「なぁっランページなんかあった?」
「何だ突然、ナンパならもうちょい上手い口説き文句を探す事を勧める」
「やるなら車検も終わった車でデートに誘うよ」
仕事中のランページ、そんな彼女に声を掛ける上水流。普段通りに仕事をしているつもりではあるが、上水流からすれば違和感があったのだ。
「何となくだけどさ、何かあった?」
「さあ如何でしょうね、URAファイナルズとレジェンドレースが近いから色々考えてますってだけだ」
「ホントにそれだけかな」
「だったらなんだ、同業者の先輩方の嫉妬やらが心地よいとでも言えばいいのかい?」
ワザとらしく周囲の先輩方を見ると面白いぐらいに顔をそらしていく、彼らにだって自覚はあるのだから其処を突けば彼らは面白いぐらいに狼狽えるのだ。取り繕ったとしても無駄だ、ボイスレコーダーは常備しているし彼らの八つ当たりなども確りと録音して自分の家のパソコンで確りと保管している。
「仮にそうだとしたら君は真っ先に裁判沙汰にするタイプだろ」
「まあするかしないかで言ったら全力でするよ、お婆様もスーちゃんも弁護士必要なら何時でも言ってって名刺貰ったし証拠もたんまりあるし。と言っても今やったところで理事長困らせるだけだしな、やるならもっと裏でヤーさんが脅すみたいにうまくやるさ」
「それでみんなにバレてるけど良いのかな、スゲェ狼狽えてるけど」
職員室のあちこちで椅子から落ちたりコーヒーを落としたりするトレーナーが発生する、その多さに沖野、東条、南坂、黒沼、六平などのトレーナーはため息を吐いた。
「良いんだよこれに懲りて反省してくれたら」
「しなかったら?」
「地獄に送る」
「君のそういう所好きだよ」
「おっ脈ありかい?」
「そういう事にしといてくれ」
チームのメイントレーナーとサブトレーナーのやり取りとしては微笑ましい物があるのだが、その実際の標的にされる者たちからすれば堪った物ではない末恐ろしいもの。只のトレーナーならば笑い話なのだが……相手はメジロのご令嬢である上に世界最速最強、最悪の場合現役時代のコネを使われて国のトップを呼ばれかねない、それを目の前まで突き付けられて初めて危機感を感じ取ったのか、彼らはもうやめよう……と思い至ったのであった。
「ンで、俺の何が違うんだい?」
「纏っている雰囲気、これまではなんというか女性的な雰囲気が強かったのに現役時代の君に戻っているという感じ……だと思いますけど南坂さんと佐々田さんはどう思います?」
と、現役時代を知っている二人にも話を振ってみる事にした。
「そうですね、引退した事で闘争心をフルに使う事が無くなったので落ち着いた感じになったのは確かだと思いました」
「妙に色気増したなぁとは思った、ちょっと近づきづらくなった感じはあったね」
「今は色気ねぇと?」
「いやバリバリあるけど、なんか近づきやすくなった」
それを聞いて矢張り以前の自分はウマソウルの影響をもろに受けていたのだな、と思いながらコーヒーを啜る。三女神によって調整を受けたウマソウル、それによって起こるかもしれなかった事態は回避されていたが既に影響は周囲に感じ取れる程度には及ぼしていたのか……と認識しながら改めて女神に感謝する。
「ちょっとな、色々あったんだよ」
「またスピード御大がレジェンド連れて来たとか?」
「いやレジェンドが自発的に会いに来て一緒に飯食った」
「それはまた、ご愁傷さまです」
「分かって言うなや南ちゃん」
「胃薬、いる?」
「後で貰うわ」
南坂達はきっとまた、とんでもないのと一緒になったんだろうなぁ……と思う。この前はウラヌスと会ったのだから今度はセントライト御大辺りだろうかと思っている。自分達ならばそんなのは絶対に御免被る、と思っているだろうがあいにくそれ以上の存在と遭遇したのだから困ったもんである。
「それで色々話と化した結果―――なんか気に入られたわ、もしかしたらこの学園に来るかもな」
「うわぁっ……そうなると真っ先に関係を持つのは俺や南坂さんに佐々田さんって事か……本当に君の傍は退屈しないね」
