いよいよこの日がやって来た。秋のG1戦線のシニアレース、天皇賞(秋)。クラシッククラスウマ娘が距離などの関係から此方に舵を切る事もあるが、大半はシニアウマ娘達による熾烈な争いが行われることになっているのが常。BNWにナイスネイチャ、マチカネタンホイザ、この辺りが制するのではないのだろうか?という見方が強い。その中でも1番人気となっているのはビワハヤヒデ。宝塚記念では1番人気になりながらも5バ身差の余裕の勝利までも演出してみせた。
「私にとって1番人気になった事は重圧などではありません。私を推してくれている皆さんの期待、それは私の自信です」
勝者インタビューで胸を張ってそう応えるウマ娘の姿に誰もが納得した。これが無敗の三冠ウマ娘の姉たるビワハヤヒデなんだ、現在海外遠征中のウマ娘を除けば国内最強と言えるのは彼女ではないだろうかという者も数多い。最強の姉妹対決が早くも望まれている中で行われる天皇賞、当然と言わんばかりの1番人気も彼女の自信の表れだと言わんばかり。そんな彼女を打倒してみせると息巻くのが同期でありライバルでもあるウイニングチケットやナリタタイシン。
「自信か……確かに自信だろうね、でもさ―――その自信、何時まで続くかな」
『さあ天皇賞(秋)が今スタートしました!!先頭を行きますのはロイスアンドロイスいや好スタートを切ったビワハヤヒデが一気に飛びだしてロイスアンドロイスを一瞬で抜き去って先頭に立ちました!!1番人気のビワハヤヒデが先頭です、2番手にロイスアンドロイス、トーローシーザー、フガクハリヤマが続きます。その後ろにナイスネイチャ、ウイニングチケットが付きます』
先頭を取ったハヤヒデ、菊花賞を逃げ戦法で走り切る事が出来るほどにスタミナに優れている彼女にとって2000を逃げて走り切る事なんて容易い事。そしてその速度も相当な物、普通のウマ娘が全速力で駆け抜けるような速度を平然と出しながらもまだまだ余裕を感じさせている。流石はブライアンの姉だと言わしめるほどの脚だが、そんな彼女の独走を許さぬと後ろからも後を狙うウマ娘が後を絶たない。
「やっぱり早い、でも最後の末脚勝負なら負けないんだから!!」
「逃げて来たか……やっぱランページ先輩と走り込んでるだけはあるわ」
ハヤヒデの逃げ戦法を読んでいた同期の二人は冷静に自分のペースを守っていた。ランページと走り込んでいる事は重々承知、そしてそれによって疲れにくい走り方を会得した。それによって相手を振り落とすかのような逃げで次々と勝利を勝ち取ってきたライバルに今度こそ勝ってみせると意気込む二人。その為にも絶対にペースは乱さない、自分の持ち味で勝負してみせると思う。
『さあ第2コーナーを越えて所ですが未だにビワハヤヒデが先頭です、2番手にはセキテイリュウオーが上がってきてロイスアンドロイスは3番手。トーローシーザ―はフガクハリヤマと競い合うかのように並んでいますが、おっとここでその後ろから、後ろから一気にスパートをかけてくるウマ娘がいるぞ!!カノープスのナイスネイチャとマチカネタンホイザだ!!初G1勝利を目指して一気に上がっていくぞ、ナイスネイチャのロングスパートが来るぞっマチカネタンホイザはその背後にピッタリと付いてぐんぐんと加速していくぞ!!』
「こ、此処で加速するのネイチャ先輩!?」
ネイチャのロングスパートは当然承知だった、だがそれは半分を切ってからだと思っていたのにこんなにも早く仕掛けるなんて思いもしなかった。タンホイザはそれにつられているのか、それとも早めに前に出ようというのか、自分は如何する、先輩達が行ったのならば前に行かなければ負ける可能性も高い、いやここは我慢だとチケットは己を抑えた。
「まさかここで、だが私は負けない!!」
ロングスパートの恐ろしさは心理的にも深く影響して来るところ、自分のペースを見失って配分を見誤ってしまう。だが自分はそんな愚は起こさない、自分にそんな事は有り得ないとハヤヒデは自分のペースを貫くのだが……
『さあナイスネイチャのロングスパート、だがこれによって周囲がどんどんとペースが上がってきているぞ!!2番手のセキテイリュウオーも逃げています、3番手にナイスネイチャ、マチカネタンホイザと続きますがその後方もどんどんとペースが上がってきている!!』
ネイチャのスパートは徐々に加速していく様を見せ付けられていく、そしてその加速は無尽蔵のようにすら思える程に伸びていく。故に周囲は分かっていても焦ってしまう、無意識にその脚に追い付こうとし始めていく。これはもうネイチャとタンホイザ周囲のウマ娘は潰れるというのが確信出来る。同じチーム、そして警戒している相手故に自制できて良かったとチケットとタイシンは胸を撫で下ろす。
『さあ第三コーナーを越える、セキテイリュウオーはもう苦しげだ少しずつ下がって今2番手にナイスネイチャ、3番手にマチカネタンホイザ!!後方からも少しずつウイニングチケットとナリタタイシンが詰め始めている、さあ間もなく最後の直線に入るが何処で本命が来るか!?』
