アグネスフローラの海外での評価は思ったほど芳しくなかったのが実情である。
ランページと競い続けてきたのもあるが、結果的に既にシニア4年目を迎える彼女は既にベテランといえる状態で海外戦線へと移行した。ロートル扱いされるはシニアウマ娘の記念海外旅行だと辛辣な言われ方もした事もあってフローラは頭に来たことがあった。確かに最初の海外戦は3着が精々だった。だが……
『アグネスフローラ、アグネスフローラだ!!一気に上がってきた何だこの末脚は!!?バ群に飲まれていた筈の華が、鮮烈にレースを飾り付けたぁ!!アグネスフローラ一着!!』
『アグネスフローラが逃げる逃げる!!行けるのか、行けてしまうのか!!?これは文句なし、これがベテランシニアウマ娘なのか!?新進気鋭の我が国のウマ娘達を薙ぎ払ったぁ!!』
そこから順調に適応していった結果として凱旋門に至るまでには10戦し7勝を挙げる事が出来ていた。本当にあれがシニア4年目のウマ娘なのかとバカにされるどころか畏怖の眼差しを向けられるようになってきた。独裁暴君のライバルは伊達ではないのだ。そんなフローラは遂にこの舞台へと立っていた、憧れ続けるウマ娘が史上最悪のバ場であるのにも拘らずに大逃げ、あろうことかワールドレコードで制してしまった世界一の舞台、凱旋門賞に……。
「緊張、してます?」
「この程度でできると思ってる?私を緊張させたいならランページさん連れてきなさい」
「ホントブレませんね」
『さあ今年は一味違うぞ!!栄光あるこの凱旋門賞、嵐の中で行われたその影響をもろに受けたこのロンシャンは史上最悪の不良バ場と化していた。その不良バ場を物ともせず、凱旋門という威光にも怯む事もなく、果敢に走った暴君がいた。嵐をまるで自分の力に変えるように常に先頭を走り続けていた、そう日本ウマ娘界の独裁暴君メジロランページ』
最早伝説となり、未来へ向けて語り続けられるであろう伝説の最悪バ場でのワールドレコード。誰にも真似出来ぬ所業として語り継がれる事だろう、昨年の覇者たるオーバンシーもかの暴君に迫る事すらできずに悔しいというコメントを残している。4度目の挑戦で日本は遠い異国の地で癒えぬ傷を残したのだ。
『今年、その日本から再びチャレンジャーがやって来た!!クラシッククラスでの殴りを掛けて来たのは日本の今年のダービーウマ娘たるサクラローレル!!そしてもう一人、暴君を語るならばこのウマ娘は外してはいけないと日本のファンは太鼓判を押し、我々はそれに同意せざるを得ない!!G1勝利数は二勝のみだが、その勝利は名だたる世界のウマ娘に対する勝利、凱旋門勝利ウマ娘たるエルグッツも破った大華アグネスフローラァァ!!』
偉大過ぎる先人の影響か、自分達はこの地でも快く受け入れられていたことが真っ先に出た驚きだった。文字通りに凱旋の栄光を奪い取った暴君の同胞ならば敵視されるのは当然だと思っていた。だが現実は違う、ランページへのリスペクトという観念においては日本よりもずっと海外の方が強く深く、より洗練されている所すらある。
『日本からの挑戦者、サクラローレルとアグネスフローラにロンシャンから祝福の声が溢れております!!この二人はこの地で、どんな走りを見せてくれるのか!?日本の凱旋門二勝目を飾るのか注目です!!』
レース中から溢れだしている自分たちを祝福する声が絶えない。スタンドには自分たちの名前が書かれた横断幕もあるしサクラの花を模した応援グッズや自分の名前の入った物まである。それを目の当たりにしながらも改めて、自分達は本当に凱旋門へとやって来たんだという事を自覚した。
「圧倒されてる?」
「少し……フローラさんは違うんですか」
「私は別に、ぶっちゃけジャパンカップの方が凄かったなぁって感じまであるし」
地下バ道から出て直ぐにそんな事を口に出来るフローラにローレルは驚きの視線を送ってしまっていた。自分が来たくて来たくてしょうがなかった凱旋門賞、だが今はブライアンに勝つ為の舞台へと変貌したそれ、それでもローレルは少しだけ上がってしまっているのに制したジャパンカップの方がきついと言い切って見せる。
「正直な話をすると、私はこの凱旋門に勝つ気で此処に来てない。ハッキリ言って私は貴方の付き添いみたいなもんだしね」
「付き添いで此処まで来るって相当だと思いますけど」
「だから私は―――あの人のワールドレコードに挑戦しに来てるのよ」
ランページのワールドレコード。フローラにとって重要なのはそれだけ、凱旋門の名誉も世界一のレースなんてどうでもいい。あの人が走ったレースであの人の記録に挑戦する、唯その為だけに自分はここまで来たと胸を張っていた。
「私にとって走る理由はそれだけ、勝ちたい人がいる……貴方と同じだよローレルちゃん」
「……そうですね、私もブライアンちゃんに勝ちたくて此処に居る。同じ、だったんですね」
「そっさあ行こうか―――勝ちたい人に勝つ為のレースに」
「はいっ!」
フローラは此方を見つめてくる数々の強豪ウマ娘達の視線を感じていた。それはクラシックで此処に挑戦したローレルを無謀と称して侮る物か、それとも既にロートルと言える自分に対してお前が立つような舞台ではないという物なのかは分からないし興味もない。だって……ゴールではなく自分達を見据えている時点で彼女らは敵ではないのだ。そう、敵は―――既にゲートの前で待機して集中している者達のみ。
『―――お~お~良い面構えしてやがんゼ、如何するフローラ怖い怖いお相手が勢揃いだ』
「(どうでもいいよ、私は―――貴方に勝つよ)」
勝手に心の中に作り出したイマジナリーランページに誓う、今日こそ貴方を越えて見せると―――
―――やってみせろよ、フローラ。
「―――っランページさんのエール、が今来た……」
「えっ?」
「もう何も怖くない……」
「いやあのそれ敗北どころか死亡フラグ……」
ランページが凱旋門を観戦している時に呟いた言葉は確かに届いた。届いた結果、ゲート入り前にヘヴン状態に陥ったフローラを見てローレルは本気で大丈夫なのかと不安になってきた。