貴方の強さは私が知っている。   作:魔女っ子アルト姫

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48話

「やっほ~お姉様」

「おうネイチャ、歯ぁ食いしばれ」

「タンマタンマタンマ!!」

 

5月も半ばに入った頃、先週のNHKマイルカップも終わって次は間もなく自分のオークスが近づき始めている。間もなくと思うと無性に気持ちが高ぶって来てしまう。そんな中で揶揄って来るネイチャを軽く威圧するのも最早定番ネタになって来た。

 

「あ~もう冗談って分かってるのにそんな威圧しなくてもいいのに」

「お前にお姉様呼ばわりされる筋合いはない」

「イケメンお姉様トレーナー」

「応ネイチャ、お使い頼むわ。ちょっとヨモツヘグイの味を見て来てくれ」

「遠回しにあの世に行って帰って来るなと言われてるんだけどアタシ!?」

 

と、何故ネイチャがお姉様呼びをして来たかというと……以前のスーツで出掛けた際に謎のイケメントレーナーの話が出て来たのと同じでトレセン学園内で噂というかそういう話題が出来ているらしい。

 

「特に中等部の子達はお姉様ってランの事呼んでるよ」

「んだよそれ……流され易過ぎだろ」

「まあまあ、今をトキメク女の子なんてそんなもんよ」

 

因みに、謎のイケメントレーナーの方もいまだに噂は流れ続けている。それ所か、あれ以降姿を見せないからか幻のトレーナーとかあれはレジェンドウマ娘だ、とかそんな風に尾鰭が付き始めている。尚その事でタマに弄られてクリークに慰められた。母性溢れる姉の胸は柔らかい。

 

「俺の妹はライスだけだ」

「いやそこなの?」

「だってお前、あんな健気で尊い女の子にお姉様呼びされてみろ。断れる?」

「無理だね」

「だろ」

 

実際、姉と妹の関係になってからはライスとの絡みはかなり増えた。偶にカノープスに混じって練習する事もあれば、ライスの併走相手を務める事も増えている。そんなライスに憧れるように自分をお姉様呼びしている後輩は多いらしいとタンホイザから聞く事が出来た。

 

「それでライスはトレーナー見つかりそうなの?」

「取り敢えず今月の選抜レースには出るらしい、それしなくてもカノープスに来てもいいって言ったんだけどな。それはお姉様に甘えるみたいだから、先ずはライスの力で頑張ってみる、だってさ」

「いやぁ健気で尊いですなぁ」

 

脳内再生が余裕過ぎる光景に思わず二人は口角を緩ませてしまった、そう思わせるライスは本当に不思議な魅力を持つウマ娘だ。一挙一動、一言一句だけで相手を幸せにすることも余裕なのだろう、流石は祝福の名を持つウマ娘だ。

 

「んで肝心のランの準備は良い訳?オークスは来週な訳だけど」

「準備、出来てねぇと思ってる訳」

 

そう言いながらも履いている靴を脱ぎながらも放り投げた、それは地面に落ちるのだがドスン!!という音と共に落着した。それは当然シンザン鉄が装着されていたシューズ、通常の5倍以上はある重さをずっと履いていたがもう違和感なく走れている。

 

「さてと、通常シューズで慣らすか……」

 

新しいシューズを履きながらも走り出していくチームメイトを見つつも、こりゃ万全だわと思って折角だからシューズを片付けてあげますか……と落ちているシューズを拾う。

 

「えっなにこれ」

 

声を上げる。幾ら普通の蹄鉄の数倍重い物を付けていようが、ウマ娘にとっては軽い、だが驚いたのはそこではない。シンザン鉄が酷く摩耗しているのである、それこそシンザンが使っていたシンザン鉄は急造品で消耗も激しかったとトレーナーから聞いたが、これは一から設計されたシンザン鉄。強度も十分な筈なのに酷く摩耗している、しかも均一に。

 

「これ、どうなっちゃうわけ……?」

 

ライスとは長距離のランニングをするとは聞いていた、だがまさかこれを履いたままやっていたりするのだろうか……だとしたら、どうなるのだろうか。

 

 

『東京レース場、第10レースはこの日を待ちわびた方も多い事でしょう。女王を目指すウマ娘達が集うオークス!!本日は天候にも恵まれており、バ場状態は良バ場での発表となりました。この燦然と輝くティアラの舞台で歴史に蹄跡を刻むのは誰だ!!』