もう少しもう少しだけ力を溜める、と思っていたチケットだが―――不思議と心拍数が何時もよりも高く心臓の音が煩いとすら思える程だった。それはタイシンも同じ、なぜ自分達はこうも焦っているんだ、無意識的に焦っている事が分かった。そしてその理由は、すぐに分かった。
「し、しまったっ!?」
「嵌められた、行かないとまずい!!」
『さあここでウイニングチケットとナリタタイシンがスパートをかける!!ナイスネイチャのロングスパートに引っ張られていたウマ娘達を避けるかのように外へと持ち出しながらの猛スパートだ、さあ間もなく第4コーナーを越えての直線だ!!ビワハヤヒデが先頭、いやっナイスネイチャとマチカネタンホイザが上がってきているぞ!!』
「くっ……流石は先輩たちという所か……だが私とて負けん!!」
直線、自分の持ち味を100%発揮するに相応しいコースになった。後は全力を尽くして走り抜けるのみ!!全力に振り切ったハヤヒデ、ネイチャとタンホイザを一気に振り切ろうとするのだが……
「逃がさないよっ!!」
「マチタン、ライジングフォーム、いっくよ~!!」
「振り、切れん!!」
『ビワハヤヒデ先頭、だがナイスネイチャとマチカネタンホイザがどんどんと追い上げてくる!ウイニングチケットも上がってくる、ナリタタイシンも猛スパート、だが間に合うのか、ビワハヤヒデ懸命に脚を伸ばすが二人も伸びてくる!!』
完璧だった筈、ペース配分は乱れていない、最高の走りが出来ている筈なのに二人がどんどんと迫ってくる。
「アタシだって、アタシだって!!!」
その時見えたネイチャの顔、その瞳は鋭くも輝かしい光に満ちていた。あの光は知っている、あれは―――自分も持っていた光だ。
「ランにあんだけ付き合って貰って、ごめんなさい勝てませんでしたじゃ済まないんだよぉぉぉ!!!!」
「私だって、私だって、色々教えて貰ったランページさんの為にもぉぉぉっ!!」
『さあビワハヤヒデに並ぶぞ並ぶか並んだか!?並べている、並べている並べている!!ナイスネイチャとマチカネタンホイザ、ビワハヤヒデが横一線で並び立ったぁ!!さあ残りは100mを切っている、誰が抜け出すか!?初G1かマチカネタンホイザ!!国内最強となれるかビワハヤヒデ!?ダービーウマ娘の意地を見せれるかナイスネイチャ!!?さあ横一線のまま、どうだ、行けるのかいけないのか!?』
もうどれだけ走ったか分からない、気が遠くなるぐらいには走り込んできた。ダービーウマ娘という称号はある、だが今だけはそれに甘んじたくはない、もっともっと上に、主役になりたい、あのライバルのように―――
「テイオォォォオオオオオッ!!!!」
裂帛の叫びを纏いながらも渾身の一伸びが起きた。それは意地か、努力か、はたまた奇跡か。一歩前へと踏み出したのはナイスネイチャ、並び立っていたそれを突き抜けてビワハヤヒデを踏み越えて抜け出した彼女はそのまま―――ゴール板を誰よりも速く駆け抜けていった。
『勝ったのは――――ナイスネイチャだぁぁぁぁっ!!!ダービーウマ娘此処にあり!!ナイスネイチャ、天皇賞(秋)を制しましたぁぁぁぁ!!!2着にビワハヤヒデ、ハナ差で3着にマチカネタンホイザ!!4着にナリタタイシン、5着にウイニングチケット!!矢張りダービーウマ娘は強かった!!この舞台の主役はナイスネイチャです!!』
「クッソぉぉぉっ……気付くの、遅れたぁ……」
「まさか、ロングスパートをこんな使い方するなんて……」
二人はロングスパートによって前に出てしまったウマ娘達が下がってきたことで壁が生まれて大外に出るしかなくなった。それによって長い距離を走る事になってしまい先頭争いに乗り遅れてしまった。結果論だが、自分達ならばあのロングスパートにもついていける体力はあったのだから前に出るべきだった。
「惜しかったんだけどなぁ……やっぱりマチタンフォームもっと進化させなきゃダメかぁ……」
荒い息の中、隣でタンホイザの声を聞きながらもハヤヒデは分かった事があった。自分もまだまだ上を目指せるのだと、敗北こそしたが全身に満ちる充実感に笑みすら浮かべていた。そして少し重い身体を引きずりながらも信じられないと言いたげな顔で自分の順位を見つめているネイチャへと握手を求めた。
「参りましたネイチャ先輩、ランページさんと走っていたので自信はあったのですが」
そう言われるとネイチャは少しだけ悪い顔をした。
「やっぱりラン相手に走ってたかぁ~だと思ったよ、だけどランとの走り込みの経験ならネイチャさんだって負けないから。ランの走りに寄り過ぎてるハヤヒデだからこそ勝てたようなもんだよ」
「……成程、心底恐れ入りました。私は何時の間にかランページさんの真似事をしていたのか……もう一度基礎から鍛え直す事にしますよ」
「アハハ……そうなったらもう勝てそうにないから遠慮したいなぁ」
「またまた」
ランページとの走り込み、ある意味で一つの完成形とも言えるメジロランページの走法。それを傍で見続けた事で何時の間にか影響を受け過ぎていたのかとハヤヒデは驚いた。もう一度、初心に帰って頑張ろうと思いながらも上を見ると―――VIP席で小さなウマ娘と共に観戦しているランページの姿が見えた。彼女が手を振っているのが見えたのでハヤヒデは笑顔で返した。
「ブライアンとのレースも近い、もっともっと頑張らないと」