「だろ、南ちゃんも退屈せずに済んでたろ現役時代」
「毎日がとても刺激に満ちた毎日で充実してました」
「そう言えるのは貴方だけだよ、俺はマジで胃が痛かったんだから……」
「それはすまんかった」
だがまあ、実際は三女神が襲来する事はほぼほぼ無いだろう。あの規律に厳しいバイアリータークが止めるだろうし現れるとしたら自分の家の中だけに限られるだろう。まあ外を見て回りたいと言われたら自分は止められないだろうが……その時は変装を促そう、三女神に似ているとよく言われるやらで何とかごり押しする事は出来るだろう。
「ああそうだ、上ちゃんの車って何なの車種」
「トヨタスープラだよ、足回りとかも自分でセッティングした自慢の車さ」
「ほほぅ?そりゃいいじゃねぇか良い趣味してんじゃん、如何だい今夜付き合わねぇかい?」
「ほほぅ?」
と二人の瞳は鋭くなった。実は上水流トレーナーも若い時は峠に繰り出していた口、流石に自重している上に昔ほど走り屋の知り合いが少なくなってしまったというのも理由の一つとして挙げられるのだが……こうして誘われてしまうと昔の血が騒いでしまう。
「スズカを連れて夜のランデブーにな、車検から帰ってきたなら車の調子を確かめたいんじゃねえか?」
「フッフッフッ……実はうずうずしてたんだよね、目の前であんなスピードで走られると俺自身もスピードを追い求めたくなってきてしまうのが性分でね」
「それじゃあ今日は―――」
「ああ、夜が楽しみになってきた」
「「フフフフフッ……」」
妖しく笑う二人を周囲は引き気味に見るしかできなかった。が、唯一南坂だけはそれを微笑ましく見つめていた。
「なんか優しい目してますね」
「ええまあ、ランページさんにもああして仕事友達が出来るとなんだが嬉しく思えてしまいまして」
「良くも悪くも目立っちゃってますからねぇ……肩を並べられる同僚何て滅多に出来ないでしょうからね」
「それもありますが……あんな顔をしてくれて嬉しい限りです」
「昔親父がアルファロメオ乗ってたが切っ掛けだな、あの時はエンジン起こすのに10分位かかるって言ったのも全く分からなかったけどさ」
「ロメオかぁ、ああいう高級車が欲しい訳じゃねぇけど一回でいいから乗ってみたい気はするな。ああそうだマルゼン姉さんとサンデー誘っていい?」
「えっあの二人もそっち詳しいの?」
「姉さんはやべぇぞ、カウンタックで攻めるんだぞ。サンデーはGTーRをもう乗りこなしてやがる」
「……血が騒いできた」
自分といる時の彼女はよくあんな顔をしていた、だが同じトレーナーになってあんな顔は見れなくなってきたけど……漸く見れるようになったそれに南坂は胸を撫で下ろしながらも仕事を続けるのであった。そして肝心の二人は夜になると―――
「うおおおおっ俺のスープラだって負けねぇんだぁ!!」
「ふっふ~やるじゃない、だけど私のタッちゃんだって負けないわよぉ~!!」
「ハッ俺のRはまだまだ成長中だ、このレース中にぶち抜いてやらぁ!!」
「行くぞ俺のインプ、曲がれぇぇぇぇっっ!!!」
「凄い、最高!!」
峠に繰り出して、総勢4台で攻めたのであった。
上水流騎手のその後。
ランページの曾孫、メジロノヴァのデビュー戦後にランページの老衰を耳にして彼は号泣した。
その日程酒を飲んだ日はなく、幾ら飲んでも酔えずにいた。そして眠りについた時―――ランページに会ったという。思わず抱き着いたが、脚を軽く踏まれた上に鼻で胸を押されてランページに怒られた。
「確りしろよ相棒。泣くのは勝った時だけでいいんだ……あの子を頼む」
そう言われた気がした。その言葉と共に目が覚めた。そしてその後はランページの葬儀にも参加、そしてその後はメジロノヴァの騎手として活躍し、ノヴァの引退と共に自らも引退し調教師となる。
「ランページに貰ったものを今度は俺が伝える番だと思ってます」
そうコメントしながら厩舎を開業―――が、初年度から億以上の価値がある馬を預けられて戦々恐々とするが、いきなりG1を取らせるなど調教師としても確かな腕を振るうのであった。