 

この日が来た、オークス当日。この日、東京レース場へと集まった人数はなんと16万人を超える。G1ではあるが、此処までの大観衆がオークスに集う事、その意味は唯一つ。このレースの覇者の姿をこの目に焼き付ける為だけである。日本ダービーに並び立つのがこのオークス、ウマ娘達が憧れの視線を向ける栄光が女王の冠、それを得られるのは唯一人、それを得るのは誰なのか―――

 

『樫の女王を目指すウマ娘達が府中に集う、このオークスで戴冠するのは一体誰だ!?』

『3番人気は8枠20番アグネスフローラ、桜花賞でのリベンジを果たし、リギルの意地を見せ付ける事は出来るのか!?』

『1枠1番イクノディクタス、2番人気です。桜花賞、フローラステークスともに2着、今日こそはと思うファンも数知れず。戴冠を果たし女王の一人として名を連ねる事は出来るのか!?』

 

リギルのフローラか、それともカノープスのイクノか。番号で考えればイクノの方が人気になるもある意味当然の事、だがそれでも1番人気は狂わない。そして1番人気は―――

 

『そして1番人気は勿論このウマ娘、此処まで阪神ジュベナイル、桜花賞、G1を含めた9戦を全勝無敗。此処で勝てば無敗でのティアラ二冠、トリプルティアラに王手が掛かります。1番人気、ターフの独裁者、独裁王権、メジロランページ!!!』

 

大歓声が上がる、矢張りこのレースの主役とされているのはランページ。此処まで無敗で来ているのもあるが、矢張りトリプルティアラを取る事を望まれている。4枠8番、フローラ程ではないが矢張りイクノの方が有利と言わざるを得ない。だがこの程度で怯む程、自分は甘くはないのだ。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

スタートの準備が整った、同時に歓声も静まっていき始まりの時を今か今かと待ちわびる。さあどんなレースになるんだ、どんな走りを見せてくれるのか、誰が覇者となるのか。オークスが今―――

 

『スタートです、おっとダイイチルビーのスタートが悪かったようですがアグネスフローラはいいスタートを切りました。まず飛び出すのは1番人気のメジロランページ、ターフの独裁者が抜け出して行きます。その後に続くのはフロントパンチ、セツナサファイア、イクノディクタスは4番手に付きます』

 

何時も通りの逃げを打つ、それは皆分かっていたと言わんばかりに続いて行く。あっという間に10バ身は付ける程の大逃げ、だがそれにイクノが続かなかった事が皆が驚いていた。

 

「あ、あの……」

「あっライスちゃん!?」

「ゴ、ゴメンなさい遅れちゃいました。お手洗いが混んでて……」

「良いよ良いよ間に合ったんだもん!!」

 

ライスを加えたカノープスメンバーは改めてレースを見る、此処までランページに付き続けて来たイクノが抑えて先行の位置で流れを窺っている。

 

「イクノが抑えてる、珍しい」

「流石に2400はイクノさんでも逃げ続けるのは難しいです、だから普段の持ち味を活かすつもりだと思います」

「お姉様……どうなるかな」

「どっちも頑張れ~!!」

 

ターボの声援が飛び出す中、ランページは更に差を広げていく。正しく大逃げ、独裁者の本領発揮と言わんばかりの展開だが他のウマ娘達はそれを下手に追おうとはしない。

 

「トレーナー今回全然ラン追われてないよね、何でだろ」

「桜花賞ですね、桜花賞でリギルのフローラさんがそれによって潰れている。それで下手にそれに追うと先にスタミナが尽きる事が分かっているんです、ならば自分のペースで走った方がいいと皆抑えているんです。イクノさんもそうしているからその正当性も上がって皆ああしているんです」

 

「(そうだ、下手に追わなくていい、自分のペースでいけば絶対に勝てる。自分の走りをすれば……!)」

 

6番手辺りに控えているフローラは確信を持てた、少し前を走るイクノの姿がそれを確信に変えていく。下手な速度なんていらない、自分が出せる時に全力で追いかける、それを出せないようにするのがランページの走りなのだ。全力で走れれば自分の末脚ならば必ず……!!

