貴方の強さは私が知っている。   作:魔女っ子アルト姫

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404話

オークスはオグリローマンの勝利へと終わり、ティアラ路線は最終戦となる秋華賞へと持ち越しになる。ドラグーンランス、オグリローマンの二冠か、それともヒシアマゾンの逆襲によって起こる三強のティアラ独占かと様々な煽り文句で世間は賑わう中で世の中はまた新しい熱意を受けて激しい熱を帯びる事となる。オークスが終わればすぐに行われるG1レース、日本の祭典とも呼ばれる日本ダービーだ。

 

「腕の振りが甘いぞブライアン!!ローレルは必ず来る、その為にもお前も気合を入れろ!」

「ああっ!!」

 

リギルより再び現れた無敗の三冠への挑戦権を得たウマ娘ナリタブライアン、BNWの一角たるビワハヤヒデの妹である彼女の強さは疑う所がない。一部ではルドルフを越えるとすら言われるようにもなっている訳だが、彼女はその評価を如何でもいいとすら思っている。そんな事に気を取られている余裕なんてない。

 

「……もう一本だ」

「少しは休憩なさい、ハイペースすぎるわ」

「この程度こなせなければあいつには勝てない」

 

東条トレーナーの言葉も彼女の中にあったあの光景がかき消してしまう。皐月賞、今の自分の評価を決定付けたG1レース、その勝利は自分の圧倒的な能力故の物だとされているが如何してもそれに甘える事など出来ない―――

 

『成程ね……成程成程―――フフッ』

 

カノープスのサクラローレルが見せたあの笑み、皐月賞を試金石として使って自分の実力を評価する程のあのウマ娘は日本ダービーで確実に自分の障害となる事だろう。オフサイドトラップも強敵ではあるが、どうしてもあの笑みの印象のせいでローレルばかりに意識が向いてしまう。今度の日本ダービーでは確実に全力で自分を越えに来る、そんな彼女を破る為には自分も全力で行くしかないと日々のトレーニングにも熱が入る。ダービー当日も近いというのに練習量は増すばかり。

 

「ブライアン、そこまでにしなさい。それだと疲労が抜けきらないでダービーで満足に走れないわよ」

「分かっている、だが……この程度の私では奴に勝てるとは思えない……!!」

「だからこそだ妹よ、今お前がやるべきなのは一つ一つの積み重ねだ。今日はもう十分だから次は明日の自分の為に食事をとって身体を作る作業だ」

「……分かった、汗を流してくる」

 

此処まで言って漸くブライアンは練習用のシューズを脱いで普段使いのそれに履き替え、シャワーへと向かって行った。その様子にハヤヒデと東条は重々しい溜息を吐いてしまった。

 

「ハァッ……やる気と熱意があるのは結構だけど此処まで来るとこっちが参るわね」

「すいませんおハナさん、妹がご迷惑を」

 

申し訳なさそうに謝るハヤヒデだが、同じく苦労する者としては彼女を悪く言うつもりは欠片もないし悪い訳でもない。ブライアンは確実に皐月賞よりも成長している、タイムも良くなっているレベルも確実に大きく向上している、それは彼女も自覚している筈なのにそれで全く納得をしない。向上心があると言えば聞こえはいいだろうがそれも此処まで来ると問題だ、やる気がないよりもずっと厄介だ。

 

「自分を抑えられないっという奴でしょうか、ブライアンはそういう所がありましたから」

 

自分よりも遥かに高い潜在能力を秘めている妹。それ故かライバルにも恵まれなかった事に何処か憤りを感じているようなところも見せるようになっていたが、ローレルという絶好の相手を見つけられたからそれに勝ちたいという思いが先行しているとハヤヒデは考えているが、東条の考えは全く異なっている。

 

「勝利に飢えるとは違うわね……好敵手を求めている訳でもない、あれは純粋に―――怖いのよ」

「怖い、ですか……矢張り以前の皐月賞が原因でしょうか」

 

