大勢の人々が集った東京レース場。今日この場で行われるレースこそが名誉あるレース、日本ダービーなのだ。このレースで勝利する事こそが―――
「(フフッランページさんったらホント凄いな~もしかしたら、会長でもそんなこと思わないんじゃないかな?)」
地下バ道から姿を見せながらも大観衆を目の当たりにして改めてそんな事を思ってしまったマヤ。この場に立って改めてダービーの凄さが身に染みてくるようだったのにそれらを覆すかのようなランページの言葉が脳内で反響する。伝統文化と言っても差し支えないだろうダービーへの尊敬の念を一蹴するかのような発言はきっと現会長であるテイオーや前会長であるルドルフですら出来ない言葉だろう。
『さあやってきましたチームプレアデスのマヤノトップガン!!前走皐月賞では4着ではありましたがその着差から彼女が勝っていても可笑しくないという意見も数多い、本日3番人気です!!』
皐月賞での敗北があってもこれまでの戦績は圧倒的、既にG1ウマ娘でもあるマヤの人気はかなり高い。そんな彼女には負けないと言いたげな雰囲気のウマ娘がゾクゾクと入場してくる。
『おっと早くも皐月賞ウマ娘のご登場です!!驚異の末脚を持つ驚きの感動を標榜するウマ娘、マーベラスサンデー!!本日1番人気です』
「マーベラース!!」
『凄い元気で出ましたマーベラス、そしてスタンドからもマーベラスコールが巻き起こります!!続くのは―――皐月賞での借りを返せるか、麗しの奇跡、フジキセキ!!本日4番人気です。彼女が制するかこのダービーを……来た来た来た大本命が!!フジキセキと同じチームリギルに所属し、前走はNHKマイルカップを勝利し皐月賞で証明できずにいた自らの強さを再証明、今度はダービーでその強さを見せつけるか、本日2番人気のジェニュイン!!』
「変則三冠とやってやろうじゃん」
やっぱり凄い人気だなぁ~と思いながらもマヤはゲートへと向かって行く、その最中でプレアデスの皆の姿が見えた。
「マヤ先輩頑張ってください~!!」
『Fighting Maya~!!』
「気張ってください~!!」
「私との練習活かしてください~!!」
『頑張って~!!』
チームからの声は追い風となって自分を押してくれる、それに対して無言でのサムズアップで応える。絶対に負けない……改めてその決意が強くなりながらも歩みを進めていく。周囲を見れば緊張している子達が大多数だった、それはフジキセキやジェニュインも同じくだった。彼女らにとってもダービーは特別な物。
「(……うん、大丈夫)」
そう思いながらゲートの中へと誰よりも先に入った。誰もが緊張してゲートの中へと入り難そうにしていたのに迷うことなく入った。そして閉じられた……さあ、スロットルを開けよう。
瞳を閉じる。姿勢を低くする、頭の中では既に自分は走っている、これは助走だ、滑走路を走り始めた翼。徐々に速度を上げていく、外の音が聞こえているのに無音に感じる。もう直ぐ来る、さあ今こそ―――
『さあ日本ダービー、スタートしました!!』
テイクオフ。ギアアップ、頭の中では既に走っていたマヤは絶好のスタートを切った。
『おっとマヤノトップガン素晴らしいスタートを見せました!!ポンと飛び出て早くも3バ身4バ身のリードです!!ほとんど揃ったスタートから飛び出したマヤノトップガン、これは素晴らしいロケットスタートです!!』
『本当に素晴らしいですね、ゲートが開く一歩手前にはスタートしていましたね。あれこそスタートの最上位の仕方です、私でもあんなスタートは練習で一、二回出来た程度ですね』
解説席に座っているのはルドルフだった、ダービーの解説にはダービーウマ娘が相応しいという事だろうか。オークスのターボの一件で味をしめたのか、よくもまあルドルフもそれに応じた物だとランページが思いながらもレースを見る。確かに飛び出したマヤ、ロケットスタートの良さだけでこのリードはマヤの身軽さが出ている。
『第1コーナーを曲がって先頭はマヤノトップああいや此処でフジキセキとジェニュインが前に出ました、早くも前に出たぞフジキセキとジェニュイン、いやこれはマヤノトップガンが後ろに下がっていくのか!?如何した如何したマヤノトップガンが下がっていく!!ロケットスタートのリードがあっという間に消え去って現在6番手!?如何した何か問題が起こったのか!!?』
