ウマ娘にとって冬は試練の季節とも言えるだろう。各クラスで熾烈な争いを潜り抜けた先にあるG1があるから、というのも理由の一つではあるのだが……もう一つ、ウマ娘にとってもトレーナーにとってもし烈な戦いが繰り広げられたりもするのである。それは―――
「ラ、ララララッランページさん、ほ、本当にしないと、NOですか……?」
「我慢してくれタイキ、これもお前たちの健康の為なんだからさ」
「うっ~……マヤやだよ~……」
「頑張ってくれマヤ、ほら此処まで来たじゃないか」
ランページの腕に確りとしがみついて離れようとしないとタイキと胸に顔を埋めるようにしてしっかりと
「私は大丈夫です、ええっ大丈夫ですよええ全く以て問題ありません」
「そう言いながらも凄い貧乏ゆすりしてますよ先輩……!!」
「そ、そういうお前もなドーベル……!!」」
虚勢を張りながらも自分は大丈夫だとアピールするが、順番が進むごとに尻尾が大きく反応する。
「……ぅぅっ……」
スズカは峠に連れて行ってあげる約束をしたが、それでも嫌なのか時折立ち上がって左回りにくるくると回ってから座るのを繰り返す。
「うううっやっぱりヤダ、でもしないとレースどころか練習もダメなんだから我慢しなきゃ……ってアンタよく大丈夫だね」
「フン……」
いやいやだと言いながらも確りと意味を理解してくれているので、意欲を見せてくれているサニーと平気そうな顔をしているが心なしか脚をよく組み替えているステゴ。今回ランページ率いるプレアデスはとあるイベントを迎えておりその順番待ちをしている所である。そのイベントとは―――予防接種である。矢張りというべきかこういった対策は確りとしなければいけないので、ウマ娘も予防接種は確りとしなければいけない……のだが
「ピエアアアアアアア!!?」
『ビクッ!!』
漏れなく全員の身体が跳ね上がった。トレセン学園では予防接種では先生に来て貰って注射を打ってもらえることになっている、メジロやシンボリと言った名家お抱えの名医が担当するので心配はない、ないのだが……問題はウマ娘側にある。
「うえええええんママやだよ~!!」
「はいはいママ扱いすんな」
「ランページママさんですと!!?」
「今のうちにやってください」
「はい」
「あっちょっズルっア"ッーーーー!!!??」
競走馬もそうだったりする事が多いが、ウマ娘は注射などを極端に嫌う。これはある意味本能に刻み込まれた拒否反応に近く、ウマ娘への予防接種というのは何処の病院でも大騒ぎになるある種のイベントのようなもの。トレセン学園ではその日は一日休みにしてトレーナーが付きっきりで予防接種に付き合う事が原則とされている。受けさせた後は気分転換に何処かに連れて行ったり好きなものを食べさせてあげたりすることが多い。そんなわけでランページもトレーナーとして付き添い兼予防接種を受ける事になった。
「NOOOOOO~!!絶対に、あの先はHELL!!」
「どっちかと言えばヘルスだよタイキ」
「ランページさんは良いですよ!!だって受けないんですもん!!」
「何言ってんだ俺だってやるに決まってんだろ」
『えっ!?』
思わず全員が此方を見た。ランページは付き添いだけなんだからあんな余裕で構えていられたんじゃないのか!?と全員が驚いた。
「俺だって今日予防接種を受ける、お前達だけやらせるなんてことはしないさ」
これはある種のランページだけが切れるの切り札でもある、トレーナーは付き添い何だから受けなくていいという前提を簡単に崩せるのだから。それを聞くとそれぞれは顔を見合わせると静かに座り直した、タイキも手を放し、マヤも大人しくランページの膝の上に座り直した。
「何だ急に静かになったな?」
「ラン、ランページさんが受けるというのに私たちがいつまでも騒いでいるなんて……いけませんから」
「お姉様も、やるなら私も、ちゃんと受ける……!!」
「わ、私も覚悟を決めました……もうドントコイデース!!」