サクラローレルのそれは酷く不気味、だが次は確実に取りに来る。ダービーを確実に……ローレルは自分から見てもステイヤー向きのウマ娘、2000よりも距離の長い2400であればより高いパフォーマンスが見込める。

 

「ブライアンならダービーでも実力は発揮しきれる、それは自分でも分かっているのに不安でしょうがないのよ。相手は自分の事をライバルだと認めているのに自分の事を一切見ていないことが」

「敵として認められているのに、敵として見られていないですか……私には分からない感覚ですね」

「大多数からしたら訳が分からないわよ」

 

チケットとタイシンという良きライバルに恵まれているハヤヒデからそれはそれは本当に意味の分からない感覚だろう。敵だと認めた上で全力で競う、それがレースにおけるライバルである筈なのに……。

 

「言える事があるとすれば……」

「すれば?」

「ダービーはブライアンにとって確実に試練になるわ」

 

 

シャワーヘッドから流れ出るお湯が身体を伝って汗を流す、少し熱めの温度設定にしている筈のそれは全く身体を温めてくれない。何度目になるのか分からないが頭からシャワーを被るが気分は晴れない。あの日から、あの皐月賞からずっと身体の冷えが取れないのだ。

 

「(ローレル……)」

 

あの日見たあの笑い、感じた寒気はいまだに身体に残り続けている。どれだけ温かい湯に浸かっても、どれだけ暖かい料理を食べても、どれだけ辛い料理で汗を流してもこの寒気は無くならない。

 

「勝てばこの寒気はなくなるのか……」

 

勝利は自分を満たしてくれた、相手が強ければ強い程に自分の中に充実感と幸福感が満ち溢れるのに皐月賞ではそれは訪れなかった。あったのは虚無感に近い、敗者が勝者を見る事もなく去っていくあの姿も鮮明に思い出せる。

 

「随分と長いな」

「っ―――先輩か」

「隣、失礼するぜ」

 

隣のシャワーを使い始めたのは敬愛し尊敬するランページだった。同じようにシャワーを浴びて汗を流している、その様子から彼女も走っていた事を理解出来る。プレアデスの面々相手に走ったのだろうか、そうじゃないと不思議と理解できる自分が居て奇妙だった。

 

「ローレルの相手か」

「分かるか、全く扱き使ってくれるもんだよ南ちゃんも。惚れた弱みって奴は中々に辛いもんだぜ」

 

髪を洗いながらもぼやくが、確かに彼女を振り回せる存在何てほんの一握りだけだろう。メジロの御婆様かシンボリの相談役と並ぶことが出来るあの優男が本当は鬼か妖怪の類だったとしても驚く事は無いだろう。

 

「お前は随分とローレルを意識してるみたいだな」

「……分かるのか」

「伊達や酔狂で暴君やってる訳じゃないからな、これでも人を観る目には自信がある」

 

では自分の思いもきっとお見通しなのだろう―――だから尋ねて見る事にする。

 

「先輩、ローレルのゴールは一体どこなんだ」

「教えてやってもいいが、自分で聞きだしてみな。その方が面白い」

「面白さなんて求めていないんだが」

「不安を無くしたいか、今俺から聞いたとしても深まるだけだからやめとけ―――答えは走りで聞け」

 

ウマ娘にとってはそれが一番だと言わんばかりの返答だった。確かにそれが一番なのかもしれないと思ったのが自分の中の寒気が少しだけ溶けたような気がする。気のせいなのかもしれないが……自分の中にある氷を溶かすには矢張りローレルとの直接対決を制するしかないのだろう。

 

「……分かった。ダービーで明らかにしてみせる」

「それでいい」

 

去っていくブライアンの背中を横目で追いながらもランページはシャワーを浴び続けた。そして―――

 

「やれやれ、逆転しちまってるなぁ……罪作りな奴」

 

自分も疲労がたまった脚に力を入れてシャワーから出るのであった。流石に今日は走り過ぎた、さっさと仕事を終わらせて家に帰って寝たい……そんな風に考えながらコーヒー牛乳を喉奥へと流し込んだ。

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