アドマイヤベガにとってランページの言葉は理外、自分にとっては有り得ない事でしかなかった。妹の為に走り、妹の為に強くなろうと決意してきた彼女にとっては酷く重く鋭く痛い言葉。妹が姉の人生を奪う―――。
「ランページさん……す、少し言い過ぎなのでは……?」
「いいやカフェ、お前もよく聞いてくれ。レースっつうのは究極的に自分との戦いだ、誰かの為に走るっていうのはモチベーションにも繋がる、だがそれだけだと何れ自分は希薄になって行く。そしてそこに他人が介入して自我が消失する」
「自我が……」
「他者の思いを背負うってのは思いの他辛い物なんだ、そっからは孤独の戦いだ。自分が分からなくなってどうしたらいいのか、頭ン中がぐるぐるしていくんだ」
実際、自分もそうだった。欧州遠征の折それを味わった。どうしようもなく不安になってライアンに救われた。だがアドマイヤベガはまだそこまで至ってはいないから踏み止まれる。
「それでも、それでも私はあの子の為に走っていたい……だってそうしなきゃ私の為に死んだあの子に償えないじゃない……貴方は私の何を知っているっていうの……!?」
涙を流したまま言う。縋るように、此方を殴るように。
「初めてあの子を感じたあの時、輝くような興奮と寂しさ、私はあの子がレースでの喜びを感じられるようにしなきゃいけないのよ……何も失ってない貴方に何も言われたくない!!」
「失ってねぇか」
「だって、だってそうじゃない!!メジロ家って大きな家の令嬢で世界最強になった貴方は、何もかもを持ってるじゃない!!!私の気持ち、いや失う者もの気持なんて微塵も分かってない!!」
泣きながらのその言葉、苛立ちと悲しさ。自分が味わった物への理解の無さへの怒り、様々な物がある。カフェは分かっているつもりでいる……お友達の存在故に色々な物を見てきたし触れてきた。そこにはどうしようもない怒りや悲しみもあった。だけど彼女のそれは分からない、計る事しか出来ない。
「分からねぇな、俺にはお前の苦しみなんて分からない。所詮、俺達は自分で知る事しか知らない。だけどな……家族全部失ってるんだよ俺は、テメェばっかりが不幸ですってか。不幸自慢なら負けねぇよ俺は」
「何を言って……!!!」
「本当の親は既に死んでるんだよ俺」
ぶっきらぼうに放たれた言葉に二人は言葉を失った。二人にとって親は絶対的な家族の存在だ、頼れるし温かみをくれるもの。それが既にいない、ランページはそのまま続ける。
「よくある話だ、事故で家族全員死んで俺は助かった……その後の人生はひでぇもんだったな、叔父夫婦に引き取られたが親の遺産の殆ど持ち逃げされてアパートに置き去りだ。そっから数年は極貧生活、一日が基本一食で毎日新聞配達のアルバイトをやってたな……誰もいねぇ部屋に毎日帰って来てはもう会えない親の影を追いかけ続けた。その先が地獄だと分かってても追いかけずにはいられなかった、そうでもしなきゃ自分を維持出来なかったんだろうな」
あの頃の記憶は思い出そうとすれば何時でも鮮明に思い出せる、生きて行くだけでやっとの毎日。親切な店の店主の計らいで朝早くに店のお手伝いをする事で賄いを貰ったり、お金や形の悪い商品などを譲って貰ってなんとか生きていた。
「ンである時だ、限界がきてぷっつり糸が切れた。そしたら俺は如何したか、解るか?」
「……っ」
「如何したん、ですか……?」
「自殺を図ったんだ」
死を間近に感じた事のある二人ですら絶句した。死を間近に感じたのではない、死を受け入れようとした者の言葉。それを聞いてお友達は納得したような顔をしていた、最も近くまで死が迫った。だからこそ自分達を見れるのだと。一方で妹さんは凄い顔でショックを受けている感じだった、それをお友達が背中をさすって深呼吸を促してリラックスさせようとしている。
「マジで死ぬ前にライアンが俺を見つけてくれたから今こうして生きてる訳だけどな……そういう訳で俺も残された者の悲しみなんかは分かるつもりでいる、お前さんのそれよりも辛いかは別にしてな。残された奴が出来るのは居なくなった奴らに胸張れる生き方しかない、償いもその為の一つでしかない。今の俺達が如何頑張っても死んでいった人達に確認する術なんて普通はないからな」
「……」
「アドマイヤベガ、お前さん……妹さんに何をしたかった。自分の為って名目で自分が傷ついてく姿を見せる事か?」
「ちっ違う!!私は、私はただ……っ……違うの、違うのっ……!!」
先程とは打って変わって崩れ落ちるように涙を流し始めた、気付けたのだ、これまでの妹を思っての行動の全てが自分善がりでしかない事に。自分がこうすればきっと妹は喜んでくれるとばかり思いこんでいた、相手は話す事も出来ないのだから致し方ないと言えばそうだろうが……そんな彼女をランページは抱きしめる。
「大丈夫だ、必死だったのは分かってる。辛かったよな、寂しかったよな、ずっと一人で戦ってきたんだよな……こっからは俺も背負ってやるから安心しろ、一緒に走って行こう。妹さんと一緒にトゥインクルシリーズで走れ、双子なんだ一緒に走る事なんて造作もないだろ」
「一緒に、走って、良いの……私なんかが、私なんかが……」
「これからも一緒に走りたいと、仰ってますよ。今までもずっと一緒だった、でもこれからは本当の意味で一緒に走ると」
カフェの言葉を受けた彼女は泣いた、これでもかと流し続けていた。懺悔の涙は何時の間にか喜びの涙へと変わって口にする言葉も有難う……という物に変わっていた。そしてどの位泣いたのだろうか、泣きつかれたのかまるで憑き物が落ちたような純粋な寝顔を晒していた。
「やっと安心して寝られるようになったか……悪いなカフェ、面倒な事に付き合わせて」
「いえお気になさらず、ランページさんは私の事を信用してくださってるんですよね。今日の事は誰にも言いません」
「応。今は幸せいっぱいだから気にしないでくれ、今度美味いもんツアー連れてってやるから」
「忘れないでくださいね」
そんな会話を他所に夢の世界にいた彼女はそこで生涯忘れない最高の夢を見た。それは―――
「お姉ちゃん、楽しいね!!」
「うん、本当に楽しいわ……!!」
お揃いの勝負服を着て、ターフを共に駆ける。そんな夢だった。