先頭に立った筈のマヤが一気に後ろに下がった。これにはスタンドからもどよめきの声が上がっている、トレーナー勢からは故障が発生したのかと疑う者も多い、その中には東条もいた。
「あんな好スタートを切ったのに下がるなんて、あれが偶然できてしまったのかしら、いやだとしても普通はあのリードを活かすはず、一体何を考えて……」
意味が分からないと言いたげなマヤの走り、マヤはそのまま7番手辺りでペースを変えて現状を維持し始める。その表情には何処か焦りにも必死に平静を装っているようにも見えた。レース場が大混乱する中でマヤは走り続けていく。
『マヤノトップガンは突然の失速から中盤に付きました、さあ間もなく向こう正面おっとっ此処でマヤノトップガンが上がるのか!?身体に問題はないのでしょうか!?ぐんぐんと上がって現在3番手!!いやまた5番手、何が起きてるのか私には理解不能です!!ですがそれ走っているウマ娘ならば私以上でしょう!!』
『これは……幻惑逃げ、いや幻惑走りというべきでしょうね。成程そういう事か、全くランページ君の教え子は常識には囚われないという事かな?』
解説のルドルフは理解した、マヤには何の問題すらないんだと。あのロケットスタートは出来たらよかった程度の事で今の走りこそが既定路線の作戦なんだと察する。だが考えた所で普通は絶対にやらないし出来るウマ娘なんて居るとは思わない。だが居たのだ、出来るウマ娘と暴君の技術が奇跡的な噛み合いをみせてしまった。
「さあアフターバーナー、点火ぁ!!!」
『第3コーナーを先頭はジェニュイン、続いてフジキセキ。タヤスツヨシ、そして―――マヤノトップガン⁉此処で一気に来たァ!!?マヤノトップガン凄いスピードでコーナーを大疾走!!信じられませんコーナーでありながらこのスピードで曲がり切れている!!?一体何がどうなっているのかもう理解不能です!!?』
『いやワザとスピードを出して遠心力を利用しながら身体を外へと持ち出しながらも数歩置きに内側に切り込んでいる……細かいコーナーリングでの微調整をしながら曲がっている。なんて技術を……あれは彼女の華奢な身体でなければ出来ない事だ、凄い技術だ……全くランページ君は』
「俺も知らねぇ事を然も当然と俺の仕込みだというのやめて欲しいんですけど」
あれは知らんマジで知らん。何あのコーナリング怖。と体格が大きいランページは素直に驚き、恐怖していた。自分があんなことしたら確実に脚が逝く、小柄且つ華奢なマヤだからこそ出来る走りだと言わざるを得ない。
『さあ第4コーナーを踏み越えて直線に入った!!さあジェニュインが伸びて来るがキレが悪いか!?フジキセキが懸命にスパートを掛ける背後から一気にマヤノトップガンンンンッ!!いや此処でマーベラスサンデーも一気に来たぁ!!一気に先頭集団へと入り込んだこれがマーベラス走法か!?だ、だがマヤノトップガン今、先頭を奪い返すぅ!!マーベラスサンデー2番手!!如何だ、巻き返せるか!!?』
マヤが先頭に立った、レース全体のペースとしては乱れ切っている。マヤの幻惑が全体に作用している。後方ではペースが崩れ去れ、先頭付近では不安に駆られて掛かってしまったかのようにスピードを出し過ぎてスタミナ切れ寸前、本番でやらせて分かったが……改めてこの戦法のエグさが理解出来た。
「負けるなぁぁぁぁぁっ!!!フジさぁぁぁあああああんっっ!!!」
スタンドの声すら捻じ伏せるかのような大声援が響き渡った、その声を発したのは幼いウマ娘。懸命に声を張り上げる、周囲からの視線なんてどうでもいい、今ここで思いを届けなかったら後悔するという思いの下で張り上げた声を上げたのは―――ジャングルポケット。
「いっけえええええっフジさぁあぁああああああああんっ!!!」
「っ有難うポッケ……もう少しだけ、いや全身全霊を出す為の一歩が踏み込める!!!」
『フ、フジキセキがさらに並びかけたぁ!!?信じられません、フジキセキ奇跡の大逆襲ぅ~!!!!マーベラスサンデーを抜いてマヤノトップガンに並んだぁ!!マヤノトップガンも必死に足を伸ばすがフジキセキも負けてはいないぞっフジキセキ!!マーベラスサンデーはもう苦しいいやマヤノトップガンとフジキセキの末脚のキレが異常です!!?最早この二人の独壇場!!さあどうなる、ダービーの栄光を掴むのは一体どっちだぁぁあ!!?』