「私も……受けます」
「俺は最初っからやる気だったけどな」
「マ、マヤも頑張る……で、でも此処に居させて……」
「ピギャアアアアアアアアアア!!!??」
『……』
頑張るぞ、と決心を固めた直後に医務室から響いてきた悲鳴。この甲高い悲鳴はテイオーだ、余りの絶叫に全員の顔が青白く染まっていく。ステゴすら顔を青くしている。そして医務室の扉が開けられた、そこにはげっそりとしたスピカの面々に沖野にしがみ付いたテイオーゼミが涙を流しながら泣いている姿があった。流石のシービーですら顔色が優れない。
「お疲れっす、やっぱテイオーだったのか」
「うるさくてすまんな……テイオーの奴、注射の針がマックイーンより太いって抵抗しちまってさ……」
「ダッテダッテダッテホントウニフトカッタモン、イタカッタモン……イッキダッタモン……」
「誤解招きそうな言い方をしないでくださいませ……」
「お疲れマックイーン」
「ランページさんも……お気をつけて」
そう言いながらマックイーンはふらふらとした足取りのまま沖野に続いて医務室から離れていく、その最中、沖野の身体から何かがきしむような音が聞こえてきたがどんな力でイージスガンダムと化しているんだと思っていると―――
「次の方々、どうぞ」
と看護師さんが声を掛けて来た。全員の顔は最早死刑台に上がる前の死刑囚のように真っ青である。
「ほら行くぞ、頑張れって」
『……はい』
今日ばかりはステゴすら超ローテンションのままだった、そして医務室に入っていく。中に入るとそこには自分もお世話になった主治医の姿があった。
「なんだ主治医さんだったのか」
「お久しぶりに御座いますランページお嬢様、ハーブシガーの方は大丈夫でしょうか?」
「ああ、問題ない。悪いな、俺のチームも頼むわ」
「承知いたしました、それではまずは何方が?」
と視線を彷徨わせると全員の尻尾がまるで針金でも入っているかのように真っ直ぐに伸びてしまった。蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまっている。それにしょうがないな、と溜息を吐きながらランページが進んで椅子に座りながら上着を脱ぎ、シャツの腕を捲るのであった。
「んじゃ俺から頼むわ」
「承知致しました、それでは」
それを見てプレアデスの面々は酷く心配そうな顔となんて勇敢なんだ……やっぱりランページは凄い人だ!!と尊敬の視線を向けるのに別れた。これでそんな風に思われてもしょうがないと思うのだが……。
「行きますよ、力を抜いてくださいね」
「入れてねぇって」
「それでは―――」
『っ……!!』
ランページの腕に針が刺さる、そして押し込まれていくそれに顔が歪んでいく。当の本人は全く平気そうな顔のまま、予防接種は終了した。
「終わりました」
「あんがとね、ほれっ大丈夫だろ。ランページさんが言うんだから大丈夫だ」
その笑顔に皆は頷き合って、進んで椅子へと向かって行く。但し隣に立つランページの手を強く強く握りしめてはいるが、それならまだ可愛い方だし皆さんご立派ですと主治医は言いながらテキパキと注射を打っていく。
「これでチームプレアデスの皆様の予防接種は終了です、今の所は今日一番静か且つスムーズに打てましたよ」
「そっか、皆えらいぞ。今日は俺が美味いもの食べさせてやるから元気出せ」
接種が終わった後はご褒美が必要だろうと、この後は皆で特製のニンジンハンバーグを作って食べるパーティを催した。その時には皆の顔は元気な物へと戻っていた。
引退後のメジロランページ
ランページは特段医者が嫌いだったという事はなかった。医者が行う事は必要な事だと理解していたのか、検査の時も予防接種の時も暴れる事もなく大人しく、獣医や厩務員達を驚かせていた。その子供たちももしかして……と期待されたがそんな事はなかった。但し、ランページが一緒に居ると大人しくなるので、子供たちの注射はランページ同伴だった事が殆どだった。