「いよいよ、か……ランページさんのデビューはどのような感じでしたか?」
「んっ俺の?いや大して緊張は、してなかったんじゃねえかな。過去の苦労思い出してたら応援に来てたクリーク姉さんに勘違いされて抱きしめられたけどな」
この日が遂に来た、不心得者である自分が珍しく毎日三女神に祈りすら捧げた。その度にダーレーアラビアンが出てきてからかわれこそしたが、今日、バイアリータークからの神託が来た。
『すまないここの所忙しくてな、話は聞いている。君にしては珍しい程に純粋な信仰が私達の所に来ていた。聖者にしか捧げられない程に澄んだものがな』
その言葉を聞いて少しだけ安心出来た、タークは女神の威信にかけてと言ってくれたがそれでも不安は付き纏う物だ。こうしてハーブシガーを吸わなければ落ち着かない程に自分は不安を抱えているのだから、暴君が笑ってしまう。
「……ランページさん、何か不安な事があるのでしょうか」
何処か不安げな瞳を作ったエアグルーヴがそう問いかけてくる。
「以前、ライアンさんが言っておりました。ランページさんがハーブシガーを吸っている時はリラックスしたい時か何かを抱えている時だと、私のデビュー戦、私の仕上がりに何か不安があるのでしょうか」
胸の前に作った拳の震えを胸に押し付けて殺すかのような動きをする彼女にランページは自分を殺したくなる程に苛立った。トレーナーである自分が教え子のデビュー戦に集中していないどころか不安にさせて如何するのかと。それとライアン、余計なこと教えんな。
「……エアエア、ハッキリ言うがお前の仕上がりにマズい所なんて一切ない。仕上がり良すぎてあっこれ無双するんじゃね?って思う位には良い位だ」
「で、ではなぜ……」
「……この後、宝塚記念がメインレースにあるだろ?」
コクリと頷く、深々とシガーを吸いこみ吐き出す。控室内に充満するハーブの香り、気持ちが落ち着くはずのそれなのに妙な胸騒ぎがする。
「俺はそこで何か、やばい事が起きるんじゃないかって不安がある。あっちゃならないしある訳がないと思いたいのにどうしても考えちまう。不安要素は恐らく払拭された筈なのにな……どうしてもライスの事が心配になっちまう」
「ライスさんを―――」
「お前のトレーナーとして下の下の理由って事は分かってる、だけどライスは俺にとって大切な妹分だ。そいつの事がどうしてもな」
口にしてみるとホント最低の屑のような理由だ。本当にこのままトレーナーをやっていいのかと思う程度には屑だなぁ……と思う。が、そんな思いは頬に感じる柔らかな感触で吹き飛んだ。何かと思えばエアグルーヴが頬にキスをしていた。
「―――はえっ?」
唐突過ぎるそれに変な声が出た。史実のエアグルーヴは幼名でベロちゃんとも呼ばれる程に厩務員の顔を舐める位には人懐っこいとされていた。その要素か?それとも笹田調教助手からギャルと言われてた要素か?と色々思っていると顔を赤くしながらもエアグルーヴは何処か拗ねたように言った。
「わ、私だって貴方の事は大好きなんです。ライスさんの事を実の妹のように好いているようなのは理解していますが……わ、私だってランページさんへの思いなら負けるつもりはありません……!!そ、それにランページさんのそれはライスさんを信じていないとも言えます、信じてあげてください宝塚記念でファン投票1位になったライスさんを!!」
その言葉は雷を受けたかのような衝撃を感じさせた、自分は心配するあまり信頼する心すら失っていたというのか。ライスを信じていなかった……その言葉が思いの他胸に突き刺さった。あんなにライスの事を想っていた自分が信じていなかったか……。
「そうか、確かにそうだな……傑作だな。そうだなライスには南ちゃんや佐々田ちゃんだってついてる。俺よりも経験豊富な二人を信じないでどうするんだって話だよな……クククッバカな話だぜ一方的な思いは唯の呪縛に過ぎねぇ……悪いなエアエア、有難う、そしてごめんな」
「い、いえその生意気な事を言って私の方こそ……」
そういう彼女を黙らせるように抱き寄せて彼女の頬に同じようにキスをする。それにエアグルーヴは顔を真っ赤にさせて硬直してしまった。
「さっきのお礼だ、俺がお前の勝利の女神になってやる。さあ今の俺にはお前しか映ってねぇぜ、さあ勝ってきな、景気良くな」
「はいっ!!」
そう言って控室から出ていくエアグルーヴを見送ってからハーブシガーを消す。そして同じように控室を出るとライスの控室に向かった、そしてそこで―――
「楽しんできな宝塚記念、可愛い妹よ」
「うんっ頑張るねお姉様」
漸く姉妹の絆を結べた気がした。
『さあ直線に入ったが、エアグルーヴが伸びる伸びる!!前半飛ばしていましたが此処までの末脚を残していたのか!?ゴーゴーエース、アウトライナーもこれはもう捉えきれる所の距離ではない!!?これはもうセーフティラインを越えている!!エアグルーヴ、二着以下に大差をつけてメイクデビュー圧勝ぉぉぉ!!!信じれらない強さです、チームプレアデスからこれはまた凄まじい新人がデビューしました!!』
エアグルーヴはランページから受けた加護の力だと言わんばかりにスタートから飛ばしてそのままぶっちぎって大差でデビュー戦に勝利。鮮烈なデビューを飾った上にインタビューでは
「ランページさんのトレーナー適性に不安があると言っていたたわけが居たな、ならば私の走りを見ておけ。この人の下で強くなる、その果てに取材を申し込んでこようが私は貴様らのようなたわけた奴らのものなど一切受けん。そのつもりでいろ」
如何やら日本ダービーの生中継のインタビューを見て軽くキレていたらしく、デビューにも拘らず強気のコメントを残した。ティアラ路線を志望している事、インタビューでの強気な態度、様々な所がランページと重なる所から記者は彼女の事を未来の女帝と呼び始めた。
「女帝だとさ、暴君よりも余程良いじゃねえか」
「そんな事ありませんよ、そんな事よりもライスさんを応援しましょう!!」
「応!!」
そのまま二人で宝塚記念の応援を行った。既に不安はなく唯々ライスへの声援を捧げた。そして―――
『ライスシャワーライスシャワー、先頭ライスシャワー!!いや背後から、背後からナリタブライアンとビワハヤヒデ!!サクラローレルも来ている!!ライスシャワー粘れるか、必死に粘るが此処でナリタブライアンが差し返すのか、一着は―――ライスシャワー!!!ギリギリの所で何とか踏ん張ってナリタブライアンに勝利しましたぁ!!ナリタブライアン惜しくも二着!!三着にビワハヤヒデ、四着にサクラローレル、五着にナリタタイシン』
ライスは向けられた期待に応えて見せた。自らに向けられる声援に感謝しながらも笑顔であり続けた。心の底から楽しんだという思いが伝わってくる笑顔、そしてそれはランページの危惧も消し去った。運命は変わったのだ、青い薔薇が満開になった瞬間だった。
脳内フローラが出せって暴れたけどなんとか抑えきった。