「うああああああああっっ!!!!」
「はああああああああっっ!!!!」
全身全霊を尽くして走り抜ける二人、その果てに一体どんな未来が待っているのか、そんな期待は直ぐにも訪れる。時間すら飛び越えてその未来を現実へと引き寄せる、ゴール板を二人は―――誰よりも速く駆け抜けていった。
『ゴールイン!!!これは横一線でのゴール!!これは写真判定でしょう!!三着にマーベラスサンデー、四着にタヤスツヨシ、五着にジェニュイン!!』
何方が勝った、どうなった、駆け抜けたマヤにはそれを確認する術はない。唯々駆け抜けた自分には誰が勝ったのか判断が付かなかった。息を荒くして息を整える、永遠にも思える程に時間の進みが遅いように感じられた。一体どうなったんだ……と思った時、掲示板がそれを告げた。
『第62回日本ダービー、勝ったのは―――フジキセキ!!フジキセキ一着!!!府中に煌めいたのは麗しの奇跡フジキセキィィィ!!!!僅か7mm差での決着、マヤノトップガンは惜しくも二着に敗れましたぁっ!!!』
『声援を力に変えて最後の一押しにした、エンターテイナーらしいフジらしい勝利でしたね。マヤノトップガンも素晴らしい走りでした、彼女にしか出来ない走りをしてくれました。このレースのナンバーワンとオンリーワンが同時に決まった瞬間です』
「いいいいいいいいいよっしゃああああああああ!!!!!どうだ見たかタキオンにカフェぇ!!!フジさんが勝ったぞぉぉぉ!!!!」
「分かった分かったから少しは声を抑えたまえ!!?流石に鼓膜に来る!!?」
「周囲からの視線も厳しいのでいい加減にしてください!!」
喜びを爆発させているポッケにフジは手を振った。君の応援の一押しで勝てた、という思いを込めて。そしてダービーを制したという喜びが胸を突き抜けて来る……そう思っていると手が差し伸べられたそれはマヤだった。
「負けっちゃったかぁ……でもいいや、だってランページさん言ってたもんね、ウイニングライブでのセンターが見たいって、まだもう一回チャンスはあるから―――そこでは負けないから」
「マヤ、ああ菊花賞でもう一回勝負だ。絶対に、絶対に負けない」
握手の後、マヤとフジは互いの健闘を称えて抱きしめ合った。その光景に拍手と歓声が上がった、あれこそウマ娘のあるべき姿だと。そして互いに離れて笑顔でスタンドに手を振りながらもマヤは足早にターフから去っていた。フジもそれを追おうとはせずにエンターテイナーとして声援に応えようとする中で肩が濡れている事に気づいたが、汗だろうと余り気に留めなかった。
地下バ道、そこを歩んでいきながらマヤは控室に入った。そこにはランページ、坂原、上水流がいた。一番会いたくて会いたくなかった人たちの姿にマヤは如何すれば分からなくなったが坂原が自分を撫でてくれた。
「よく、頑張ったねマヤ。君は僕の誇りだ、こんな素敵なウマ娘は居ないよ……フジちゃんの勝利を称える為に笑顔、頑張ったね」
フジには見えないように、抱擁を交わしながらも一筋の涙を流した彼女を讃え続けた。それでもマヤはフジの勝利を祝福していた、それは本心だ。自分の全力を破ったのは事実だし負けたのは自分の弱さ故、それを認めざるを得なかったが―――その言葉を皮切りにマヤの瞳から滝のように涙が溢れ出た。
「マヤ、マヤね、フジちゃんの事を本当に凄いと思うの、だってマヤに勝ったんだよ……マヤに……だからマヤ、泣いちゃだめだって思ったの、でもでも……マヤ、トレーナーちゃんを、ランページさんを、上ちゃんをダービードレーナーにしてあげだがっだ……センダーで踊るマヤ、みで欲しがったよぉぉ……菊花賞で、絶対に、絶対に踊るから、踊るがらだがら、だから―――」
「良いんだマヤ、今は泣いていい。だから―――」
「うわああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
その言葉を皮切りに、マヤは我慢していた全てを発散するように涙を流した。それをトレーナー達は受け止め続けた。この涙を糧にしてもう一度高く飛ぶ為に……速く飛ぶ為に、強く為に……自分達は前へと進むのだと誓いあった。