その日からローレルのメニューは激しさを増していく事となった、傍から見れば皐月賞を後僅かで逃してしまった事へのリベンジに燃えているようにも見えるのだが、実際はダービーを叩き台にしか見て居ないという異質さがそこにはあった。幸いというべきなのがローレルはガラスの脚とも言われていたが、カノープスで毎日取り組んでいた体質改善メニューのお陰で身体が頑丈になっている事だった。
『防弾ガラスを目指すメニューを組みましたからね』
ガラスの脚が一転、防弾ガラスを目指して頑丈になったローレルの脚。それによって幅広いメニューを組めるようになったのを本格的に利用するようになり、積極的にランページとの模擬レースをセッティングする事になった。2400と言えばランページの距離、故かリギルの東条トレーナーすら本気でダービーを取りに来ているという認識をしており、天皇賞(春)を制したハヤヒデにブライアンの力になるようにと言いつつもルドルフやラモーヌと言った実力者にブライアンの相手をするように依頼している。
「これからはレースごとに戦術を入れ替えます、今回はスリップストリームを使わずにランページさんを追いかけてください。そして次回はスリップストリームを、これを交互に繰り返していきますので」
「分かりました、勝負ですランページさん!」
「応幾らでも付き合ってやるよ」
そうして繰り返されるランページとローレルの模擬レース、時折アマゾンやドラランと言った他のメンバーも混ざったりもするのだが南坂からすればこれは有難い事でありより実戦を意識したシミュレーションができると感謝する辺り本当に強かというかなんというか……。
「にしても南ちゃん、戦術の入れ替えって何の意図があるんだ?」
休憩中に思い切って南坂に尋ねてみる事にした。どう言った意図があるのかと。
「一つはスリップストリームは身体が楽になるという精神的な油断を断ち切る為ですね、楽になる事は確かですが常にそうなるとは限りません。ランページさんの場合は特にそれが顕著です、それとスピードに慣れさせる事です。これは無しの場合にも繋がります」
「つまり……巡航速度と最高速度の向上が目的って訳か」
「それに辛い経験をしておけば、似たような状況に陥っても精神的な揺らぎは少なく済みますし」
「ああうん、それは同意するわ」
スリップストリーム有りのスピードになしの状態で追いつく、これが目標。最終的にはランページをスリップストリームなしで追走する事が出来る事が理想的。つまり、ランページ攻略法である。
「俺を倒す為の走法を俺を使って叩き込むのかよ」
「それもありますが―――海外では大逃げというのは結構いい手段ではあるんですよ」
「そうなん?」
「まあ率直に言えば色々不安とか抱えてる状態で小細工が出来る訳もありませんから、何も考えずに先頭走ればいいじゃんって事です」
「それは俺がそういうのが無いガサツなウマ娘ってディスってる?」
「いえいえそんなそんな」
余りにも単純な強化方法だ、自分の走りに沿わせる事でローレルを鍛える。唯それだけだ、だがこれ以上のトレーニングはある意味でない。世界最速を存分に使ったトレーニング……間違いなくローレルは強くなる。
「それでブライアンに勝てればいいけどな」
「そればっかりはやってみないと分かりませんねぇ……何せ彼女の素質は並ではありませんから」
「同感だが……皐月賞でそれは有る程度計れたんだろ?」
「それなりには」
よく言うわ、それなりという言葉を使っている段階でブライアンの強さの大半は分析出来ているのだろう。問題なのはブライアンの成長幅、予想はつくが此方が成長する分彼方も思いがけない成長を遂げるかもしれないので実際に戦うまでは分からない。
「正直な話さ、ブライアンってこれからどうなると思うよ。俺は三冠が取れる器だと思ってる、それにあれだけ戦えるローレルも大したもんだ。世代さえ違えばあいつだって三冠だったろうって思う位には」
「ブライアンさんですが―――正直、眼中にありませんね」
「うわっおハナさんが言ったらドン引きしそう」
「事実ですよ、確かに彼女は素晴らしいですがそれだけです。私は彼女に惹かれません」
此処まで断言する南坂も久しぶりに見るかもしれない、彼にとってあの怪物も既に敵ではないのかもしれない。
「共に戦う仲間を敵視するなんて可笑しな話じゃないですか」
「あっそっちなん?」
「ええそっちです。敵としては眼中になく、共に高め合う仲間としては素晴らしいと思ってます」
「それ、ブライアンが聞いたらなんて答えるだろうなぁ……」
向こうはローレルの事をかなり意識している上にライバルだと認めている、それなのにこちらとしては寧ろ味方としてしか見ていない。
「それでは始めましょうか、ローレルさん今回はスリップストリーム無しです」
「はいっ!!ランページさんお願いします!!!」
「あいよ、南ちゃんプレアデスの方にも顔出す約束忘れるなよ」
「勿論です」
そう言いながらターフへと足を踏み入れていく相棒を見つめながら南坂は静かに笑う。確かにブライアンは強敵だ、だがその程度でしかない。今のままではブライアンはローレルに取ってその程度で終わってしまう、だからこそ敢えてブライアンにとっては屈辱的とも思える方針を取っている。リギルの東条トレーナーだってこれは応える筈だし、そうなれば本気で此方を潰しに掛かる。そうでなければ意味がない、そうしなければローレルは凱旋門を取れない。ブライアンの強さの強化はローレルの強さにも直結する……だが
「ローレルさん、ブライアンさんもルドルフさんやラモーヌさんと言った強豪と模擬レースをしているそうです。ですが心配いりません、貴方の相手は世界最速兼最強です、つまり貴方が相手にしている方がレベル的に上ですから安心して挑んでください。そして負けて強くなってくださいね」
「う~んハッキリ言いますねぇ南さん、分かりました負けて強くなります!!」
ランページと走り始めてからローレルの精神性は変化をしている、ハングリー精神が生まれて敗北を知るたびに意欲と勝利への気持ちが強くなっていく。そして―――徐々にブライアン対策がランページ対策にすり替わっている事に、彼女は気付いていない。
「では行きますよ―――」
彼女は気付けるだろうか―――自分の考えに。
「スタート!!」