 

『さあ向こう正面、矢張りこの独裁者の走りは大逃げ、もう15バ身は離れているのでしょうか!?このまま逃げ切るのか、後方のウマ娘達はまだ動かない!!』

 

「ターボもあんな風に走りたいな~!!」

「ううっ凄い速い、これもう決まったんじゃない!?」

「いえいえ、まだまだですよ」

「こりゃどうなるんだろう」

「……あれ?」

 

此処で思わずライスが声を上げた、それに釣られてカノープスが其方を見た。如何したのかと。

 

「どしたのライスちゃん」

「お姉様、抑えてるみたい」

「えっいやいやいやそれはないでしょ、あんだけ逃げてて」

「如何してそう思うんですか?」

「だってほら」

 

そう言って指を指す先にあったのは時計だった、走り始めてからの動き始めた時計。それを見た時、全員がきっと新記録でも出すような……と思った事だろう、だが違った。遅い、あれだけの大逃げを打っているとは思えぬほどにペースが遅いのである。

 

 

「っしまった、謀られましたか……!!」

 

思わず、イクノがそんな声を上げた。自分も漸く気付けた、自分のペースを守って最後の力を開放させるつもりだったがこれはランページの仕掛けた罠だったと。そう、大逃げばかりで頭から抜けていた事があった。それは―――ランページの幻惑逃げ。漸く分かった時、ペースを上げる。このままでは本格的に手遅れになる。

 

『イクノディクタスが此処で上がっていく!!アグネスフローラも動いた、さあレースが動き始めて来ました。独裁者の政権を許すものかと各ウマ娘達が上がっていきます!!メジロランページへと距離を少しずつ縮めて行く、後10バ身という所か!?第4コーナーに入ってもまだメジロランページの脚は衰えないが他のウマ娘達がぐんぐんと追い上げてくる!!もう6、いや4バ身と言った所でしょうかこのまま捕らえられるのか間もなく直線だ!!』

 

「追い付けるか、いや追い付くしかない!!」

「行ける、絶対に勝てる!!」

 

イクノは危機感を、フローラは勝利への希望を胸へと抱きながらも後僅かでランページへと手が届きそうな3バ身へと追い込んだ。勝てる!!と思ったウマ娘達の気配を感じながらも本人は笑っていた。

 

「久しぶりにやったが問題はなかったな、さぁて―――脚は溜まってる、行くぜぇ!!」

 

刹那、ランページの身体が一瞬掻き消えた。何が起こったのかと思ったが、フローラはランページを見つけたが一気に前傾姿勢になると一気に加速してどんどん自分達との差を開けて行くのである。

 

「なっ……!?あれだけ逃げててなんでまだ脚が……!?」

「くぅっ!!!」

 

『此処で更にギアを上げたぞ、イクノディクタスも伸びてアグネスフローラを抜き去る。だがメジロランページとの差は開いていく!!4バ身から5バ身、一瞬で一気に伸びて行く!!これが独裁者の走りか、イクノディクタスも懸命に追いかけるがこれはもう追い付けない!!メジロランページ、メジロランページが今オークスの戴冠を、果たしましたぁぁぁぁ!!!メジロランページ二冠達成!!トリプルティアラに完全な王手を掛けました!ターフの独裁者がまた一つ冠を我が手中に収めました!!2着イクノディクタス、3着アグネスフローラ、4着フロントパンチ、5着ダイイチルビー』

 

 

「最初に大逃げを打って距離を稼ぎつつもイクノさんですら気付かないように慎重にペースを落とす、終盤に上がってこようとしても残っていた脚を全開にして一気に逃げ切る。此処までずっとシンプルな大逃げをし続けて来ただけにイクノさんも気付きにくかった部分もあったのでしょう」

「すっげぇ……ランそんな事考えてたんだ」

 

勝利の大歓声を浴びるランページへと視線を送りながらも彼女の作戦を説明する。それを聞くと改めてランページの凄まじさに喉を鳴らしてしまう。

 

「凄いお姉様……」

「いやこれは本当に凄い……イクノですら気付かないって」

「はえぇぇ……」

 

逃げもそうだがペース変更も舌を巻くほどにうまい。対決するウマ娘はそれを計算に入れた上で走らなければならなくなる、全く以て恐ろしい。

 

「これでダブルティアラ……後は最後の一つ、ですね」

 

「さあ、このまま最後のティアラも独占しちまうぜ。なんたって俺は独裁者だからな」

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