「こりゃまた意外なお客様が来たもんだわな、つうか俺ちゃん家の場所教えたっけ?」
「たづなさんに教えて貰ったんだよ、取り合えずちゃんと帰ってるみたいで安心したよ。おハナさんに君のお目付け役を頼まれたんだよ、ちゃんと休ませるようにって」
「あらら、おハナさんも随分な事言うじゃないのさ。問題児扱いかい?」
「君がそうか否かで言えば確実に問題児だと俺は思うよ」
「セーフとアウトの境界、ドリフトしてた自信はある」
自宅へとやって来た上水流トレーナー、その実は如何やら東条トレーナーが派遣した見張り役だったらしい。どんだけ自分には信頼がないんだと溜息を吐きたくなったがせっかく来てくれたのだからもてなさければいけないだろう。
「ここが君の家か……なんというか、メジロのご令嬢だからもっとでかい家に住んでて執事さんとかがいると思ってたよ」
「お望みならメジロの本邸へとお連れするぜ。これでも俺はメジロ家には後入りなもんでな、実質的には一般庶民と変わらねぇよ」
「何処の世界に世界最速最強が一般庶民になるんだよ」
「此処に居るんだろ」
適当に掛けてくれと言いながら冷蔵庫を漁るランページの背中を見つつも本当に一般家庭の家と何も変わらない事に驚きを感じる。そしてキャビネットの上に置かれているレジェンドレースの中距離初代チャンピオンを証明するトロフィーを見つけた。
「これがあの伝説のレースを勝った証……ってあれ、これだけなの?」
ランページと言えばその圧倒的なG1勝利数。国内だけに飽き足らず海外では全てがG1レースというある種の狂気的なスケジュールを全て勝利で完遂した伝説、素直な事を言えばそのトロフィーなんかが見られるんじゃないかと思ってワクワクしていたのだが、トロフィーは別の場所に飾ってあるとかなのだろうか。
「トロフィーならカノープスの部室に行けば見れるぞ」
「えっなんでカノープス?」
「カノープス所属の俺が成し遂げた結果だからな、カノープスで飾るのが一番だからだ」
そう言いながらコップなんかを置きながらも飲み物を準備するランページ。彼女にとってはトロフィーは大した価値はない、勝利の記憶は全て自分の中に確りと刻まれている者でありそれで充分。トロフィーを愛でる趣味もないので天皇賞といったお婆様に飾りたいと言われたもの以外は全てカノープスの部室で展示されている。南坂からは置き場所に困ると言われた事もあるが。
「今の所、それ一つだけだな俺自身が取ったのは」
「君の取ったトロフィーか……」
「ほれっ折角来たんだ、もてなすぞ。酒は弱くねぇだろ」
テーブルの上には野菜スティックやら豚の角煮、味付け卵と言った酒の肴になるものがズラリと並べられている。一先ずは乾杯をする。
「それにしても、グラスで日本酒かい?」
「別によくね。此処は俺の家で酒も全部俺の金で買ったんだ、自分の城で私物で何をどうしようが勝手じゃね」
「御尤も」
グラスに並々と日本酒を豪快に注いでそれを一気に飲み干す酒豪っぷりに肩を竦めながらも自分もそれにペースを考えながらも付き合う事にした。酒の席では話も進むという物、故に自分も本題を切り出すとしよう。
「君ももう少し周りを頼っても良いじゃないかな、だからこそおハナさんも俺を寄こしたんだから」
「生憎、俺ちゃんはテメェでやれることはテメェでやりたいだけだ。そうさせたいなら出来る人材連れてきな、そしたら考えてやる」
「いやそうじゃなくてさ……君ってさ、自分の身体とか体力って大分度外視してるよね」
「いいや、寧ろ正確に見積もってるつもりだ」
角煮の出来前に満足するランページに溜息を付きながらも塩味が丁度いい野菜スティックをかじる。確かにそうだとも言える、ランページは自分の手に負えるからこそ請け負うという悪癖がある。それによって自分が被る疲労を考える事もなく、いやある意味では確りと考えている。自分の限界を把握しているからこそ限界ギリギリまでアクセルを平然と踏み込んでいくのである。
「何が起きるか分からない、君は何時破裂するかしないかのスリルでも楽しんでるのかい?」
「ンな訳あるか、俺は唯……」
「ただ?」
そこまで言葉にして、ランページは口を噤んだ。誤魔化そうとした訳でもない、次の言葉が出てこなかっただけだ。
―――ランページの分まで精一杯生きようとしているのは分かる。
ダーレーアラビアンに言われた言葉が脳裏を過った、自分は彼女の分まで本当に気負っているのだろうか……
「必要な苦労、だからやってるだけさ……俺が見たい物の為に」
極論、自分の行動は此処に流れ着く気がしてならない。ブライアンとハヤヒデの対決もそうだが、スズカが世界へと駆け出す姿が見たい、様々な見たい夢がある。自分ならばその為の一助になり得ると、それがランページの分まで自分が成した人生と言えるのではないだろうか。神の言葉を借りて漸く自分の事を言語出来た気がする。
「だったらもっと自分を大切にしなきゃ、君が無理をすればプレアデスの皆だって心配するし下手すれば自分達が情けないからランページさんは無茶をしてるんだ、とか思われるよ。一流のトレーナーは自分の管理も徹底してるよ、おハナさん見てれば分かるけどあの人だってチームをずっと率いてるのにしっかり休んでるし、君にとっては南坂さんをイメージして貰えればいいかな」
「そこで南ちゃんを出す辺り、上ちゃんも人が悪いっつうか俺の事を分かってきたなぁおい」
「許可は貰ってるよ」
そんな時にかつてのジャパンカップを制した後、これでクラシッククラスを終わりにするかしないかの時に南坂に一緒に夢を見たいと言われたことを思い出す。もしも、このままの事を続けて、マヤがキラキラなウマ娘になった時に自分は坂原トレーナーに胸を張れるのだろうか、エアグルーヴが立派になった時に自分は一緒に居られるのだろうか。
「プレアデスの皆は君と一緒に勝ちたい、夢を見たいと思ってるよ。その夢、無視する気?」
「……痛い所を突いてくれるな」
そこまで言われて自分は上水流の言いたい事が漸く解せたような気がする、見るだけで満足できてしまっている自分が居てそれに納得してその末の事を全く考えていない。病院に入院中にそれが実現したとしても実現したのならばそれで満足だ、というのが自分の言い分な訳だ。お前はそうでもまわりはそうではないと突き付けられた。
「……笑えるな、ホント笑える。俺は自分勝手に夢を押し付けてたってか……何が老衰で死んでやるだ……傍から見たら俺は過労死したがってるように映ってたのか」
「手際が良すぎて片づけてたけどブラック企業戦士って言われても違和感なかったよ」
「―――上ちゃん、サブトレーナーって後一人ぐらい増やしても問題ねぇかな?」
「君の仕事量考えたら妥当だと思うよ」
一気に日本酒を飲み干すとランページさんは酒瓶をしまって食事に専念し始めた、突然の酒の自重にどうしたのだろうかと思ったが直ぐに納得できる答えが返ってきた。
「飲み過ぎは健康に悪いしな、ワクでも自重は必要さ……ありがとな上ちゃん」
「礼はいらないよ、俺もいい思いはしたいからね」
「なら今度デートでもしてやるよ、女としてのランページでも見せてやろうか?」
「何今の君はウマ娘ですらないみたいな言い方」
「実際こんな女らしくねぇウマ娘も居ねぇだろ」