「ふわぁぁぁ~……」
「随分と眠そうだね、夜更かしかい?」
「昨日は小娘共を家に泊めたお陰でファインが何時も以上に元気でねぇ……友達がまた出来たってはしゃいじまってな……」
あの後、ランページはタキオン達を自分の家まで招待して彼女を泊めた。当然その際の連絡は自分がやったのだが……ご家族には酷く恐縮されてしまった。と言っても家主の仕事なのでSP隊長に任せる訳にも行かないのでこの辺りは致し方ない。
「ブライアンの走り自体にも興奮気味でな、一体何度録画を見直せば気が済むんだか……俺からも考察を聞きたいって駄々捏ねられちまって……タキオンだけなら断るんだが、純粋無垢で憧れるような目を向けてくるポッケとカフェの前だとそれも出来なくてなぁ……」
「子供の前だと大人って面子を守るもんだからな」
「缶コーヒーならあるけど飲むかい?」
「貰うわ」
坂原トレーナーから貰った缶コーヒーを飲みながらもターフに目を向けて見るとそこには何時も以上に気合の入っているマヤが走っていた。
「お~マヤヤの奴いい顔で走ってるね~」
「全くだよ、少なくとも僕だけで面倒を見てた頃には絶対に見られない顔だね」
「それだけ有馬記念でのインタビューが効いたって事なのかも知らないな」
上水流の言葉には同意するしかない。あの場でブライアンは次に来るのはマヤノトップガンだと指名し同じ舞台で走る事を楽しみにしていると述べた、模擬レースでブライアンに強く勝ちたいと望んでいたマヤにとっては絶好のガソリンとなる事だろう。
「そして次はいよいよG1……ホープフルステークス」
「つ、遂にか……」
噛みしめるように呟く坂原と思わず声が震える上水流。上水流はまだ新人である上に直接的に担当を取っている訳ではない、一応プレアデス内で彼主導で指導しているメンバーはいるが、実質的に彼にとっても初のG1チャレンジという事にある。
「坂原さんはG1は初めてじゃないんですか?」
「これでも10年トレーナーをやってるからね、何度か挑戦した事は有るよ。確か一番いい結果で……ダービーで4着だったかな」
「ダービーで掲示板入ってるなら凄いじゃないですか」
「そうでもないさ、本当にこれが一番いい成績な訳だからね」
坂原もトレーナーとしては中堅どころ、評価こそ高いがいまいち勝ちきれない。G3G2ならばかなりいい成績を残すのだが、矢張りG1となると勝手が違う。G1トレーナーになる事は夢でもある。
「なに緊張してんだよ、別にアンタらが走る訳でもねぇんだから気楽に構えときゃいいんだよ。南ちゃんなんてお気楽だったぞ」
そんな二人と対照的にランページは酷く楽天的というか緊張のきの字すら感じられない。
「一応トレーナーとしては新人なのに、なんでそうも余裕なんだろうな」
「途中から出たレースが全部G1だったからじゃね?寧ろ俺としては懐かしい雰囲気だな」
「そう言えばそうだったね、それでも緊張はしちゃうものさ。南坂さんだってそうだったんじゃないかな」
「だとしても顔と態度には出さないようにしときな、走る側からすりゃトレーナーの動揺してるってのは不安を感じさせるもんだぜ。結局の所は勝つか負けるはランナー次第だ、俺達は今日まで積み重ねてきたもんを全部信じてどっしり構いときゃいいんだよ」
「……まさか、新人トレーナーの君にそれを説かれるとはなぁ……」
あれは坂原がサブトレーナーとしてベテランから勉強させて貰っている時の事だった。その時にサブとして付かせて貰ったのは大ベテランの六平だった。そんな六平からは様々な事を教わったが一番大事な事は落ち着く事だと言われた。
『いいか覚えとけ、動揺してもそれを隠せ。俺達が動揺したらウマ娘達は誰を信じりゃいいのか分からなくなる。レースは孤独な争いだ、だからこそ俺達はあいつらの支柱にならなきゃならん。自分が信じられなくとも、トレーナーが自分を信じてくれる。それだけで走れるもんだ』
トレーナーは常に冷静であれ。ウマ娘が戦士だとすればトレーナーは軍師だ、冷静さを欠いた軍師なんて何の役にも立たない。例え無策だとしても軍師は慌てない、それだけでも不安を払う材料に繋がる。
「流石六平さんだ、良い事言うじゃねえか」
「動揺しても出すな、かぁ……何それ単純だけどクッソ難しい」
「じゃあ動揺したら俺とスーちゃんとお婆様と食事会」
「出来るかぁ!!?」
「どっちの意味?」
そんな風に騒いでいるトレーナー達をマヤは見た、自分も笑みを深めると更に真剣にターフを駆ける。トレーナーちゃんと慕う坂原に子ども扱いするが褒め上手な上水流、そして中核で自分ともよく走ってくれるし全身走法の事を隠すことなく教えてくれるランページと心から尊敬している。そしてそんな中で坂原がまだG1トレーナーでなかったことに驚いていた。
「(そっかトレーナーちゃんって、G1勝った事ないんだ……)」
G1レースを制覇したウマ娘を担当するトレーナーはG1トレーナーという称号を得る。ウマ娘のレースにおいてはメイクデビューを勝ちあげるだけでも強い証明でもあり、オープンウマ娘になることが出来るのだってほんの一握り。G1という称号はそれほどに重く名誉な事。
『ね~ね~トレーナーちゃん、トレーナーちゃんってマヤに勝って欲しいレースってある?』
『う~ん……別にないかな。僕はマヤが怪我無く走り切ってくれればそれでいいよ、それで勝ってくれたらどんなレースでも嬉しいよ、それこそ模擬レースでもフリースタイルレースでもね』
『トレーナーちゃんってばマヤの事大好きだね!!マヤもだいだいだいだ~い好きだよ!!』
そう言えば坂原とそんな事を話した事があった。同室のテイオーは圧倒的な強者で様々な話を聞いたしG1レースで勝った時はトレーナーは我が事のように喜んでくれた事が嬉しかったと言っていたのも印象的だった。それなら坂原は如何なのだろうか……自分がG1を取ったら、喜んでくれるのだろうか、そしてもしも、もしも自分が―――ダービートレーナーの称号をプレゼント出来たら坂原はいっぱい喜んでくれるだろうか……そうなったら大人のレディとして自分を褒めてくれるのだろうか……様々な思いが脳裏を駆け巡る中でマヤは更に凛々しい顔になった。
「ランページさぁ~ん、マヤ模擬レースお願い~!!」
「おっ我らがエース殿が模擬レースをご所望だぜメイントレーナー殿」
「それじゃあ僕はマヤ側について対君用に準備した戦術の完成度テストと行こうかな?」
「はっはぁ~俺の大逃げにそれが通用すりゃいいけどな」
来たるホープフルステークス、ファイナルズとレジェンド前の最後のG1レースが始まる。