貴方の強さは私が知っている。   作:魔女っ子アルト姫

521 / 636
521話

4着。初の敗北、掲示板こそ確保はしたがあまり褒められた走りでもないな、とマヤは自嘲気味だった。先程までの笑顔は鳴りを潜め、顔を伏せて地下バ道を行く。控室に入ると壁に向かって手を付きながら顔を隠した。

 

「……」

 

無言のまま、唯々沈黙の時間が流れ続けていく。思考が纏まらない、思った言葉が出ない、何も浮かばない時間のままだったが時間は必ず動き始めるもの。控室の扉を叩く音がした、柔らかな叩き方とリズムで直ぐに誰か分かったマヤは小さく、どうぞと言った。

 

「お疲れマヤ」

「お疲れさん、戦闘規定の全うご苦労だったな」

 

坂原とランページだった。その言葉にも返す言葉が出ずにそのまま沈黙を貫く。

 

「マヤは、俺の言葉なんざお前は望んじゃいないだろうから一つだけ言いに来た」

 

そんな事はない……だがマヤはその気遣いにすぐ気づいた。生涯無敗のランページの言葉なんて気休めの効果はない……ただ声を掛けてくれるだけでも嬉しいのに……自分は負けたのにどうしてそんなに優しい顔を作ってくれるの。

 

「お前の勝利を信じてる」

 

そう言い残してランページは報道陣の相手をして来ると言って控室から出ていく、後に残されたマヤと坂原。坂原は椅子を確りと立て直しながらもバッグを置きながらも、椅子を叩いた。

 

「此処に座って、走った後なんだからちゃんとケアしないと脚に悪いよ」

「……うん」

 

促されてマヤは椅子に座った。坂原トレーナーは一言断ってからマヤの脚を触診し始める。まるで割れ物を扱うかのように優しく、指の動き一つ一つに注意を払っているかのように、傷を付けぬように……

 

「うん、過度な疲労はなし。疲労は溜まってるけど想定内、骨にも異常はなし……」

 

脚の状態を確認すると安堵の息を漏らしながらも濡れたタオルを当てて熱を持った脚を冷やす、適度に冷たく、ぬる過ぎない絶妙な温度。いきなり冷やすとビックリするからという坂原の気遣いが普段は嬉しいのに今は辛かった。

 

「……ごめんなさいトレーナーちゃん、マヤ、勝てなかった……」

「ううんマヤの走りは素晴らしかったよ、あのプレッシャーの中でよくあそこまで持ったよ。正直感心したし掲示板から外れる事だって十分に考えられたよ」

 

ジェニュインの戦法はそこまで優れていた。絶妙な位置に付きながらも恐らくマヤが逃げで来るであろう事を読んだ上でマーク、流石はリギルの東条トレーナーだと言わざるを得ない。そこに海外からの経験値を持ったフローラとネメシスのサンデーサイレンスの教導を受けたジェニュインらが一つになれば当然の帰結だった。

 

「ジェニュインはサンデーサイレンスからの教導をよく受けていた、その事を僕達は失念していたんだよ。あそこまで強気に出るとは思わなかった……僕もまだまだだよ」

 

ランページ自身も気づくべきだったと溜息を吐いていた。サンデーの元だったのならばその戦術も受け継いでいる、それを理解していた筈なのに頭から抜けていた。日本の環境に閉じこもり過ぎていた……日本には日本に合う戦術がある、だからと言ってそれ以外を出さないとは限らない。こう思うべきだった。

 

「マヤ、マヤ……マヤ、勝てなかったぁ……トレーナーちゃんにクラシック、G1、プレゼントするって、言ったのにぃ……!!」

 

堪えきれなくなった涙が溢れだしてしまった。マヤの中で決めていた事、坂原に一生の一度の舞台での勝利をプレゼントする事。そう決意したのに……そんなマヤに坂原は笑顔を崩さなかった。

 

「マヤ、僕は君にもう一生に一度の勝利を貰ってるよ」

「嘘嘘嘘っ!!そんなの嘘だよぉ……!!だってマヤ、負けたんだよ……!?」

「君のトレーナーになれた、それが僕にとっての勝利だ」

 

マヤの小さな手を握り返しながら目を見てそう言った。その言葉にマヤの……?と返せば坂原は笑顔で繰り返す。

 

「僕は事故で君のトレーナーを辞退する筈だった、それなのにこうして君のトレーナーになれているんだ。こんな素敵な一生に一度、他にあるかい?マヤ、この前聞いてくれたよね。マヤが勝ってくれたら嬉しいかって、うん嬉しいよ。だから今度は―――一緒に勝とう、ダービーでリベンジをしよう。マヤはもっとキラキラのウマ娘になれるんだ、だから一緒に、一緒に頑張ろう」

 

マヤにとってその言葉は嬉しかった、そして有難かった。一緒に走ってくれると言ってくれた事が……ジェニュインのプレッシャーで感じた事は孤独による恐怖、この怖さと一人で戦わないといけないという悍ましい程の恐怖、だけどもう怖くはない。坂原と一緒なら―――

 

「トレーナーちゃん……うん、マヤ頑張るから、もっともっと頑張るから……だからトレーナーちゃんと一緒に……」

「うん、飛ぼう。ターフの空へ」

 

胸へと飛び込んできたマヤを優しく受け止めながらそう誓いあう。まだまだ機会はある、ならば上を向こう……空へと飛ぶ為に。

 

 

「今回の負けの敗因については如何思われますか?」

「マヤをマークしたジェニュインの作戦に上手く嵌ってしまった感じですね、ネメシスの時から随分と成長したと思ってましたがリギルで強くなったなぁと思いましたよ。その隙を上手くついたマーベラスサンデーについても素晴らしかったですね、最後の最後はある種の賭けだったとは思いますがそこまで恐怖心を出さずによく飛び込んだもんだと感心でしたよ」

 

二人が誓いを立てている間、ランページは報道陣の相手をしていた。基本ランページが気に入った出版社らだが、それ以外の連中もいる。自分の時代は楽だったなぁと内心では思っている。

 

「つまり敗因はトレーナーの作戦ミスだと?」

「否定するつもりはないですけど、こっちの最善を向こうがねじ伏せただけですね。俺が現役時代に相手へと求めた事ですよ、俺を倒したければ正攻法で勝ってみろってね。だがまあいいデータは取れました、次はもっといい結果を出せると思いますよ。それに負けた事は必ずしもマイナスにはならないって俺のライバルが証明してますから」

 

誰かが聞こうとした敗北してもよかったのか、という質問を先に牽制する。そしてその言葉の意味はアグネスフローラが良く実践している。負け続けた果てに彼女は凱旋門を取ったのだから。

 

「敗北っていうのは勝利よりもずっと価値がある、負けたら改善と奮起があるけど勝ち続けたら不安と動揺がある。今の走りで次も勝てるのか、本当にこのままでいいのか?って不安になる、実際俺は海外遠征中になった。だからこの敗北はマヤの絶対的な糧になる。残るはダービーと菊花賞、それに向けてマヤと一緒に走るだけだと思ってるよ俺は」

 

生涯無敗ではあるがランページは決して敗北を卑下している訳ではない。寧ろ価値ある敗北なら受け入れる心構えで走っていた。マヤのこの一戦は大きな財産になる。そしてそれを糧にして強くなれると信じている、そう必ず……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。