皐月賞、その映像を改めて見直す東条。確かにブライアンは勝った、皐月賞ウマ娘という一生に一度しか得る機会のない称号を取らせることが出来はしたが……自分としては敗北したような気分だった。それはゴール後の両者の様子からも見て取れた、ブライアンは全力を出したが故の疲労が見えたのにローレルは全力を出しこそしたが、本当の全力ではなくセーブした全力という印象だった。
「まさか、本当に捨て石に使うなんて……」
ブライアンが告げた勘、ないと思っていたが本当にその手段に出て来るなんて思いもしなかった。常識に考えれば考える程にあり得ない、その気になれば皐月賞はローレルが取ったのではないかと考えずにはいられない……そんな自分に珈琲が差し出される。
「考えすぎは身体の毒ですぜおハナさん、俺のお神籤珈琲です」
「おみくじ……?」
「毎日味が変わるから保証が出来ないんですよ、おいしかったら幸運って事で」
「ちょっと引っかかるけど頂くわ……あらっコクが強いけどおいしいわね」
「んじゃ吉ですね……う~ん今日の珈琲はちょっと酸味が弱いな……」
ランページの珈琲は旨い、彼女の私物らしいがついでに自分も良く淹れて貰っている。このコクと苦みも強めだが今日は不思議と美味しく感じられる。
「皐月賞のローレル、そんなにショックですか?」
「ショックというよりも私には考えられないというのが本音。皐月賞を自分の成長の為だけに使うなんて」
「贅沢な経験値ですよね本当に」
今回の事でローレルはブライアンの実力をほぼ完璧に把握した、そこに南坂の分析も加わるとなると成長幅も知られた筈。そしてそこから逆算したダービーで勝つための算段も付けられる……リギルとしてはそれを越えるだけの実力を付けさせる事が重要となってくるわけだが……
「下手に無理はさせられないわ、あの子は確かに凄いけどその分身体に負担も掛かる。今以上の成長を与えようとしたら故障のリスクも相応にある、難しいわね……」
おハナさんこと東条トレーナーは管理主義、完璧に計算されたメニューや休養で身体を作りながら技術を蓄積されていくタイプ。圧倒的な結果を出してはいるが、今それが揺らぎかねない対戦相手にぶつかった事で困ってしまっている。ブライアンには無敗の三冠を与えてあげたいがそのためにはローレルに勝たなければならない、が、あのローレルに勝つためには今のままでは絶対に勝てない。そうなると故障のリスクを負う事になる、その塩梅に四苦八苦する。
「(ダービーで、勝つか……)」
ウマ娘のレースでは日本一の称号を間違いなく取る日本ダービー、それに出走するだけでも名誉な事、それに勝利するなど更に名誉な事。これを目指すトレーナーも多いがローレルはそこには恐らく執着していない、寧ろ……凱旋門挑戦の為の踏み台の一つとしか見ていないことが恐ろしい。ダービーの距離は同じ2400、様々な意味でピッタリ過ぎる舞台だ。
「併走ぐらいなら引き受けますよ、ブライアンの無敗の三冠は俺も見て見たいし」
「ええ有難う」
そう言いながら自分はそこから離れていく。対ローレルを想定しているが、肝心のローレルは如何思っているのだろうか……。
「ダービーは良い舞台だと思ってますよ、距離が同じですので」
訪れたカノープスの部室では南坂と何やら話し合っているローレルの姿があった、話を振ってみればこれである。日本ダービーですらローレルには凱旋門に至る為の踏み台にしか映っていないのだろう。
「なあ南ちゃん、アンタまさか―――ローレルにクラシック凱旋門制覇させるつもりか」
「ローレルさんのダービーの結果によってはそれも検討しますよ?」
「ああやっぱり……」
もしやとも思ったが、本当に想定していたとは……クラシッククラスで凱旋門挑戦し制覇したというウマ娘もそれなりの数いる。と言っても日本でそれをやるのはリスキーだ、自分の凱旋門挑戦だってシニアクラスな上にほぼ1年海外に居て海外に適応したのだから。
「良く気づきましたね」
「皐月どころかダービーを踏み台扱いだから、もしかして菊は出ないんじゃねえか?って思ってさ」
「と言ってもシニアクラスでの挑戦が望ましいですね、このままの成長曲線で凱旋門挑戦は些か時期尚早です」
「私もそう思います、あそこで半バ身差に出来ませんでしたからね。クラシック凱旋門は厳しいと思います」
ローレルの成長は良くも悪くも想定通り、それが皐月賞でよく分かったのでダービーでは次の段階の仕上がりを見る。仮の段階だがダービーを取ったとすれば凱旋門挑戦も許可する腹積もりだが……肝心のローレルはその気ではない。今のままではブライアンに勝てない、だから純粋に自分の養分にする事に特化する事にする。
「ブライアンさんの走りはウマ娘としても理想形の一つです、それを間近で体験する事で自分のフォーム改造にもいい傾向を与える事がブライアンさんにぶつける最大の理由の一つです」
「ランページさんの全身走法とブライアンちゃんの走法の美味しい所取りって訳です」
「おっそろしいコンビだなぁ……」
相棒としては心強い限りだったが、こうしてみると本気で南坂というトレーナーは恐ろしい。逆に言えばこれから自分はこの南坂を相手にしなければならないのかと……そしてマヤはこのローレルを相手に勝たなければいけないのだから参ったものだ。
「と言っても出走する以上勝利を目指すのには変わり有りません、そこだけは承知してくださいね」
「勿論です。と言ってもやっぱり厳しいのは変わらないと思いますけどね、ブライアンちゃんやっぱり強かったですもん」
G1の舞台で直ぐ傍を走った事でブライアンの強さは再認識出来た、だからこそ研究に値するし自分の成長には欠かせない相手である事も分かった。彼女にはこれからも強くあってくれないと困るのだ……自分が強くなるためにも。
「じゃあ俺も養分にしてみるかい」
「是非お願いします、ランページさんと走れば凱旋門挑戦のいい参考になりますから」
「やれやれ、おハナさんが南ちゃんを怖がる理由がよく分かるよ」
徹頭徹尾、凱旋門の為に走るローレル。此処まで来ると意地でもその舞台で走る彼女が見たくなってきた、その為の一助になるならとランページは自分の全身走法を教える事にしたのであった。
「モンスニーさんにもお声は掛けさせて貰ってます、是非教え込みたいと仰って貰えました」
「う~ん益々おハナさんが頭抱えそう」
実は南ちゃんって敵に回すと凄い恐ろしいタイプ、ってお話。