「―――でっけぇっ……」
思わず、そんな言葉しか出なくなった自分の語彙力の無さに辟易とするのだがこの場合は致し方ないだろう。荷物を持って移動しようとしたが、ライアンが車を手配していた。予想はしていたが、本物のリムジンの登場に言葉を失い、そしてそのままリムジンが到着したお屋敷のデカさに呆然とした。人間であった頃もごく一般的な小市民だったのでこんなお屋敷とは縁がなかった。
「お帰りなさいませライアンお嬢様」
「ただいま爺や、ほらっランってば何時まで乗ってるの?」
「あっゴメン今降りる」
圧倒されている自分、ライアンの声で我に戻って車を降りるとそこにはメジロ家の執事をやっている老紳士がいた。ロマンスグレーという言葉が最高に似合うような執事は丁寧に頭を下げる。
「お初にお目にかかりますランページ様、私はこのメジロ家にて執事をさせて頂いております」
「こ、此方こそご丁寧に……突然押しかけてしまったようで申し訳ございません」
「いえ、寧ろ私共はライアンお嬢様がご学友をお連れすると聞いて喜びに震えております。さあさあお荷物の方は私共の方でお運びいたします」
「ああいえ、自分の荷物ぐらいは自分で……」
あれよあれよと荷物を確保されて運ばれていく、他にも多くの使用人がいるメジロ家。色んな意味で歯車が狂いそうな気分だ……兎も角、お屋敷の案内がされる……のだが、真っ先に連れていかれたのは……
「おばあ様、ご紹介します。此方が私の大親友のランページのランです」
「初めまして、ライアンからは良く話を聞かせて貰っています」
メジロ家当主、お婆様の部屋であった。そこには威厳のある声と落ち着きのある喋り方、そしてカリスマが溢れ出しそうな御当主様が居た。正直言って今直ぐにも逃げ出したくなる程には緊張してしまっている。
「改めまして……私はメジロ家の現当主を務めているメジロアサマと申します。ライアンと仲良くしてくださっている事、感謝します」
「い、いえ此方こそライアン、さんには色々とお世話になりっぱなしで……」
緊張が極限突破しそうな状態で語られたメジロ家のお婆様の正体、メジロアサマ。史実ではメジロマックイーンの父方の祖父に当たる競走馬、長距離には向かないのではないかと言われていたが当時3200mであった天皇賞(秋)を制した名馬。このカリスマ性を感じさせるのも確かに納得してしまう。
「ライアンからは話は聞きました、大変な日々でしたね」
だが、身構えていた自分には予想外な程にその声色は酷く優しく暖かな物だった。そしてその瞳は慈愛に満ちており、自分の事を本当の孫のように思うかのような物を感じさせる。
「このメジロ家を自分の家だと思って寛いでくださいな」
「い、いえそんな……」
「ライアン、ランページさんの事は貴方に任せますから確りとお友達を支えてあげるのですよ」
「はい勿論です!!」
と、アサマはライアンにそう言葉を掛けてライアンはやる気満々と言った様子で返答する。もう完全に置いてきぼりである。
「ライアン、貴方は少し残って下さい。ランページさんをお部屋にご案内して差し上げなさい」
「承知いたしました大奥様、此方へどうぞ」
「アッハイ」
もうどうでもなれ……と言わんばかりに執事さんの背中を追いかけて行くのであった。そして通された部屋は自分のアパートの部屋の数倍のデカさであり、ベッドルームだけではなく様々な部屋まで完備されている部屋で、場違いな空気を感じずにはいられなかった。
「ライアンお願いだから早く来て……」
「嘆かわしい事です、まさかあのような仕打ちを自分の姪にするなんて……」
溜息をつき、苛立ちを隠せずに思わず前掻き*1をしてしまう。手元には主治医から提出されたランページの診断書がある。そこにあるのは栄養失調の事もそうだが、他にも精神的な問題の事も上げられていた。自殺を図ってしまう程に追い詰められているのが良く分かった。
「ライアン、貴方は彼女のメンタルケアを行いなさい。傍にいて支えてあげるのです」
「最初からそのつもりです」
勿論と言わんばかりに胸を張る、大切な友達の為に尽力するつもりでいる孫に頷くのだが此処である事を尋ねてみる。
「時にライアン、ランページさんはウマ娘としてはどの位なのでしょうか」
「ランの走りですか?」
彼女の事を考えるとこのまま何もせずにメジロ家に留まる、という事は考えにくい。きっと遠慮して早くメジロ家から出ようとする筈、故に何かしらの役目をお願いして出来るだけ留まって貰おうと考えているアサマ。そこで思い立ったのはウマ娘としての能力、するとライアンは少しだけ困ったような顔をした。
「実は……全力で走った所は見た事はないんです。一緒に長距離ランニングとかはしてたんですけど……」
「そうですか……では一度走りを見せて貰えるようにお願いしてください」
「はい、あっでも足捌きとかコース取りが凄かったですよ!!」
「ほぅ」
興味深そうな話が出て来た。曰く、一度だけランページが新聞の夕刊配達を行っている光景を見た事があるのだが……彼女は基本的に歩みを止める事はない。アパートなどに届ける時は流石に足を止めるが、それ以外は基本的にノンストップで走り続けて配達を行う。ランページが過ぎ去ると郵便ポストには夕刊が刺さっている状態になっていたという。
「こう凄いジグザグっていうのかな、そのまま次の家へって移って行くんです。しかも誰かにぶつかりそうになったのに、まるでそのまますり抜けるみたいに通り過ぎてたんです」
相手は歩きスマホを行っていたらしく前を見ていなかった、それがいきなり現れてランページとぶつかりそうになったのだが―――彼女はそのまま身体を回転させるようにしながらも瞬時に脚の向きや置き方を変えながら方向転換を行って通り過ぎて行った。
「左足が右足よりも右にあったのは見えました」
「……益々興味深いですね、まあ取り敢えずはメジロ家で身体を休めて頂きなさい。今夜はランページさんも安心して食事を楽しめるように、其方に食事を運ばせておきますから貴方もそこで食べなさい」
「有難う御座いますお婆様!!」
そう言いながらも頭を下げてランページの部屋へと向かって行くライアンを見送ったアサマはライアンの言っていた足運びに心当たりがあった。
「高速のクロスオーバーステップ……思った以上の逸材なのかもしれない。いい友を持ちましたねライアン」
アサマの瞳は僅かに輝いていた、その瞳を彼女の現役時代を見ていた者が知れば震えるだろう。あの時の、メジロアサマと同じ瞳だと。
「ラン、部屋はどんな感じ……って如何したの端っこで膝抱えちゃって!?」
「ひ、広すぎて落ち着かないんだよ……!!」
このSSではお婆様、メジロアサマ説を採用しました。
前評判を悉く覆したメジロ軍団の名馬、史上初の芦毛の天皇賞馬としてメジロアサマは有名ですね。出生はシンボリ牧場らしいので、おばアサマ経由でシンボリと接点作るのも面白いなぁ~と思ったりしてます。