコーナーリングに好位置の確保に周囲のウマ娘の位置関係の把握……頭が痛くならないものだ―――だが自分にはそれが出来る武器がある。
『さあ間もなく最後の直線に入る、先頭はおっとここでサクラローレルが伸びていく!!先週の阪神ジュベナイルフィリーズのようにカノープスのウマ娘がG1を制するのか!!?』
朝日杯フューチュリティステークス。クラシック路線へと望むウマ娘にとっての登竜門、此処で一気にG1に望めるウマ娘が選別されると言っても過言ではない。そんなレースに望むブライアン、走りながらも彼女は酷く冷静になれていた。姉のような計算づくめなんて出来ない自分には最強の武器が二つある。
「(―――成程、次だな)」
前のウマ娘が僅かにブレた、その隙を見逃さずに前へと出る。思った通りにその先には壁になるものはいない、絶好のポイントだ、奪われたと苦い顔が後ろで見えるようだ。此処ならば……私は勝てる、後は―――タイミングだ。
ブライアンの最大の武器、それは勘。獣のような鋭く感じ取る力だ、周囲の状況を即座に感じ取って最適な行動が出来る。ハヤヒデは自分で計算して周囲に影響を与えて自分に最適な場を作れる、だがブライアンはそれらを咄嗟にそれを感じ取れる。その最適解が自分にとって最高に繋げられる。そしてもう一つの武器は―――
「ブライアン、プレゼントだ」
「プレゼント?なんだこれ」
「シャドーロールというウマ娘向けのオプションの一つだ、集中力を高める効果がある。初のG1だ、気合を入れて行け」
「……有難う、お姉ちゃん」
「済まないがもう一回頼む」
姉からのプレゼントのこの首の白いシャドーロール、どうして集中力が高まるのかは分からないが兎に角つけると酷く落ち着いた。自分に力を与えてくれているのがよく分かったのだ。これを付けていると姉と一緒に走っているような安心感が満ちてくるのだ……だから、これを付けている時の私は―――
「最強だ」
短く呟かれた言葉、それは言霊となって願望を実現させるかのように昇華された。直線に入ると、まるでレディのように身体を前へと倒した前傾姿勢へと移行した。そしてその瞬間の加速は……他のウマ娘にとって暴力的なまでの恐怖に映った。
『さあサクラローレルがこのままトップ―――い、いや後ろから一気に来た!!ナリタナリタナリタ、ナリタブライアンが一気に上がってきた!!!信じられません何という末脚何だ、此処まで圧倒的に強かったサクラローレルを、捉えている!!残り2バ身、いやもう並んでいる!!?ナリタブライアンが飛ばす、サクラローレルが舞う!!飛翔するナリタブライアン、サクラローレルを一気に差し切って尚伸びていくぅ!!何という強さだ、ナリタブライアンナリタブライアンがそのままゴールイン!!1着ナリタブライアン!圧倒的なまでに強いぞナリタブライアン!!カノープスの天下を許さないと阻んだのはチームリギルのナリタブライアンです!!!』
「まだまだだ、これは―――始まりだ」
「ブライアンちゃん……次は、負けないから」
「ああ、だが次も勝つのは私だ」
自分を真っすぐと射貫くようなローレルの瞳を、逆に射貫き返すかのような強い眼光で見据えた後にブライアンはそっとシャドーロールを撫でた。
引退後のメジロランページ
ランページには繁殖牝馬から続けている日課がある。それは競馬の中継を見る事である。始まりはアマテラスとツクヨミの三冠挑戦の最終戦、厩務員が気を利かせて子供たちの活躍を見守ってあげてほしいと見せてあげた事が始まりだった。それからは子供が走るレースは出来るだけ見せてあげるようにした。勝利した時は嬉しそうに嘶き、厩務員に私の子が勝ったと言わんばかりにどや顔をしたとの事。
偶に今日は中継はないのか?と迫る事があるが、そんな時は他の中継を見たり他の番組を一緒に見たりしたとの事。新聞を読む馬ではなくTVを見て楽しむ馬として言われたりもした。