「そっかそっか、んじゃフローラの事は心配しなくても良いんだな?」
スピカが使用している合宿所、リギルのホテルではないが旅館を拠点として使用している。時間になっても来ないフローラを心配していた沖野、東条からの連絡を受けてホッと胸を撫で下ろした。
「いやいやとにかくよかった、何かあったんじゃねえかって心配してたんだよ」
『ホントごめんなさいね、あの子のトレーナーとして謝罪させてもらうわ』
「まああいつのランページ狂いは俺も知ってるからなぁ、こっちは様子見に来てくれたシービーが繋ぎとしてやってくれてるから心配はいらないぜ」
フローラに任せようと思っていたところはシービーが引き受けてくれたので問題自体はない。だがチームトレーナーとしてのケジメは果たさなければならないだろう。
「んじゃおハナさん、そっちに行く許可ってもらえるかい?クラシッククラスを二つ取ったリギルと一緒に合宿出来るなんてこっちとしても得るものがデカいからな」
『……その位なら大丈夫なはずよ、ホテルの方には私の方で話を付けておくから何時頃来るかだけは連絡をお願いするわ』
「分かった、んじゃおハナさんまた飲もうぜ」
『分かったわよ、ツケのいくつかはチャラにしてあげる』
その言葉と共に東条は電話を切った。
「ハァッ……あいつもしょうがねぇな、悪いシービーこのまま居てくれる事って出来るか?」
「なぁ~に私が恋しくなっちゃった?」
「かもな」
「フフッいい気分だね」
そんな風に笑う愛バの足元にはセイウンスカイ、そしてタヤスツヨシが転がっている。相当に追い回されたらしい。
「どうだセイ、シービーに追い掛け回される気分」
「こ、この位は大丈夫だね~ペースも分かってきたし次は楽勝だね~」
「そっかそっか、次からはクロスオーバーステップ仕込みで追い込みかけるから気を付けて」
「ゲッ……!?」
「セイアンタなんで余計な事を……」
「メンゴ……」
「シービー先輩、あたしとも走ってくれない。ハヤヒデにこれ以上負けてられない……!!」
「いいよ~他に走りたい子いる~?」
フローラが来ないのは驚いたが、フォローは何とか成功したようで一安心だ。最も心配なのはフローラを預かる事になってしまったプレアデスなのだが……ランページは少しの間とはいえ、あれと一緒にいる事を強いられる、大丈夫なのだろうか……
「今度、おハナさんに卵豆腐とか差し入れするかな……」
「ハァハァハァッ……!!」
「ステイ、フォームが崩れて来てるが疲れてるなら休みいれるぞ」
「ねぇ、よ!!」
「なら続行だ」
ターフを駆け抜けるステイゴールドことステゴ、彼女の近くにはマヤとエアグルーヴもいるがその表情は極めて辛そうな物だった。3人に課せられた練習は新たなに合流したフローラと走る事、距離はデビュー前のステゴの事を考慮して1800。ステゴからすれば中距離でいいのに、と思っていたのだが……その考えは全く見当違いだった。
「(ンだよ、何なんだよ、これがあの変態だってのか!?)」
そう叫びたくなる程だった。フローラの走りは此方の走りを牽制しながらも完全に頭を抑えにかかり、抜きに掛かろうとしたマヤを僅かな動きの牽制で動きを封じた上でハイペースを展開、そして近くにランページがいるかのような幻覚を自分達に植え付けて襲い掛かる。それらによって肉体と精神が粉砕機で粉々に砕かれていくような感覚を味わいながらゴールした。
「ハァハァハァ……な、何をしたらいいのか全く分からなかった……」
「こ、これが凱旋門を制覇した先輩の力の一端……なのか?」
マヤとエアエアはもう何が何だか分からないと言いたげな程に混乱していた。常に付き纏う心臓を鷲掴みにするかのようなプレッシャーとそこにいるかのようなランページの存在感の幻影、そしてハイペースによってスタミナが著しく削られて思考力がどんどんとそぎ落とされていくという恐怖がそこにあった。ホラー映画の登場人物はこんな気分なのかとすら思ってしまった。
「っそがぁ……!!!」
そんな中でもステゴは唯一元気だった。持ち前の気性の荒さは逆に勝負事への執着と闘争心の強さを誇示するかのように荒げた声を出していた。
「お前やるな、海外挑戦でお前が受けた奴全部再現したろ」
「私もされる側だったので対抗策として色々考えたんですけど……結局対ランページさん走法で良くね?という結論に至りましたけど折角だから覚えました」
「それで出来ちゃうんだから大したもんだ、腐っても凱旋門制覇ウマ娘だな」
「いやぁそれ程でも……いや腐っても、って褒められてるのか……!?」
肝心のフローラは全く平気そうな顔をしながらもサンデー、シンザンからお褒めの言葉を受けていた。歯を思いっきり噛み締めた、舐めていた訳じゃない。変態だとは思っていたがその実力を疑っていた訳ではなかった。だが……別次元の何かを見せ付けられたような気分だった。
「私が貴方達にする事は至極単純、私は貴方達を潰しに行く。貴方達はそれに対抗し、生き延びる事をしなさい。私対貴方達、勿論サンデーさんとシンザンの下で練習しながらですから安心してください。中々ない機会ですよ―――私に本気で潰しに掛かられるウマ娘なんてランページさん以来の快挙なんですから」
その言葉に三人は背筋が凍るような感覚に襲われた。特にエアエアは自分が間違っていた時に彼女に正された事がある為か、その時のギャップを感じてしまい更に凍り付いていた。あんなウマ娘の扱きの中で生き残る……如何やってと素直に思ってしまった時にシンザンが手を大きく叩いた。
「正気に戻ったかい?」
戻った、何がと思考する前に全員が酸素を欲していた。呼吸が、完全に止まっていた。全力で呼吸をして酸素を取り込む。サンデーは屈みながらマヤの背中を摩りながら言う。
「あいつのプレッシャーは中々のもんだな、あれに対抗出来さえすればもう怖い物なんてなくなって冷静に対処出来るようになる。如何するやるか?」
「「「やるぅっ!!!」」」
全員の声と士気は完全に揃い踏みで叫びをあげていた。このまま負けているのなんて嫌だとウマ娘の本能も叫んでいた。
「ランページさん、あの子達伸びますね。あ~……育てるのって楽しいなぁぁぁあ……」
何処か陶酔したような表情になりながらも笑って空を見上げるフローラの口元は……三日月のように歪んでいた。何か新しい生き甲斐を見つけたかのような、悦びに満ちていた。